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リュークザインの見合いについて その7
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貴族というものは兎に角、格式と伝統と権威に弱いもの。
そして弱者と見れば、途端に態度を豹変して毟り取るもの。
父が、その才を認められてシャールベルム国王陛下から子爵位を賜った時から、私は幼心にそれを痛感した。
「新参者が」
「成り金」
「金で爵位を買った下賤の者」
「平民上がりのくせに」
陰で、あるいは面と向かってでさえ、父や母に、そしてまだ幼かった私や弟に、そう言ってくる『高貴な』方々に失望した。
貴族は皆がそのよう人たちではない、と父や母は言うけれど。
そんな陰口や嫌がらせに負けない才覚と知性が両親にはあったけれど。
私や弟は、押しつぶされまいと必死だった。
父のつけてくれた教師から懸命に学び、己を磨く努力を懸命に行って。
それでもまだ、心無い一部の貴族たちは罵ってくるのだ。
負けたくない。
あんな名ばかりの貴族たちに。
ただそれだけの気持ちで頑張った。
大した目的も希望もない、意地だけで頑張り続けるだけのつまらない日々だった。
そう、デビュタントであの方に会うまでは。
「つまらない陰口は慎めむことだ。己の器の小ささと能力の無さを中身のない中傷で誤魔化そうとするのは、更に品位を下げる行為だぞ。自分たちの家が斜陽だからといって、才覚を陛下に認められた家の者を貶めて留飲を下げようというのはあまりに芸がなかろう」
いつもと同じ面々に囲まれ、もはや聞きなれた侮蔑の言葉を投げかけられていた私の背後から突然現れた彼は、そう言って、ばっさりと一刀両断してくれた。
「おい、リュークザイン。いくら公爵家の君といえど、その言い方は失礼だろう」
「そうですわ、あまりにも酷い仰りよう・・・」
私を庇ったことで矛先が変わっても、リュークザインさまは顔色一つ変えず、冷たい視線でぎろりと睨み返して。
「一体どこが失礼だったのかな? 陛下のご判断を貶めるような行為をするなと戒めたことがか? ・・・もし私の言ったことが間違っているのであれば、陛下にこそお詫びせねばならん。よし、そうしよう。今からでも伺ってこの事をお耳に入れようではないか」
それで終わり。
あの愚か者たちは、青くなって、黙り込んで、そそくさと逃げていって。
驚いてお礼もろくに言えなかった私に、「戯言に耳を貸すな。陛下に認められた自分の家の力を信じることだ」とだけ言い残して、リュークザインさまは行ってしまわれた。
表立って庇ってもらうのなんて初めてで。
しかもそれが公爵家の人だったって事に驚いて。
貴族なんて、能力もないくせに権威を振りかざして威張るだけの最低の人種ばかりだ。
そう思ってたから。
カリエス家の努力を、能力を認めてくれた。
それが嬉しくて。
その時のことが、あの後もずっと忘れられなくて。
恋に落ちた。
あの方の側にいたいと、そう思った。
父からは、いくらなんでも分不相応な願いだと諭されたけど。
公爵家と子爵家との縁談なんて、常識では有り得ないのも分かってたけど。
あの方なら、家格でもなく、家柄でもなく、伝統でもなく、個人の能力を見て判断してくださる筈。
そう信じて、必死で己を磨いた。
もはや只の意地などではなく、あの方に選ばれるために、出来得る限りの知識と知性と教養を身につけるのだと、それだけをひたすら願って。
社交ももはや時間の無駄だ、と、デビュタント以降は一切参加せず。
ただ、ただひたすらにリュークザインさまがお相手を探し始める日を待ち続けた。
「・・・成程。それでここまで知性と教養と、あげく武芸まで身につけた最強のご令嬢が誕生した訳か」
