70 / 256
烈女
しおりを挟む
サロンの扉をノックする音がして。
アイスケルヒがカトリアナを連れて現れた。
「まぁ、アイスケルヒさま」
「やぁ、アリエラ嬢。貴女の妹君をお連れしたよ」
「あ、あの、ありがとうございました、アイスケルヒさま。お世話になりました・・・」
小さくなって席に戻るカトリアナを心配そうに見つめるアリエラに、アイスケルヒが声をかける。
「カトリアナ嬢は、なかなかの烈女のようだ。さすがは貴女の妹君だな」
「・・・はい?」
意味が分からず、ぽかんとするアリエラを他所に、アイスケルヒは、今度は自分の妹に向かって声をかける。
「エレ」
「はい、お兄さま」
「お前はいい友人に恵まれた。感謝するんだな」
「・・・ええ。わかっていますわ、お兄さま」
それだけ言うと、アイスケルヒは、失礼、という言葉と共にサロンから出て行った。
「烈女。烈女ですって、カトリアナ。あなた、サロンから出て行った後、何をしたの?」
「えーと、あの、それは・・・」
もごもごと口ごもるカトリアナに、エレアーナが、ふっと微笑みかける。
「殿下をご心配くださったのではなくて? ・・・最近の殿下は、どこかお辛そうでしたから」
カトリアナは驚いて目を見張る。
「あら、そうでしたの? ・・・確かに、この間、夜会でお見かけした時も、沈んでらした様には思いましたけれど」
アリエラは吃驚しながらも、どこか納得したようで。
「ええ。わたくしからは申し上げづらく、どうしたらいいかと悩んでいたところでしたの」
「エレアーナさま・・・」
問い詰められるものと思っていた相手からの思わぬ言葉に対して、カトリアナはようやく、たった一言、絞り出した。
「カトリアナさま。王家の方に意見を申し上げるのは大変勇気がいったことでしょう。なのに、わたくしのために・・・本当にありがとうございました」
「そ、そんな・・・」
頭を下げるエレアーナに対し、恐縮しつつも、どこか罪悪感を含む表情のカトリアナに、アリエラは一旦、口を開きかけ、そしてまた噤んだ。
そして、帰り道の馬車の中。
詳しく事情を聞いたアリエラが、少し呆れ気味の声を出す。
「・・・よくまぁ、殿下にそこまではっきりと申し上げたものね」
「ええ、本当に・・・自分でも驚いています・・・」
アリエラは馬車の窓枠に頬杖をつき、外を眺めながら、ふうと軽く息を吐いた。
「でも、夜会でお会いしたときに、殿下の顔色が沈んでいた訳が分かったわ。・・・籠の鳥のような状況に置かれたエレアーナさまのことで、自責の念を抱いておられたのね」
「ええ・・・」
「殿下らしいこと」
そう言って、困ったように、ふふ、と笑う。
それから、カトリアナに視線を向けて。
「それから、あなたもね。カトリアナ」
「え? わたくしが何か?」
「あきらめるなって殿下の背中を押しに行くなんて、あなたらしいわ。・・・とっても」
そう言って、目を細めた。
でも、カトリアナは、少し困ったような顔をして。
「・・・わたくし、あのとき殿下のことしか頭になくて・・・。だから、エレアーナさまからお礼をいわれたとき、なんだか苦しかったんです。エレアーナさまのことを思う余裕もなかった、ただ殿下のお心を楽にして差し上げたいと、ただそれだけで・・・」
「いいんじゃないかしら、それで」
「・・・え?」
カトリアナが、不思議そうに目を瞬く。
可愛い妹を見つめながら、アリエラはにっこりと微笑んだ。
「エレアーナさまは、殿下を心配なさってたのよ。そして、あなたはそのエレアーナさまに代わって、殿下を叱り飛ばしてあげたんだもの。エレアーナさまは、間違いなく嬉しかったはずよ」
「そ、うでしょうか・・・」
「そうに決まってるわ。だからアイスケルヒさまは、あなたのことをエレアーナさまの良い友人だっておっしゃったんじゃないの」
そう言うと、アリエラは優しく妹の肩に手を置いた。
「自信を持ちなさいな、カトリアナ・マスカルバーノ。あなたはアイスケルヒさまに烈女と称えられたのよ?」
「えぇ・・称えたんですかね・・・?」
「今回は100パーセント称えてるわ。わたくしも吃驚だもの。こんなに引っ込み思案でおとなしいあなたが、サロンを飛び出して、馬車に乗ろうとする殿下をとっ捕まえて説教するなんて」
「いえ、それ・・・やっぱり、称えてないですよね・・・?」
「何言ってるの。100パーセント誉め言葉よ。わたくしを信じなさい」
