上 下
147 / 256

リュークザインの見合いについて その7

しおりを挟む
貴族というものは兎に角、格式と伝統と権威に弱いもの。
そして弱者と見れば、途端に態度を豹変して毟り取るもの。

父が、その才を認められてシャールベルム国王陛下から子爵位を賜った時から、私は幼心にそれを痛感した。

「新参者が」
「成り金」
「金で爵位を買った下賤の者」
「平民上がりのくせに」

陰で、あるいは面と向かってでさえ、父や母に、そしてまだ幼かった私や弟に、そう言ってくる『高貴な』方々に失望した。

貴族は皆がそのよう人たちではない、と父や母は言うけれど。
そんな陰口や嫌がらせに負けない才覚と知性が両親にはあったけれど。

私や弟は、押しつぶされまいと必死だった。

父のつけてくれた教師から懸命に学び、己を磨く努力を懸命に行って。
それでもまだ、心無い一部の貴族たちは罵ってくるのだ。

負けたくない。
あんな名ばかりの貴族たちに。

ただそれだけの気持ちで頑張った。
大した目的も希望もない、意地だけで頑張り続けるだけのつまらない日々だった。

そう、デビュタントであの方に会うまでは。

「つまらない陰口は慎めむことだ。己の器の小ささと能力の無さを中身のない中傷で誤魔化そうとするのは、更に品位を下げる行為だぞ。自分たちの家が斜陽だからといって、才覚を陛下に認められた家の者を貶めて留飲を下げようというのはあまりに芸がなかろう」

いつもと同じ面々に囲まれ、もはや聞きなれた侮蔑の言葉を投げかけられていた私の背後から突然現れた彼は、そう言って、ばっさりと一刀両断してくれた。

「おい、リュークザイン。いくら公爵家の君といえど、その言い方は失礼だろう」
「そうですわ、あまりにも酷い仰りよう・・・」

私を庇ったことで矛先が変わっても、リュークザインさまは顔色一つ変えず、冷たい視線でぎろりと睨み返して。

「一体どこが失礼だったのかな? 陛下のご判断を貶めるような行為をするなと戒めたことがか? ・・・もし私の言ったことが間違っているのであれば、陛下にこそお詫びせねばならん。よし、そうしよう。今からでも伺ってこの事をお耳に入れようではないか」

それで終わり。
あの愚か者たちは、青くなって、黙り込んで、そそくさと逃げていって。

驚いてお礼もろくに言えなかった私に、「戯言に耳を貸すな。陛下に認められた自分の家の力を信じることだ」とだけ言い残して、リュークザインさまは行ってしまわれた。

表立って庇ってもらうのなんて初めてで。
しかもそれが公爵家の人だったって事に驚いて。

貴族なんて、能力もないくせに権威を振りかざして威張るだけの最低の人種ばかりだ。
そう思ってたから。

カリエス家の努力を、能力を認めてくれた。
それが嬉しくて。

その時のことが、あの後もずっと忘れられなくて。

恋に落ちた。
あの方の側にいたいと、そう思った。

父からは、いくらなんでも分不相応な願いだと諭されたけど。
公爵家と子爵家との縁談なんて、常識では有り得ないのも分かってたけど。

あの方なら、家格でもなく、家柄でもなく、伝統でもなく、個人の能力を見て判断してくださる筈。
そう信じて、必死で己を磨いた。

もはや只の意地などではなく、あの方に選ばれるために、出来得る限りの知識と知性と教養を身につけるのだと、それだけをひたすら願って。

社交ももはや時間の無駄だ、と、デビュタント以降は一切参加せず。
ただ、ただひたすらにリュークザインさまがお相手を探し始める日を待ち続けた。





「・・・成程。それでここまで知性と教養と、あげく武芸まで身につけた最強のご令嬢が誕生した訳か」

広間を出た廊下の突き当り。
バルコニーで夜風に当たりながら、ラエラはベルフェルトにリュークザインとの出会いについて話していた。

「いやあ、大した執念だ。秘めた恋心をそのように前向きに己を向上させるための力とするなど、なかなか出来ないことだぞ」

感心半分、呆れ半分、といった口調で、感想を述べる。

「我ながら、無謀な賭けだったことは承知しております。ですが今、こうしてリュークザインさまの婚約者候補としてお側にいられるのですから、方向性としては、あながち間違っていなかったのかもしれませんね」
「・・・ちょっとした好奇心で聞くが、万が一、そこまで頑張ってもラエラ嬢がリュークの目に留まることがなかったら、どうする気だったのかね?」