広間を出た廊下の突き当り。
バルコニーで夜風に当たりながら、ラエラはベルフェルトにリュークザインとの出会いについて話していた。
「いやあ、大した執念だ。秘めた恋心をそのように前向きに己を向上させるための力とするなど、なかなか出来ないことだぞ」
感心半分、呆れ半分、といった口調で、感想を述べる。
「我ながら、無謀な賭けだったことは承知しております。ですが今、こうしてリュークザインさまの婚約者候補としてお側にいられるのですから、方向性としては、あながち間違っていなかったのかもしれませんね」
「・・・ちょっとした好奇心で聞くが、万が一、そこまで頑張ってもラエラ嬢がリュークの目に留まることがなかったら、どうする気だったのかね?」
尤もな質問に、ラエラは薄い笑みを浮かべた。
「勿論、その時は独身を貫く覚悟でございました」
「・・・ほう」
あっさりきっぱりと言いのけた姿に、思わず感嘆の声を漏らした。
「そうかそうか。君のような女性ならば安心だ。いやあ、よかった、リュークは幸せ者だな」
「まだ、申し込みを受けただけで正式な発表には至っておりませんし、出来ればわたくしに恋して頂きたいと思っているのですが」
「いやあ、それは大丈夫だろうよ」
「・・・だといいのですけれど」
ベルフェルトが、ちら、と背後に視線を送ったのに気づき、ラエラが首を傾げる。
「ベルフェルトさま? どうかなさいまして?」
「ああ、そろそろ会場に戻ろうかと思ってな。夜風でだいぶ体も冷えてきたし、何より、ここにあまり長く二人きりでいて、よからぬ噂がたってしまってもいけない」
「そうですね。参りましょうか」
「ああ、そうだ。ラエラ嬢、最後に一つ、よろしいか」
「なんでしょう?」
ラエラは戻りかけた足を止め、ベルフェルトの方を振り返った。
「・・・リュークを頼むよ。どうかあの不器用な男を支え、助けてやってくれたまえ」
それまでの表情とは打って変わったベルフェルトの真剣な眼差しに、ラエラもまた真っ直ぐに応える。
そして「勿論ですわ」と頷いた。
そして弱者と見れば、途端に態度を豹変して毟り取るもの。
父が、その才を認められてシャールベルム国王陛下から子爵位を賜った時から、私は幼心にそれを痛感した。
「新参者が」
「成り金」
「金で爵位を買った下賤の者」
「平民上がりのくせに」
陰で、あるいは面と向かってでさえ、父や母に、そしてまだ幼かった私や弟に、そう言ってくる『高貴な』方々に失望した。
貴族は皆がそのよう人たちではない、と父や母は言うけれど。
そんな陰口や嫌がらせに負けない才覚と知性が両親にはあったけれど。
私や弟は、押しつぶされまいと必死だった。
父のつけてくれた教師から懸命に学び、己を磨く努力を懸命に行って。
それでもまだ、心無い一部の貴族たちは罵ってくるのだ。
負けたくない。
あんな名ばかりの貴族たちに。
ただそれだけの気持ちで頑張った。
大した目的も希望もない、意地だけで頑張り続けるだけのつまらない日々だった。
そう、デビュタントであの方に会うまでは。
「つまらない陰口は慎めむことだ。己の器の小ささと能力の無さを中身のない中傷で誤魔化そうとするのは、更に品位を下げる行為だぞ。自分たちの家が斜陽だからといって、才覚を陛下に認められた家の者を貶めて留飲を下げようというのはあまりに芸がなかろう」
いつもと同じ面々に囲まれ、もはや聞きなれた侮蔑の言葉を投げかけられていた私の背後から突然現れた彼は、そう言って、ばっさりと一刀両断してくれた。
「おい、リュークザイン。いくら公爵家の君といえど、その言い方は失礼だろう」
「そうですわ、あまりにも酷い仰りよう・・・」
私を庇ったことで矛先が変わっても、リュークザインさまは顔色一つ変えず、冷たい視線でぎろりと睨み返して。