うう、と微妙な表情で唸る妹を温かい目で見守りながら、アリエラは、はた、とあることに気づいた。
「あら、いけない。なんだかバタバタしてしまって、バークリー先生の伝言を言いそびれてしまったわ」
「え? ああ、足りない薬草があるから伺いたいと仰ってた・・・」
「仕方ないわ。次にお会いできた時にお伝えしましょう。子どもたちのお薬の話だから、今度は忘れないようにしないとね」
アイスケルヒがカトリアナを連れて現れた。
「まぁ、アイスケルヒさま」
「やぁ、アリエラ嬢。貴女の妹君をお連れしたよ」
「あ、あの、ありがとうございました、アイスケルヒさま。お世話になりました・・・」
小さくなって席に戻るカトリアナを心配そうに見つめるアリエラに、アイスケルヒが声をかける。
「カトリアナ嬢は、なかなかの烈女のようだ。さすがは貴女の妹君だな」
「・・・はい?」
意味が分からず、ぽかんとするアリエラを他所に、アイスケルヒは、今度は自分の妹に向かって声をかける。
「エレ」
「はい、お兄さま」
「お前はいい友人に恵まれた。感謝するんだな」
「・・・ええ。わかっていますわ、お兄さま」
それだけ言うと、アイスケルヒは、失礼、という言葉と共にサロンから出て行った。
「烈女。烈女ですって、カトリアナ。あなた、サロンから出て行った後、何をしたの?」
「えーと、あの、それは・・・」
もごもごと口ごもるカトリアナに、エレアーナが、ふっと微笑みかける。
「殿下をご心配くださったのではなくて? ・・・最近の殿下は、どこかお辛そうでしたから」
カトリアナは驚いて目を見張る。
「あら、そうでしたの? ・・・確かに、この間、夜会でお見かけした時も、沈んでらした様には思いましたけれど」
アリエラは吃驚しながらも、どこか納得したようで。
「ええ。わたくしからは申し上げづらく、どうしたらいいかと悩んでいたところでしたの」
「エレアーナさま・・・」
問い詰められるものと思っていた相手からの思わぬ言葉に対して、カトリアナはようやく、たった一言、絞り出した。
「カトリアナさま。王家の方に意見を申し上げるのは大変勇気がいったことでしょう。なのに、わたくしのために・・・本当にありがとうございました」
「そ、そんな・・・」
頭を下げるエレアーナに対し、恐縮しつつも、どこか罪悪感を含む表情のカトリアナに、アリエラは一旦、口を開きかけ、そしてまた噤んだ。
そして、帰り道の馬車の中。
詳しく事情を聞いたアリエラが、少し呆れ気味の声を出す。
「・・・よくまぁ、殿下にそこまではっきりと申し上げたものね」
「ええ、本当に・・・自分でも驚いています・・・」
アリエラは馬車の窓枠に頬杖をつき、外を眺めながら、ふうと軽く息を吐いた。
「でも、夜会でお会いしたときに、殿下の顔色が沈んでいた訳が分かったわ。・・・籠の鳥のような状況に置かれたエレアーナさまのことで、自責の念を抱いておられたのね」
「ええ・・・」
「殿下らしいこと」
そう言って、困ったように、ふふ、と笑う。
それから、カトリアナに視線を向けて。
「それから、あなたもね。カトリアナ」
「え? わたくしが何か?」
「あきらめるなって殿下の背中を押しに行くなんて、あなたらしいわ。・・・とっても」
そう言って、目を細めた。
でも、カトリアナは、少し困ったような顔をして。
「・・・わたくし、あのとき殿下のことしか頭になくて・・・。だから、エレアーナさまからお礼をいわれたとき、なんだか苦しかったんです。エレアーナさまのことを思う余裕もなかった、ただ殿下のお心を楽にして差し上げたいと、ただそれだけで・・・」
「いいんじゃないかしら、それで」
「・・・え?」
カトリアナが、不思議そうに目を瞬く。
可愛い妹を見つめながら、アリエラはにっこりと微笑んだ。
「エレアーナさまは、殿下を心配なさってたのよ。そして、あなたはそのエレアーナさまに代わって、殿下を叱り飛ばしてあげたんだもの。エレアーナさまは、間違いなく嬉しかったはずよ」
「そ、うでしょうか・・・」
「そうに決まってるわ。だからアイスケルヒさまは、あなたのことをエレアーナさまの良い友人だっておっしゃったんじゃないの」
そう言うと、アリエラは優しく妹の肩に手を置いた。
「自信を持ちなさいな、カトリアナ・マスカルバーノ。あなたはアイスケルヒさまに烈女と称えられたのよ?」
「えぇ・・称えたんですかね・・・?」
