187 / 256
素朴な疑問
しおりを挟む
「ちょっといいか?」
休憩の後、カトリアナが授業を受けるための移動の最中に、アッテンボローが新しく仲間となったルナフレイアに首を捻りながら聞いてきた。
「なんでしょうか?」
「ライナスの奴が前に言ってたんだけど、君とあいつって縁談が持ち上がってたんだろ? それがお流れになったって聞いたんだが」
「そうですね」
この男は腹芸が苦手である。
故に直球で聞いてきた。
「それは、君があいつを振ったってことか?」
何の下心も揶揄もない、ただ疑問に思ったからこそ口から出た真っ直ぐな問いに、ルナフレイアは思わず笑みを漏らした。
「うーん、どうなんでしょう。お互いがお互いを振ったという方がより正しいような気がしますが」
首を傾げながら、上手く説明できないのですが、と付け加えられ、よく意味が分からなかったアッテンは更に問いを重ねる。
「互いが互いを振る、とはつまり・・・互いに嫌がったという事か?」
「嫌がったというよりは、都合が良かったので、ライナスの思惑にこちらも乗っかったという感じでしょうか」
ルナはそう答えたが、アッテンボローは余り納得出来ていなかった。
「だが、あいつは君のことを随分と気にかけているように見えるが」
その問いに、ルナフレイアは少し眉を顰める。
「あれはですね、ただのすり替えですよ」
「・・・は?」
「ああやって自分の気持ちを誤魔化しているんです」
「はあ・・・」
何だか、分かったような分からないような。
それでも、互いに恋愛感情はないというのは本当のようで。
どうもよく分からん仲だな、と思って頭を掻いていると、ルナフレイアがぽつりと呟いた。
「ライナス兄さまには、ちゃんと好きな人がいらっしゃるんですよ」
「・・・」
あいつに、好きな人。
初耳だった。
「何だか格好つけて、色々理屈こね回して、認めようとしないんですけどね、あのお馬鹿は」
「・・・」
口調に振り幅があるのは何故なんだろう。
そんな事を考えた時、前方から射抜くような視線が飛んできた。
「他の方の恋話に首を突っ込む前に、もう少しご自分がしゃんとなさったらいかがですの? アッテンボローさま」
心当たりがありすぎる発言に、少し動揺して。
「・・・そうだな」
ごもっとも。
そう返すしかなかった。
俺とシュリエラ嬢の関係をまだ知らないらしいルナフレイアが、彼女の発言に目を丸くしている。
一応知らせておこうと思い、口を開いた。
「彼女は俺の婚約者だ」
「まぁ」
そう一言、呟いて。
それから何か勘付いたようで更に一言。
「それはつまり、アッテンボローさまも何か誤魔化していたという事ですね?」
そう聞かれた。
流石、この仕事に抜擢されただけの事はある。
冷や汗ものの鋭さだ。
「はは・・・」
とりあえずその場は笑って話を流す事にした。
それから2日後。
ある貴族の邸で夜会が催され、シュリエラたちもそこに出席した時のことだ。
「やあ、久しぶり、シュリエラ嬢。君は相変わらず美しいな」
シュリエラに声をかけてきた一人の男がいた。
その時、ちょうどアッテンボローはホール端に設置されていたスペースに飲み物を取りに行っていて側におらず、シュリエラは一人だった。
「お久しぶりでございます。クラウブルさま」
クラウブルと呼ばれたその男は、美しくカーテシーを取るシュリエラを目を細めて見つめる。
「婚約したと聞いた。・・・喜ぶべきなのだろうが、素直に祝福はできないな。相手は数代前に伯爵になったばかりの成り上がりだそうじゃないか」
「・・・何か問題でも?」
「問題だらけだ」
会うなり嫌味ったらしい事を言い出したクラウブルに、冷ややかな言葉を返したシュリエラだったが、そんな事ではめげない様子で更に言葉を続けた。
「君は歴史あるライプニヒ公爵家だぞ? 本来ならもっと格式ある家と縁を結ぶべきだろう。高位貴族の自覚が足りないと専らの噂だぞ」
「それを自覚と呼ぶのでしたら、随分と下らないものですのね、高位貴族の自覚とやらは」
「なっ?」
「他の誰かに頼らなければ保てないような自覚など、持つ意味がありませんわ」
辱めようとした相手から逆に馬鹿にされ、クラウブルの頬が羞恥でさっと赤くなる。
衝動的に口を開いて何かを言いかけるも、ぐっと堪えて声を低めた。
「まったく。君の兄のリュークザインの婚約だって相当可笑しな話だったんだ。当代で子爵になったばかりの平民くさい娘を選ぶなんてな」
その顔には薄ら笑いが浮かんでいる。
「兄妹揃って禄でもない縁談しか結べないとは、ライプニヒ家もいよいよ終わりが近いんじゃないか?」
嘲るような視線をシュリエラは真っ直ぐに見返した。
「わたくしは禄でもない縁談だとは思いませんわ。・・・そうですわね、少なくとも貴方との縁談をいただくより余程いいお話だと思っておりますわ」
「はあ?」
思わず大きな声を上げたクラウブルに構うことなく、シュリエラは言葉を続ける。
「ああ、そういえば貴方も申し込んでくださっていたそうですわね、兄から聞きましたわ」
シュリエラの切り返しに、クラウブルの肩がびくりと揺れる。