「一体どこが失礼だったのかな? 陛下のご判断を貶めるような行為をするなと戒めたことがか? ・・・もし私の言ったことが間違っているのであれば、陛下にこそお詫びせねばならん。よし、そうしよう。今からでも伺ってこの事をお耳に入れようではないか」
それで終わり。
あの愚か者たちは、青くなって、黙り込んで、そそくさと逃げていって。
驚いてお礼もろくに言えなかった私に、「戯言に耳を貸すな。陛下に認められた自分の家の力を信じることだ」とだけ言い残して、リュークザインさまは行ってしまわれた。
表立って庇ってもらうのなんて初めてで。
しかもそれが公爵家の人だったって事に驚いて。
貴族なんて、能力もないくせに権威を振りかざして威張るだけの最低の人種ばかりだ。
そう思ってたから。
カリエス家の努力を、能力を認めてくれた。
それが嬉しくて。
その時のことが、あの後もずっと忘れられなくて。
恋に落ちた。
あの方の側にいたいと、そう思った。
父からは、いくらなんでも分不相応な願いだと諭されたけど。
公爵家と子爵家との縁談なんて、常識では有り得ないのも分かってたけど。
あの方なら、家格でもなく、家柄でもなく、伝統でもなく、個人の能力を見て判断してくださる筈。
そう信じて、必死で己を磨いた。
もはや只の意地などではなく、あの方に選ばれるために、出来得る限りの知識と知性と教養を身につけるのだと、それだけをひたすら願って。
社交ももはや時間の無駄だ、と、デビュタント以降は一切参加せず。
ただ、ただひたすらにリュークザインさまがお相手を探し始める日を待ち続けた。
「・・・成程。それでここまで知性と教養と、あげく武芸まで身につけた最強のご令嬢が誕生した訳か」
広間を出た廊下の突き当り。
バルコニーで夜風に当たりながら、ラエラはベルフェルトにリュークザインとの出会いについて話していた。
「いやあ、大した執念だ。秘めた恋心をそのように前向きに己を向上させるための力とするなど、なかなか出来ないことだぞ」
感心半分、呆れ半分、といった口調で、感想を述べる。
「我ながら、無謀な賭けだったことは承知しております。ですが今、こうしてリュークザインさまの婚約者候補としてお側にいられるのですから、方向性としては、あながち間違っていなかったのかもしれませんね」
「・・・ちょっとした好奇心で聞くが、万が一、そこまで頑張ってもラエラ嬢がリュークの目に留まることがなかったら、どうする気だったのかね?」
尤もな質問に、ラエラは薄い笑みを浮かべた。
「勿論、その時は独身を貫く覚悟でございました」
「・・・ほう」
あっさりきっぱりと言いのけた姿に、思わず感嘆の声を漏らした。
「そうかそうか。君のような女性ならば安心だ。いやあ、よかった、リュークは幸せ者だな」
「まだ、申し込みを受けただけで正式な発表には至っておりませんし、出来ればわたくしに恋して頂きたいと思っているのですが」
「いやあ、それは大丈夫だろうよ」
「・・・だといいのですけれど」
ベルフェルトが、ちら、と背後に視線を送ったのに気づき、ラエラが首を傾げる。
「ベルフェルトさま? どうかなさいまして?」
「ああ、そろそろ会場に戻ろうかと思ってな。夜風でだいぶ体も冷えてきたし、何より、ここにあまり長く二人きりでいて、よからぬ噂がたってしまってもいけない」
「そうですね。参りましょうか」
「ああ、そうだ。ラエラ嬢、最後に一つ、よろしいか」
「なんでしょう?」
ラエラは戻りかけた足を止め、ベルフェルトの方を振り返った。
「・・・リュークを頼むよ。どうかあの不器用な男を支え、助けてやってくれたまえ」
それまでの表情とは打って変わったベルフェルトの真剣な眼差しに、ラエラもまた真っ直ぐに応える。
そして「勿論ですわ」と頷いた。
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