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だから彼女じゃないって

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「お前の彼女、また面倒事に巻き込まれてたぞ」

わざと言ってやった。

「ぐほっ! な、なんだ? アッテン、お前、オレに彼女はいないって昨日あれほど言っただろーが!」
「そうだったか?」
「そうだよっ!」

早朝の鍛錬時間、いつも通りに汗を流していたあいつに報告に行った。

汗を拭きながら、ごくごくと水を飲み干し、ぷはぁっと大きく息を吐く。
それから徐ろにこちらを向いて聞いてきた。

「・・・で? シュリエラ嬢が、今度はどうしたって?」
「別のご令嬢のトラブルに居合わせたようで、一緒に探し物をしていた」
「ふーん」
「そのシュリエラ嬢の話によると、だ。どうやら、もう一人のご令嬢の大切な資料を、誰かがわざと窓から外に投げ捨てたらしい」
「はあ?」

ライナスが間抜けな声を出した。

「一昨日の王太子殿下の婚約者殿といい、昨日のご令嬢といい、シュリエラ嬢の友人たちが妬まれる確率が凄いな。全くもって驚かされる」
「ちょっと待て。えーと、その、今日一緒にいた令嬢って誰?」
「名前は知らん。だが、やたらと華やかで美しい令嬢で、後からダイスヒル宰相の息子が駆けつけて、何やら仲睦まじげにしていたぞ」
「・・・エレアーナ嬢か」
「ああ、そういえば、確かそんな名前で呼んでいた」

ライナスは机に突っ伏して、呻き声を上げた。

「今度はケイン派の令嬢たちかよ。いい加減、諦めろっつーの。あー、やだやだ。女の嫉妬って怖ぇ」
「事情はよく分からんが、その言葉には全く同意する」

突っ伏したまま、うんうん唸っているライナスに冷ややかな視線と共に、職務に就かなくていいのか、と声をかける。

「行くよ。行くけどさ」

まだブツブツ言っているライナスに背を向け、持ち場に就こうと足を踏み出したところで、ふと、頭に浮かんだ疑問を口にした。

「・・・そのシュリエラ嬢だが」
「あん?」
「彼女のご友人たちは、立派な立場にある方の心を見事射止めているようだが、彼女は、よくその友人の立場に甘んじているな」

ライナスの眉がぎゅっと寄った。

「・・・どういう意味だ?」
「あんな気の強そうな令嬢が、よくそれで満足できるものだと感心しただけだ。他の令嬢方よろしく、殿下でも、宰相の息子でも、目の色変えて狙いそうなものだが・・・」

俺の言葉は、バン、と机を叩く音で遮られた。

何事かと思って目をやれば、ライナスがもの凄い形相でこちらを睨みつけている。

「適当な判断で無責任な事をくっちゃべってんじゃねぇよ。アッテンボロー・ガルマルク。お前は努力の価値がわかる男だろう?」

その言葉に、息を呑み、そしてようやく気づいた。

自分がとんでもない失言をしたことを。
そして、こんな場ではあるが、ライナスが自分の努力をちゃんと見ていてくれたことを。

「・・・確かにあの子は今でもキツイ性格だし、昔、殿下のことを、それはそれはしつこく追っかけ回してたらしいけどな」

・・・おい。
本当にやってたのかよ。

「それでも、あの子は頑張ったんだよ。努力して変わったんだよ。今は、好きだった人の婚約者のために、代わりに怒ってやれるような子になったんだから」

いや、まぁ、確かにそれは立派だとは思うが。

「人はな、いくらでも成長出来るんだ。勿論、本当にその気になって頑張ったやつに限るけどさ。あの子は、お前と同じくらい負けず嫌いだから、物凄く頑張ったんだ。お前は、そういう努力を笑わない男だろうが」

自分の無責任な物言いを恥ずかしく思ったけれど。

それと同時に、何か腹の中にあった重苦しいものが、すとん、と落っこちたような気がした。

お前、俺のやってること、ちゃんと見ていてくれたんだな。

そう思って。

強張っていた肩の力が抜けたんだ。

ライナスバージ・ロッテングルム。
俺の同期で、俺の永遠のライバル。

お前は、本当に真っ直ぐなやつだよ。
いつか必ず、お前に勝ってやるからな。

首を洗って待ってろよ。

そんなことを考えられるくらい、気持ちが落ち着いたところで。
目の前で今も俺を睨みつけている男を、ちょっと揶揄いたくなって。

「・・・そんなにムキになって、やっぱり彼女だったんじゃないか」
「だーかーらーっ! 彼女じゃないからっ! あの子はオレの妹みたいなもんだからっ!」

髪の毛を逆立てんばかりの勢いで吠え立てる姿を前に、なんだか心が和んでしまって。
思わず、ぷっと吹き出したりして。

俺と同じくらいの負けず嫌い、か。

・・・じゃあ、次の夜会では、努力の価値を知っているという、そのご令嬢に、ダンスでも申し込んでみようか。

なんて。
そんなことを思ったりしたわけだ。
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