「ですが兄は貴方からのお話を断ってアッテンボローさまを選ぶことにしたそうですわ。その事では、わたくしも兄にとても感謝しておりますの。我が兄ながら人を見る目があると感心いたしまして」
華やかな微笑みと共に、そう語る。
「・・・俺を馬鹿にする気か?」
ギラリと怒りを宿した瞳に睨まれるが、シュリエラは怯まない。
「何を仰いますの? 貴方が馬鹿にしたんでしょう? ラエラさまを、兄を、アッテンボローさまを。・・・そしてあの方を選んだわたくしを」
休憩の後、カトリアナが授業を受けるための移動の最中に、アッテンボローが新しく仲間となったルナフレイアに首を捻りながら聞いてきた。
「なんでしょうか?」
「ライナスの奴が前に言ってたんだけど、君とあいつって縁談が持ち上がってたんだろ? それがお流れになったって聞いたんだが」
「そうですね」
この男は腹芸が苦手である。
故に直球で聞いてきた。
「それは、君があいつを振ったってことか?」
何の下心も揶揄もない、ただ疑問に思ったからこそ口から出た真っ直ぐな問いに、ルナフレイアは思わず笑みを漏らした。
「うーん、どうなんでしょう。お互いがお互いを振ったという方がより正しいような気がしますが」
首を傾げながら、上手く説明できないのですが、と付け加えられ、よく意味が分からなかったアッテンは更に問いを重ねる。
「互いが互いを振る、とはつまり・・・互いに嫌がったという事か?」
「嫌がったというよりは、都合が良かったので、ライナスの思惑にこちらも乗っかったという感じでしょうか」
ルナはそう答えたが、アッテンボローは余り納得出来ていなかった。
「だが、あいつは君のことを随分と気にかけているように見えるが」
その問いに、ルナフレイアは少し眉を顰める。
「あれはですね、ただのすり替えですよ」
「・・・は?」
「ああやって自分の気持ちを誤魔化しているんです」
「はあ・・・」
何だか、分かったような分からないような。
それでも、互いに恋愛感情はないというのは本当のようで。
どうもよく分からん仲だな、と思って頭を掻いていると、ルナフレイアがぽつりと呟いた。
「ライナス兄さまには、ちゃんと好きな人がいらっしゃるんですよ」
「・・・」
あいつに、好きな人。
初耳だった。
「何だか格好つけて、色々理屈こね回して、認めようとしないんですけどね、あのお馬鹿は」
「・・・」
口調に振り幅があるのは何故なんだろう。
そんな事を考えた時、前方から射抜くような視線が飛んできた。
「他の方の恋話に首を突っ込む前に、もう少しご自分がしゃんとなさったらいかがですの? アッテンボローさま」
心当たりがありすぎる発言に、少し動揺して。
「・・・そうだな」
ごもっとも。
そう返すしかなかった。
俺とシュリエラ嬢の関係をまだ知らないらしいルナフレイアが、彼女の発言に目を丸くしている。
一応知らせておこうと思い、口を開いた。
「彼女は俺の婚約者だ」
「まぁ」
そう一言、呟いて。
それから何か勘付いたようで更に一言。
「それはつまり、アッテンボローさまも何か誤魔化していたという事ですね?」
そう聞かれた。
流石、この仕事に抜擢されただけの事はある。
冷や汗ものの鋭さだ。
「はは・・・」
とりあえずその場は笑って話を流す事にした。
それから2日後。
ある貴族の邸で夜会が催され、シュリエラたちもそこに出席した時のことだ。
「やあ、久しぶり、シュリエラ嬢。君は相変わらず美しいな」
シュリエラに声をかけてきた一人の男がいた。
その時、ちょうどアッテンボローはホール端に設置されていたスペースに飲み物を取りに行っていて側におらず、シュリエラは一人だった。
「お久しぶりでございます。クラウブルさま」
クラウブルと呼ばれたその男は、美しくカーテシーを取るシュリエラを目を細めて見つめる。
「婚約したと聞いた。・・・喜ぶべきなのだろうが、素直に祝福はできないな。相手は数代前に伯爵になったばかりの成り上がりだそうじゃないか」
「・・・何か問題でも?」
「問題だらけだ」
会うなり嫌味ったらしい事を言い出したクラウブルに、冷ややかな言葉を返したシュリエラだったが、そんな事ではめげない様子で更に言葉を続けた。
「君は歴史あるライプニヒ公爵家だぞ? 本来ならもっと格式ある家と縁を結ぶべきだろう。高位貴族の自覚が足りないと専らの噂だぞ」
「それを自覚と呼ぶのでしたら、随分と下らないものですのね、高位貴族の自覚とやらは」
「なっ?」
「他の誰かに頼らなければ保てないような自覚など、持つ意味がありませんわ」
辱めようとした相手から逆に馬鹿にされ、クラウブルの頬が羞恥でさっと赤くなる。
衝動的に口を開いて何かを言いかけるも、ぐっと堪えて声を低めた。
「まったく。君の兄のリュークザインの婚約だって相当可笑しな話だったんだ。当代で子爵になったばかりの平民くさい娘を選ぶなんてな」
その顔には薄ら笑いが浮かんでいる。
「兄妹揃って禄でもない縁談しか結べないとは、ライプニヒ家もいよいよ終わりが近いんじゃないか?」
嘲るような視線をシュリエラは真っ直ぐに見返した。
「わたくしは禄でもない縁談だとは思いませんわ。・・・そうですわね、少なくとも貴方との縁談をいただくより余程いいお話だと思っておりますわ」