尤もな質問に、ラエラは薄い笑みを浮かべた。

「勿論、その時は独身を貫く覚悟でございました」
「・・・ほう」

あっさりきっぱりと言いのけた姿に、思わず感嘆の声を漏らした。

「そうかそうか。君のような女性ならば安心だ。いやあ、よかった、リュークは幸せ者だな」
「まだ、申し込みを受けただけで正式な発表には至っておりませんし、出来ればわたくしに恋して頂きたいと思っているのですが」
「いやあ、それは大丈夫だろうよ」
「・・・だといいのですけれど」

ベルフェルトが、ちら、と背後に視線を送ったのに気づき、ラエラが首を傾げる。

「ベルフェルトさま? どうかなさいまして?」
「ああ、そろそろ会場に戻ろうかと思ってな。夜風でだいぶ体も冷えてきたし、何より、ここにあまり長く二人きりでいて、よからぬ噂がたってしまってもいけない」
「そうですね。参りましょうか」
「ああ、そうだ。ラエラ嬢、最後に一つ、よろしいか」
「なんでしょう?」

ラエラは戻りかけた足を止め、ベルフェルトの方を振り返った。

「・・・リュークを頼むよ。どうかあの不器用な男を支え、助けてやってくれたまえ」

それまでの表情とは打って変わったベルフェルトの真剣な眼差しに、ラエラもまた真っ直ぐに応える。

そして「勿論ですわ」と頷いた。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

自信家CEOは花嫁を略奪する

朝陽ゆりね
恋愛
「あなたとは、一夜限りの関係です」 そのはずだったのに、 そう言ったはずなのに―― 私には婚約者がいて、あなたと交際することはできない。 それにあなたは特定の女とはつきあわないのでしょ? だったら、なぜ? お願いだからもうかまわないで―― 松坂和眞は特定の相手とは交際しないと宣言し、言い寄る女と一時を愉しむ男だ。 だが、経営者としての手腕は世間に広く知られている。 璃桜はそんな和眞に憧れて入社したが、親からもらった自由な時間は3年だった。 そしてその期間が来てしまった。 半年後、親が決めた相手と結婚する。 退職する前日、和眞を誘惑する決意をし、成功するが――

好きな人の好きな人

ぽぽ
恋愛
"私には10年以上思い続ける初恋相手がいる。" 初恋相手に対しての執着と愛の重さは日々増していくばかりで、彼の1番近くにいれるの自分が当たり前だった。 恋人関係がなくても、隣にいれるだけで幸せ……。 そう思っていたのに、初恋相手に恋人兼婚約者がいたなんて聞いてません。

つかぬことをお伺いいたしますが、私はお飾りの妻ですよね?

恋愛
少しネガティブな天然鈍感辺境伯令嬢と目つきが悪く恋愛に関してはポンコツコミュ障公爵令息のコミュニケーションエラー必至の爆笑(?)すれ違いラブコメ! ランツベルク辺境伯令嬢ローザリンデは優秀な兄弟姉妹に囲まれて少し自信を持てずにいた。そんなローザリンデを夜会でエスコートしたいと申し出たのはオルデンブルク公爵令息ルートヴィヒ。そして複数回のエスコートを経て、ルートヴィヒとの結婚が決まるローザリンデ。しかし、ルートヴィヒには身分違いだが恋仲の女性がいる噂をローザリンデは知っていた。 エーベルシュタイン女男爵であるハイデマリー。彼女こそ、ルートヴィヒの恋人である。しかし上級貴族と下級貴族の結婚は許されていない上、ハイデマリーは既婚者である。 ローザリンデは自分がお飾りの妻だと理解した。その上でルートヴィヒとの結婚を受け入れる。ランツベルク家としても、筆頭公爵家であるオルデンブルク家と繋がりを持てることは有益なのだ。 しかし結婚後、ルートヴィヒの様子が明らかにおかしい。ローザリンデはルートヴィヒからお菓子、花、アクセサリー、更にはドレスまでことあるごとにプレゼントされる。プレゼントの量はどんどん増える。流石にこれはおかしいと思ったローザリンデはある日の夜会で聞いてみる。 「つかぬことをお伺いいたしますが、私はお飾りの妻ですよね?」 するとルートヴィヒからは予想外の返事があった。 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

不憫な侯爵令嬢は、王子様に溺愛される。

猫宮乾
恋愛
 再婚した父の元、継母に幽閉じみた生活を強いられていたマリーローズ(私)は、父が没した事を契機に、結婚して出ていくように迫られる。皆よりも遅く夜会デビューし、結婚相手を探していると、第一王子のフェンネル殿下が政略結婚の話を持ちかけてくる。他に行く場所もない上、自分の未来を切り開くべく、同意したマリーローズは、その後後宮入りし、正妃になるまでは婚約者として過ごす事に。その内に、フェンネルの優しさに触れ、溺愛され、幸せを見つけていく。※pixivにも掲載しております(あちらで完結済み)。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...