「今回は100パーセント称えてるわ。わたくしも吃驚だもの。こんなに引っ込み思案でおとなしいあなたが、サロンを飛び出して、馬車に乗ろうとする殿下をとっ捕まえて説教するなんて」
「いえ、それ・・・やっぱり、称えてないですよね・・・?」
「何言ってるの。100パーセント誉め言葉よ。わたくしを信じなさい」
うう、と微妙な表情で唸る妹を温かい目で見守りながら、アリエラは、はた、とあることに気づいた。
「あら、いけない。なんだかバタバタしてしまって、バークリー先生の伝言を言いそびれてしまったわ」
「え? ああ、足りない薬草があるから伺いたいと仰ってた・・・」
「仕方ないわ。次にお会いできた時にお伝えしましょう。子どもたちのお薬の話だから、今度は忘れないようにしないとね」
16
お気に入りに追加
1,352
あなたにおすすめの小説
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜
橘しづき
恋愛
姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。
私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。
だが当日、姉は結婚式に来なかった。 パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。
「私が……蒼一さんと結婚します」
姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。
麗しの王子殿下は今日も私を睨みつける。
スズキアカネ
恋愛
「王子殿下の運命の相手を占いで決めるそうだから、レオーネ、あなたが選ばれるかもしれないわよ」
伯母の一声で連れて行かれた王宮広場にはたくさんの若い女の子たちで溢れかえっていた。
そしてバルコニーに立つのは麗しい王子様。
──あの、王子様……何故睨むんですか?
人違いに決まってるからそんなに怒らないでよぉ!
◇◆◇
無断転載・転用禁止。
Do not repost.
行き遅れにされた女騎士団長はやんごとなきお方に愛される
めもぐあい
恋愛
「ババアは、早く辞めたらいいのにな。辞めれる要素がないから無理か? ギャハハ」
ーーおーい。しっかり本人に聞こえてますからねー。今度の遠征の時、覚えてろよ!!
テレーズ・リヴィエ、31歳。騎士団の第4師団長で、テイム担当の魔物の騎士。
『テレーズを陰日向になって守る会』なる組織を、他の師団長達が作っていたらしく、お陰で恋愛経験0。
新人訓練に潜入していた、王弟のマクシムに外堀を埋められ、いつの間にか女性騎士団の団長に祭り上げられ、マクシムとは公認の仲に。
アラサー女騎士が、いつの間にかやんごとなきお方に愛されている話。
【完結】身を引いたつもりが逆効果でした
風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。
一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。
平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません!
というか、婚約者にされそうです!
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
夫が愛人を離れに囲っているようなので、私も念願の猫様をお迎えいたします
葉柚
恋愛
ユフィリア・マーマレード伯爵令嬢は、婚約者であるルードヴィッヒ・コンフィチュール辺境伯と無事に結婚式を挙げ、コンフィチュール伯爵夫人となったはずであった。
しかし、ユフィリアの夫となったルードヴィッヒはユフィリアと結婚する前から離れの屋敷に愛人を住まわせていたことが使用人たちの口から知らされた。
ルードヴィッヒはユフィリアには目もくれず、離れの屋敷で毎日過ごすばかり。結婚したというのにユフィリアはルードヴィッヒと簡単な挨拶は交わしてもちゃんとした言葉を交わすことはなかった。
ユフィリアは決意するのであった。
ルードヴィッヒが愛人を離れに囲うなら、自分は前々からお迎えしたかった猫様を自室に迎えて愛でると。
だが、ユフィリアの決意をルードヴィッヒに伝えると思いもよらぬ事態に……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる