上 下
43 / 256

気合い

しおりを挟む
エレアーナは自室でひとり、思案していた。

昼前に王城から戻ってきた父たちから聞いた話を、頭の中で整理するために。

何も理由を知らされぬまま、邸内に閉じ込められることになるのは辛いだろうと。
どうせなら、理由を知って、その上で自分はどうすべきなのかよく考えろ、と。
父はそう言って、王城での話をそのまま私に伝えてくれた。

婚約者争い、賢者くずれに、反対勢力、襲撃計画に、呪い。
いろいろな思惑が渦巻いていて。

・・・自分の知らない間に、たくさんの人に守られていたのね。

陛下が、父が、兄が、そして他にもたくさんの方々が、自分のために陰で色々と動いてくれていたと知って。

それまでの出来事が、少しの違和感が、目にした光景が、ひとつずつ、パズルのように綺麗にはまっていく、そんな感じ。

だから、今ならあの時の感覚も、決して気のせいではなかったのだと納得しているのだ。

南区のジュールベーヌのバザーで、殿下たちが現れるまで感じていた、じっとりとまとわりつくような、あの嫌な感覚。
北区のホルヘでは、朝から殿下たちがいらっしゃっていたせいだろうか、少し居心地が悪くなる瞬間があったくらいだったけれども。

あれはきっと、犯人の視線かなにかだったのだろう、と。

まさか、近くまでナイフを持って迫って来ていたとも、露知らず。
自分でも、鋭いのか鈍いのか、判断に苦しむところではあるけれど。
知らないとは本当に気楽なものねと、今更ながらに感心してしまう。

「やっぱり、しばらくはお屋敷にこもりきり、よね・・・」

自分が無謀に動こうとすれば、その分、自分を守ろうとする人たちが、そのために走り回ることになって。

そして、より危険な目に合うのは、きっと自分を守るために、前に出て戦ってくれる人たちの方で。

いくら強くても、それが怖くないなんて事があるのかしらと、ひとり、ぐるぐると考えを巡らせている。

だって、今になって思い返せば、バザー会場に迎えに来たときの兄の顔は、少し強張っていたと思う。
馬車に乗ってからも、しきりに窓から外を伺って。

それでも、私の前ではずっと微笑みを絶やさずに。
優しい言葉をかけ続け、安心して休んでいろ、と。

そうやって、きっとあの時、ずっと緊張しながら、警護の者たちと共に辺りを警戒してくれていたのだと、今更ながら気づいて。

・・・何も知らず、馬車の中でのんびりまったり寛いでいた私のために。

だいたい、レオンさまとケインさまが、二人揃って一日中スケジュールが空いていたなんて、不自然もいいところよね。

しかもバザーの日にちょうど合わせて、2回も。

なんであの時、不思議に思わなかったのかと、自分の能天気さに笑ってしまう。

とにかく、これ以上周囲に心配をかけないよう自主的に引きこもる事に決めて。
父にもそのことを伝えたところなのだ。

あちこちに届けていた手製の品々を目にすれば、これまで、慰問や奉仕活動で出かけた先で出会った、たくさんの人たちの顔が思い浮かぶけれど。

お薬とか衛生品とかは、誰かに頼んで届けてもらうことにして。
あ、そうだ。孤児院でハーブの苗を一緒に植える約束は、延ばしてもらわないとね。

「子どもたちも楽しみにしてくれてたから、きっと後で怒られちゃうわね」

また、今度。
いつかはわからないけれど、でもきっと。

「・・・心配かけるといけないから、しばらく忙しくて行けないって連絡しておかなきゃ」

しばらくで終わるかな。
私、もしかして死んじゃったりして。

・・・それで、もう二度と、みんなに会えなかったりして。

え? あれ? 

いやいやいや、これ、考えちゃダメなやつよね。

あ、ダメだ。怖くなってきちゃった。
自分で勝手に怖い想像して、ひとりで怖がって、何やってるのって感じよね。

どうしたらいいのか、わからない、けど。

「なんでもない、って顔、したいのになぁ」

ぽつりと、そう、独り言ちて。

だって。
こんな怖いこと、できるなら笑い飛ばしてしまいたい。

命をかけて守ってくれる人たちの後ろで、その背中の陰に隠してもらって、挙句、心配で怖くてたまらないなんて、言いたくない。

その人たちが強いから私は安心していられるって、どうせならお任せしちゃいたい。

守られるしかないなら、せめて、守りがいのある人間になってしまおうって、そう思って。

だって、私は、弱い。
身を守る術も、剣の扱いも、何も知らない。

誰かに守ってもらわなきゃ、きっと秒で死ぬと思う。

しかも、この先、相手は賢者くずれなんでしょ?

子どもとのケンカにすら勝てないようなひ弱な私に、何かできるって考える方が、おこがましい。

心配して怯えたぶん、勝率が上がるのなら、いくらだって騒ぎ立てますけど。
えぇもう、そりゃあ一晩中だって泣き喚きますけど。

でも、こんな大ごと、私ひとりが悩んでたって、何も変わるわけがないんだから。

だから、ね。

弱い私よ。よく聞きなさい。

考えてもしょうがないことで、うじうじするな。
潔く、快く、守ってもらえ。

---よし。

いけ、やっちゃえ。エレアーナ。

そう気合いを入れると、エレアーナは思いっきり、自分の頬をぱぁんと両手で引っ叩いたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。

文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。 父王に一番愛される姫。 ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。 優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。 しかし、彼は居なくなった。 聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。 そして、二年後。 レティシアナは、大国の王の妻となっていた。 ※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。 小説家になろうにも投稿しています。 エールありがとうございます!

探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?

雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。 最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。 ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。 もう限界です。 探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~

塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます! 2.23完結しました! ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。 相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。 ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。 幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。 好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。 そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。 それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……? 妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話 切なめ恋愛ファンタジー

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈 
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

処理中です...