上 下
254 / 256

その後のエピソード シュリエラは素直になれない 前編

しおりを挟む

シュリエラとアッテンボローが結婚して一年半後のこと。


4か月前に近衛騎士隊第一班長に任命され、アッテンボローは同期の中で一番の出世頭となった。


そのアッテンが、仕事の準備を終えて、いつものお出かけの挨拶をしようと愛妻シュリエラの腰にそっと手を回した時に事件は起きた。


「行ってくるよ、リーエ」


そう言って、アッテンボローはシュリエラと優しく唇を重ね合う。


だが。

その瞬間まで、いつもの澄まし顔だったシュリエラが、何故かカッと目を見開いてアッテンボローをもの凄い勢いで押しのけられたのだ。


「・・・っ!」


非力なシュリエラが、騎士として身体を鍛え上げたアッテンボローを渾身の力で押したとて、何が起こる筈もない。


普通なら。


なのに今朝は、長身のアッテンボローが二、三歩よろけるくらいの勢いで押しのけたのだ。


「・・・リーエ・・・ッ?」


驚いて目をまん丸に見開いたアッテンボローだったが、彼のショックはそれだけには留まらなかった。


シュリエラは、いかにも気持ち悪そうに口を両手で押さえたのだ。


何が起きたのか、現状が理解できないアッテンボローは、ただ呆然とその場に佇む。

シュリエラは両手で口元を押さえたまま、涙目で邸奥へと走り去る。


「あ・・・っ、リ、リーエ・・・ッ?」


慌てて後を追いかけたアッテンボローだったが、動転する余り、いつもの冷静さはすっかり失っていた。


どうして。


シュリエラは基本、アッテンボローにツンツンしているが、それは心底からの拒絶ではない。

「嫌よ」と言っても頬は真っ赤になってるし、「嫌い」と口にしても眼は可愛らしく潤んでいる。

「馬鹿ね」と言われたって、その口調には愛情がこもっているし、「止めて」と言ったって、手はアッテンボローの服の裾を握って離さないのだ。


下げて上げてが絶妙で、そこがたまらなく可愛くて。


だからこんな行為はあり得ない。

拒否だけをぶつけてくるなんて。


「リーエッ! 一体どうしたんだ? 何があったっ?」


青褪めた顔でバダバタと愛する妻の後を追いかけるアッテンボローを静かに見つめるのはエントランスの扉を開けて待っていた執事。

そして見送りのために出て来ていた侍女や使用人たち。


彼らは皆、シュリエラが何故いきなり吐き気を催したのか、その理由をうすうす
察していた。


だからそこにいる皆の視線は温かい。
口元には笑みすら浮かんでいる。


なんとめでたい。
お祝いをしなくては。

思わずそんな言葉が口を突いて出そうになって、慌てて口を抑える。


迂闊な事は口に出来ない。

お世継ぎの事で、我が主人にぬか喜びをさせてはいけない。


「・・・医者の手配を」
「かしこまりました」


シュリエラが急に吐き気を催した原因。


未だそれを知らぬは当のシュリエラとアッテンボローばかりだった。


しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈 
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

拝啓 お顔もお名前も存じ上げない婚約者様

オケラ
恋愛
15歳のユアは上流貴族のお嬢様。自然とたわむれるのが大好きな女の子で、毎日山で植物を愛でている。しかし、こうして自由に過ごせるのもあと半年だけ。16歳になると正式に結婚することが決まっている。彼女には生まれた時から婚約者がいるが、まだ一度も会ったことがない。名前も知らないのは幼き日の彼女のわがままが原因で……。半年後に結婚を控える中、彼女は山の中でとある殿方と出会い……。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき
恋愛
 姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。    私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。    だが当日、姉は結婚式に来なかった。  パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。 「私が……蒼一さんと結婚します」    姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。

麗しの王子殿下は今日も私を睨みつける。

スズキアカネ
恋愛
「王子殿下の運命の相手を占いで決めるそうだから、レオーネ、あなたが選ばれるかもしれないわよ」 伯母の一声で連れて行かれた王宮広場にはたくさんの若い女の子たちで溢れかえっていた。 そしてバルコニーに立つのは麗しい王子様。 ──あの、王子様……何故睨むんですか? 人違いに決まってるからそんなに怒らないでよぉ! ◇◆◇ 無断転載・転用禁止。 Do not repost.

行き遅れにされた女騎士団長はやんごとなきお方に愛される

めもぐあい
恋愛
「ババアは、早く辞めたらいいのにな。辞めれる要素がないから無理か? ギャハハ」  ーーおーい。しっかり本人に聞こえてますからねー。今度の遠征の時、覚えてろよ!!  テレーズ・リヴィエ、31歳。騎士団の第4師団長で、テイム担当の魔物の騎士。 『テレーズを陰日向になって守る会』なる組織を、他の師団長達が作っていたらしく、お陰で恋愛経験0。  新人訓練に潜入していた、王弟のマクシムに外堀を埋められ、いつの間にか女性騎士団の団長に祭り上げられ、マクシムとは公認の仲に。  アラサー女騎士が、いつの間にかやんごとなきお方に愛されている話。

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*

音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。 塩対応より下があるなんて……。 この婚約は間違っている? *2021年7月完結

処理中です...