150 / 256
リュークザインの見合いについて その10
しおりを挟む
「ラエラ嬢もご存知のように、通常、家柄に差があれば、低いとされる家の者からの離婚の申し立ては許されていない。たとえどれほど酷い仕打ちを受けた場合でも、だ。だが私たちの結婚においては、貴女にもそれを自由に申し立てる権利を与えよう」
ラエラ嬢は、表面上は穏やかな態度を崩さなかったが、声には微かに動揺が現れていた。
「・・・意図をお聞きしたいのですが」
「む?」
「リュークザインさまは、わたくしが貴方さまに離婚を申し立てる日が来るとお思いなのですか?」
ベルフェルトの言葉が頭の中で鳴り響く。
『お前の悪い癖だがな、下手に感情を隠そうとするなよ。変な誤解をされたくないだろう。ラエラ嬢が何を思っているのかを理解したいのならば、お前の思った事をその通りにぶつけて来ることだ』
だから、多少気恥ずかしいとはいえ、はっきりと言葉にした。
「そんな日が来るとは思っていないし、そうなることも願っていない。というより、貴女が私との離婚を望むなどという想像すらしたくない」
「でしたら・・・」
「権利がないから望んでいるのに申し立てが出来ないのだ、とは考えたくない。貴女には選ぶ自由があり、その上で、私と共に生きることを選んでもらいたいのだ」
「・・・」
「・・・たとえ、私たちの間にあるのが政略結婚に対する義務感だけだとしても、貴女は敢えて私と共に生きることを選んでくれている、と、そう思いたい。だから、それは決して行使して欲しくない権利だし、それを使う日が永遠に来ない事を願ってもいるが、敢えて貴女に与えることにするのだ。貴女が望んで私と共にいるという事実を手に入れるために」
ぐっと唇を引き結んで、ラエラ嬢の返答を待つ。
だが、ラエラ嬢は、どこか呆けているようで、いくら待とうと彼女からの答えが返ってこない。
「・・・ラエラ嬢?」
そっと伺うように名前を呼ぶ。
ラエラ嬢は、ほっと大きく息を吐き、困ったように眉を下げた。
「本当に貴方というお方は、どこまでも真っ直ぐにぶつかってこられるのですね。あの日のまま・・・お変わりになることなく・・・」
「・・・何の話だ?」
問いかけるも、苦笑して首を左右に振るだけで、その質問には答えない。
「こちらは何とか貴方の気を惹こうと小細工ばかり弄していたというのに。・・・リュークザインさまは、こうして真正面からお気持ちを伝えてくださるのですね」
「ラエラ嬢・・・?」
「相変わらず・・・素敵すぎて困ったお方ですわ」
私に、というよりも、自分自身に呟いているようなそんな口調に、思わず訝しむような視線を投げかける。
それに気づいたのか、はっと我に返ったような表情を浮かべると、恥ずかしげに俯いた。
「申し訳ありません。その、とても嬉しいですわ。ええ、先ほどのお言葉、とても嬉しく思っております。・・・嬉しすぎて勘違いしてしまいそうなくらいに」
そう言いながら頬を朱に染める。
勘違い?
勘違いとは、何を?
ラエラ嬢は、それまで伏していた眼を上げた。
「だって、六年前からずっと、わたくしはリュークザインさまをお慕いしていたのですよ? そんなお優しい言葉をかけられたら、自分に都合のいい解釈をしてしまいますわ。もしや・・・わたくしに恋をして下さったのではないか、なんて」
『心を尽くして説明しろ。そうしたら、きっとラエラ嬢から大事な話が聞ける』
ベルはそう言った。
そう言ってはいたが。
お慕いしている?
六年前から?
誰を? 私を?
口を開いても、言葉が出てこない。
ベルが言っていたのはこのことだったのか、とか、何故ベルが知ってるんだ、とか、そもそも自分の聞き間違いじゃないか、とか、色々な考えが頭の中を駆け巡ったけれど。
目の前にいる女性は、頬を染めて自分を見つめてくれている。
理知的な眼を潤ませて、所在なさげに立っている。
ごくりと唾を呑みこむ。
きちんと、言わなければ。
「・・・勘違いでは、ない・・・と思う」
きちんと、言う。
「どうやら私は、貴女に恋をしているようだ」
「リュークザイン・・・さま」
「答えてくれ、ラエラ嬢。離婚申し立ての権利を得たとしても、貴女は私を選び続けてくれるだろうか」
ああ、きちんと言おうとしたのに。
口から飛び出してきたのは、なんともロマンチックでないプロポーズの言葉だった。
だけど、ラエラ嬢は花開くかのように微笑んで。
「勿論ですわ」
そう答えてくれた。
「リュークザインさま。離婚申し立ての権利、ありがたく頂戴いたします。ですが、それを行使する事なく、この先もずっと貴方さまと共にいる人生を選び続けるような自分でありたいと、わたくしは願っております」
そんな私のプロポーズに返すラエラ嬢の言葉もまた、少々ロマンチックとはかけ離れたものだった。
ラエラ嬢は、表面上は穏やかな態度を崩さなかったが、声には微かに動揺が現れていた。
「・・・意図をお聞きしたいのですが」
「む?」
「リュークザインさまは、わたくしが貴方さまに離婚を申し立てる日が来るとお思いなのですか?」
ベルフェルトの言葉が頭の中で鳴り響く。
『お前の悪い癖だがな、下手に感情を隠そうとするなよ。変な誤解をされたくないだろう。ラエラ嬢が何を思っているのかを理解したいのならば、お前の思った事をその通りにぶつけて来ることだ』
だから、多少気恥ずかしいとはいえ、はっきりと言葉にした。
「そんな日が来るとは思っていないし、そうなることも願っていない。というより、貴女が私との離婚を望むなどという想像すらしたくない」
「でしたら・・・」
「権利がないから望んでいるのに申し立てが出来ないのだ、とは考えたくない。貴女には選ぶ自由があり、その上で、私と共に生きることを選んでもらいたいのだ」
「・・・」
「・・・たとえ、私たちの間にあるのが政略結婚に対する義務感だけだとしても、貴女は敢えて私と共に生きることを選んでくれている、と、そう思いたい。だから、それは決して行使して欲しくない権利だし、それを使う日が永遠に来ない事を願ってもいるが、敢えて貴女に与えることにするのだ。貴女が望んで私と共にいるという事実を手に入れるために」
ぐっと唇を引き結んで、ラエラ嬢の返答を待つ。
だが、ラエラ嬢は、どこか呆けているようで、いくら待とうと彼女からの答えが返ってこない。
「・・・ラエラ嬢?」
そっと伺うように名前を呼ぶ。
ラエラ嬢は、ほっと大きく息を吐き、困ったように眉を下げた。
「本当に貴方というお方は、どこまでも真っ直ぐにぶつかってこられるのですね。あの日のまま・・・お変わりになることなく・・・」
「・・・何の話だ?」
問いかけるも、苦笑して首を左右に振るだけで、その質問には答えない。
「こちらは何とか貴方の気を惹こうと小細工ばかり弄していたというのに。・・・リュークザインさまは、こうして真正面からお気持ちを伝えてくださるのですね」