「はあ?」
思わず大きな声を上げたクラウブルに構うことなく、シュリエラは言葉を続ける。
「ああ、そういえば貴方も申し込んでくださっていたそうですわね、兄から聞きましたわ」
シュリエラの切り返しに、クラウブルの肩がびくりと揺れる。
「ですが兄は貴方からのお話を断ってアッテンボローさまを選ぶことにしたそうですわ。その事では、わたくしも兄にとても感謝しておりますの。我が兄ながら人を見る目があると感心いたしまして」
華やかな微笑みと共に、そう語る。
「・・・俺を馬鹿にする気か?」
ギラリと怒りを宿した瞳に睨まれるが、シュリエラは怯まない。
「何を仰いますの? 貴方が馬鹿にしたんでしょう? ラエラさまを、兄を、アッテンボローさまを。・・・そしてあの方を選んだわたくしを」
13
お気に入りに追加
1,339
あなたにおすすめの小説
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。
文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。
父王に一番愛される姫。
ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。
優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。
しかし、彼は居なくなった。
聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。
そして、二年後。
レティシアナは、大国の王の妻となっていた。
※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。
小説家になろうにも投稿しています。
エールありがとうございます!
【完結】身を引いたつもりが逆効果でした
風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。
一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。
平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません!
というか、婚約者にされそうです!
【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~
塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます!
2.23完結しました!
ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。
相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。
ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。
幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。
好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。
そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。
それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……?
妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話
切なめ恋愛ファンタジー
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
【完結】捨ててください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。
でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。
分かっている。
貴方は私の事を愛していない。
私は貴方の側にいるだけで良かったのに。
貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。
もういいの。
ありがとう貴方。
もう私の事は、、、
捨ててください。
続編投稿しました。
初回完結6月25日
第2回目完結7月18日
新婚なのに旦那様と会えません〜公爵夫人は宮廷魔術師〜
秋月乃衣
恋愛
ルクセイア公爵家の美形当主アレクセルの元に、嫁ぐこととなった宮廷魔術師シルヴィア。
宮廷魔術師を辞めたくないシルヴィアにとって、仕事は続けたままで良いとの好条件。
だけど新婚なのに旦那様に中々会えず、すれ違い結婚生活。旦那様には愛人がいるという噂も!?
※魔法のある特殊な世界なので公爵夫人がお仕事しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる