上 下
83 / 256

賢者の力

しおりを挟む
「誰だ、お前は。よくもこの私に、そんな口を・・・」

バルクルムの呟きには耳を貸さず、ラファイエラスはゆっくりと右手を上げた。

刹那、弧を描いて地面に落ちようとしていた小瓶が、そのまま空中でピタリと止まる。

「な・・・?」

バルクルムはもちろん、周囲を囲んでいた騎士たちからも驚嘆の声が上がる。

「アイスケルヒ、回収を頼む。扱いは慎重にな」
「はい」

ラファイエラスの後ろにいたアイスケルヒが進み出て、空中に静止したままの小瓶へと手を伸ばす。

騎士たちに両脇から体を押さえつけられたまま、バルクルムが大声で喚きたてる。

「・・・さ、触るなっ! それは私のだっ。私が作ったものだぞ。あの娘を殺すために、丁寧に、時間をかけて作り上げた貴重な・・・」
「この男を殺しても構わないでしょうか? ラファイエラスさま」

バルクルムのがなり声を遮るように、アイスケルヒが冷たい声で物騒な許可を求めた。

「まだ駄目だ。私たちがこの阿呆を連れてくるのを国王は待ちわびているだろう。今は、殴るか蹴るかくらいで我慢しておけ、アイスケルヒ」
「・・・わかりました」

それでも、まだ状況が呑み込めていない賢者くずれは、抵抗をやめようとはしない。

「ふ、ふざけるな。お前らなど、この私にかかれば・・・」
「ほう、かかれば?」

そう言うと、今度は左手を下に向けて突き出した。

「ぐあっ!」

ぐん、とバルクルムの体が、何かがのしかかったように急に地面に押し付けられる。

両脇を抱えていた騎士たちが、思わず一緒に膝をつくほどの強烈な勢いで。

「お前の手にかかれば、私たちはどうなるんだ? さぁ、言ってみろ」
「ぐっ、・・・なんだ、これは。お、重い。体が、重い・・・」

ラファイエラスは、バルクルムの両側で腕を押さえていた騎士たちに向かって話しかけた。

「手を離しても構わんぞ。そいつはもう動くことは出来ぬ」
「は、はい・・・」

ふたりは言葉を受けて手を離すと、慌てて団長の後ろへと下がった。

アイスケルヒが戻ってきて、小瓶をラファイエラスに手渡す。

続いて、リュークザインが進み出て、邸周辺から集めてきた未回収の水晶石をラファイエラスに差しだした。

「ああっ! それは私が置いておいた水晶石! 返せ、いくらしたと思ってるんだ! 返せ、私のだぞっ!」
「・・・賢者くずれの愚かさ加減とは、ここまで酷いものだったか。噂をはるかに超えていて、最早笑うしかないレベルだな」
「な、なんだとっ! 貴様、この私を賢者くずれと言ったのか? 違う、違うぞ。私は・・・私は、偉大なる賢者、ワイジャ・・・」

ドガッ!

その場にいる誰もが息を呑み、黙り込んだ。

先ほどまで大仰に喚き散らしていた男の上に、一閃、雷が落ちて。
今、その男の体からは、しゅうしゅうと煙が上がっている。


静寂がその場を支配する中、それを破って第一声をあげたのはアイスケルヒだった。

「・・・ラファイエラスさま。先ほど、この男を殺しては駄目だと私におっしゃられたのは貴方さまですが・・・」
「ああ、すまん。ついうっかりな。だが、大丈夫だ。殺してはいない。・・・まぁ、念のため、少しだけ回復させておくか」

そう言って右手を軽く振った。

「ああ、そうだ。お前たちの中にも怪我をした者がいるだろう。ついでに治してやる」

そう言うと、右手をぐるりと大きく振った。

ケインバッハは、両手首の猛烈な痛みがすっと引いたことを感じ、思わずまじまじと自分の手を見つめる。
横を見れば、先ほどまで血が滴っていたカーンの拳や腕の傷も、綺麗になっていて。

ベルフェルトも怪我をしていたようで、自分の腕を覗きこんで驚く姿が見えた。
他にも、治癒効果を感じたらしい騎士たちからの歓声が上がる。

「・・・確認で聞くが、エレアーナは無事だな?」
「は・・・はい」

ラファイエラスの声に、カーンの後ろに控えていた騎士たちの背後から、そっとエレアーナが顔をのぞかせる。

「わたくしはここにおります。怪我もしておりません」
「・・・だそうだ。レオンハルト、言った通りだろう」
「そうですね。・・・本当に、ありがとうございました」
「いや、興が乗って少し手を貸す気になっただけだ。普通の力しか持たないお前たちが、ここまで奴を追い詰めるのを見るのは、なかなかに愉快だったのでな」

それから、ラファイエラスはリュークザインに視線を投げかけてこう告げた。

「聞きたいことはいろいろとあるだろうが、ひとまず王城へ戻るとしよう。君たちの敬愛する国王陛下が私たちの帰りを今か今かと待っているだろうからな」

「はっ」
「ああ、それからエレアーナ」
「はい」
「君も来るといい。娘の安否を案じている父親に、無事な姿を見せて安心させてやれ」

王城への招きの言葉に、一瞬、驚いて。

それから、ふわりと笑った。

「はい。そうさせて頂きます」

その笑顔に、ラファイエラスがふっと笑みを浮かべる。

「・・・なるほど。極上の笑みだな」

それから後、カーンが騎士たちへ、アイスケルヒが邸の者たちへとそれぞれ指示を出し、未だ体から微かに煙が立ちのぼる賢者くずれを王城へと引っ立てて行った。

馬車で城へと向かう中、リュークザインがラファイエラスにそっと礼を述べると、軽く手を振って、礼を言うのはまだ早い、と返された。

「ですが、賢者くずれの件もこれにて収束いたしました。まだ早いとは如何様な意味でしょうか?」

まさか、まだ他にも見知らぬ敵が潜んでいるのか、と、一瞬、嫌な予想が頭をよぎるも、そんなことではない、とあっさり否定されて。

「・・・では、一体どのような意味でございましょう?」

心底分からない、とでも言いたげに目を瞬かせていると、表情を変えることもなく、ぽそりとこんなことを言った。

「罰を受けねばならない人間が、まだ残っているだろう? 今回の件で最も罪の深い者、その発端となった者が」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。

文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。 父王に一番愛される姫。 ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。 優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。 しかし、彼は居なくなった。 聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。 そして、二年後。 レティシアナは、大国の王の妻となっていた。 ※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。 小説家になろうにも投稿しています。 エールありがとうございます!

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~

塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます! 2.23完結しました! ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。 相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。 ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。 幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。 好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。 そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。 それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……? 妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話 切なめ恋愛ファンタジー

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈 
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

新婚なのに旦那様と会えません〜公爵夫人は宮廷魔術師〜

秋月乃衣
恋愛
ルクセイア公爵家の美形当主アレクセルの元に、嫁ぐこととなった宮廷魔術師シルヴィア。 宮廷魔術師を辞めたくないシルヴィアにとって、仕事は続けたままで良いとの好条件。 だけど新婚なのに旦那様に中々会えず、すれ違い結婚生活。旦那様には愛人がいるという噂も!? ※魔法のある特殊な世界なので公爵夫人がお仕事しています。

処理中です...