「ラエラ嬢・・・?」
「相変わらず・・・素敵すぎて困ったお方ですわ」
私に、というよりも、自分自身に呟いているようなそんな口調に、思わず訝しむような視線を投げかける。
それに気づいたのか、はっと我に返ったような表情を浮かべると、恥ずかしげに俯いた。
「申し訳ありません。その、とても嬉しいですわ。ええ、先ほどのお言葉、とても嬉しく思っております。・・・嬉しすぎて勘違いしてしまいそうなくらいに」
そう言いながら頬を朱に染める。
勘違い?
勘違いとは、何を?
ラエラ嬢は、それまで伏していた眼を上げた。
「だって、六年前からずっと、わたくしはリュークザインさまをお慕いしていたのですよ? そんなお優しい言葉をかけられたら、自分に都合のいい解釈をしてしまいますわ。もしや・・・わたくしに恋をして下さったのではないか、なんて」
『心を尽くして説明しろ。そうしたら、きっとラエラ嬢から大事な話が聞ける』
ベルはそう言った。
そう言ってはいたが。
お慕いしている?
六年前から?
誰を? 私を?
口を開いても、言葉が出てこない。
ベルが言っていたのはこのことだったのか、とか、何故ベルが知ってるんだ、とか、そもそも自分の聞き間違いじゃないか、とか、色々な考えが頭の中を駆け巡ったけれど。
目の前にいる女性は、頬を染めて自分を見つめてくれている。
理知的な眼を潤ませて、所在なさげに立っている。
ごくりと唾を呑みこむ。
きちんと、言わなければ。
「・・・勘違いでは、ない・・・と思う」
きちんと、言う。
「どうやら私は、貴女に恋をしているようだ」
「リュークザイン・・・さま」
「答えてくれ、ラエラ嬢。離婚申し立ての権利を得たとしても、貴女は私を選び続けてくれるだろうか」
ああ、きちんと言おうとしたのに。
口から飛び出してきたのは、なんともロマンチックでないプロポーズの言葉だった。
だけど、ラエラ嬢は花開くかのように微笑んで。
「勿論ですわ」
そう答えてくれた。
「リュークザインさま。離婚申し立ての権利、ありがたく頂戴いたします。ですが、それを行使する事なく、この先もずっと貴方さまと共にいる人生を選び続けるような自分でありたいと、わたくしは願っております」
そんな私のプロポーズに返すラエラ嬢の言葉もまた、少々ロマンチックとはかけ離れたものだった。
15
お気に入りに追加
1,339
あなたにおすすめの小説
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。
文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。
父王に一番愛される姫。
ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。
優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。
しかし、彼は居なくなった。
聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。
そして、二年後。
レティシアナは、大国の王の妻となっていた。
※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。
小説家になろうにも投稿しています。
エールありがとうございます!
【完結】身を引いたつもりが逆効果でした
風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。
一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。
平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません!
というか、婚約者にされそうです!
【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~
塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます!
2.23完結しました!
ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。
相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。
ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。
幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。
好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。
そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。
それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……?
妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話
切なめ恋愛ファンタジー
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
【完結】捨ててください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。
でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。
分かっている。
貴方は私の事を愛していない。
私は貴方の側にいるだけで良かったのに。
貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。
もういいの。
ありがとう貴方。
もう私の事は、、、
捨ててください。
続編投稿しました。
初回完結6月25日
第2回目完結7月18日
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
新婚なのに旦那様と会えません〜公爵夫人は宮廷魔術師〜
秋月乃衣
恋愛
ルクセイア公爵家の美形当主アレクセルの元に、嫁ぐこととなった宮廷魔術師シルヴィア。
宮廷魔術師を辞めたくないシルヴィアにとって、仕事は続けたままで良いとの好条件。
だけど新婚なのに旦那様に中々会えず、すれ違い結婚生活。旦那様には愛人がいるという噂も!?
※魔法のある特殊な世界なので公爵夫人がお仕事しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる