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とあるご令嬢たちの来訪 その1

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「マスカルバーノ家のご令嬢……ですか? その方々が、わたくしに会いたいと?」

家名こそ知っているものの、会ったことのないご令嬢たちに、エレアーナは小首を傾げる。

「ああ、先日の夜会でね。マスカルバーノ侯爵夫妻から声をかけられてね。お前に会いたがっているからぜひ機会を設けてくれと、そう言われたのだよ」
「夜会とは、昨夜の王城での?」
「そうだ。令嬢はお2人いるんだが、年下の方はお前と同じでまだ社交界に出る年ではないから、個人的に場を設けてほしいそうだ」
「お父さま。その年下の方は、おいくつでいらっしゃるのでしょう?」
「お前より一つ下だと言っていたからな。11歳だろう」

夜会への出席は13歳になってから、というのがこの国のしきたり。
だから昨夜の夜会も、出席したのは両親と兄だけだった。

社交マナーは身に着けているものの、別にパーティが好きなわけでもないエレアーナにとっては、言い訳せずとも休むことができる、嬉しい規制だ。

「そのマスカルバーノ侯爵家のご令嬢方が、なぜ、わたくしに?」
「詳しくは聞いておらんが、ぜひに、と言ってきている。断るわけにもいくまい」
「それなら、お茶会を開いてさしあげたらどう、エレアーナ?」

きらびやかな集まりに興じるよりも、時間があればせっせと孤児院や病院に出かけて行く娘をひそかに案じていたブライトン公爵夫人は、そっとエレアーナにお茶会の提案をした。

拒む理由がある訳でもない。

次の日には、茶会の招待状をマスカルバーノ侯爵家に送ることになって。

そして、お茶会の当日、現れたお2人のご令嬢は、どちらも同じ美しい紺色の髪に明るい朱色の眼の美しい方々で。
なのに受ける印象はまったく違うから不思議なものだ。

姉は少し気が強そうなで、妹は楚々とおとなしそうで。
……でも、なぜか2人の瞳は、キラキラしていた。

姉はアリエラ・マスカルバーノ、妹はカトリアナ・マスカルバーノと名乗った。


屋敷に到着するなり、カトリアナは足早にエレアーナのもとに駆け寄り、少しはにかみながらも嬉しそうに挨拶する。
所作も言葉使いもしっかり身についているようなのだが、なぜか、そわそわと少々落ち着きのない印象を受ける。

アリエラがカトリアナをときどき窘めるものの、どうにも落ち着かない様子なのだ。

少し不思議に思いはしたが、エレアーナはそれを表情に出すことなく、お茶会用に整えた部屋に案内した。

茶会のテーブルにそれぞれが席に着いたところで、姉のアリエラが申し訳なさそうに口を開いた。

「エレアーナさま、本日はお茶会にお招きいただき、ありがとうございます。エレアーナさまにお会いできると知って、わたくしも妹もとても楽しみにしておりました」

そして、横に座る妹にちらりと視線を向ける。

「特に妹のはしゃぎようは、昨日からすごいものでしたわ。わたくしたちは、それはもうずっと前から、エレアーナさまにお会いしたいと言っておりまして」

苦笑混じりに言葉を継いだ。

「今日は、やっとその願いが叶ったと、少々はしたなく振る舞ってしまいました。どうかご容赦くださいませね」

アリエラはそう話すと、軽く頭を下げた。
高く結い上げた紺色の髪が、ひとすじ、はらりと頬にかかる。

気が強いという印象だったが、むしろしっかりした姉なのだろう。
姉の言葉を受け、妹のカトリアナも頬を赤らめながら口を開く。

「……大変失礼いたしました。わたくし、エレアーナさまにお会いしたいとずっと思っておりまして。あの、お茶会にお招きいただけて本当に嬉しくて……」

俯きながら、小さな声を絞り出すように話す姿に、アリエラが大きく一つ、ため息をつく。

「ほら、しっかりなさい。やっとお会いできたのよ?」

姉妹間の微笑ましいやり取りではあったが、今ひとつ事情が呑み込めず、エレアーナはおずおずと口を開く。

「……あの、お聞きしてもよろしいかしら? アリエラさまとカトリアナさまは、どうしてわたくしに会いたいと?」

アリエラは、さもありなんと頷いた。

「不思議に思われるのはもっともですわ。少し長い話になりますが、ご容赦くださいませね。実はわたくしたちには年の離れた弟がおりまして……ウィッテンハイムと申しますの。今、7歳ですわ。我が侯爵家の嫡男なのですが、あまり体が強くありません。5歳のときには風邪をこじらせて、肺炎にまでなりました」
「まぁ、お可哀そうに」
「ええ、幸い、今は元気に家で過ごしておりますが、あのときは心配でたまりませんでした。集中的な治療が必要とのことで、入院しましたが、退院まで2か月もかかりましたの」
「そうですか。大変でしたわね」
「……あの、そのとき姉もわたくしも、弟のお見舞いで何回も病院に行っていたんです」

今まで黙っていたカトリアナが会話に入る。

「そこで、エレアーナさまのことを知ったのです」

アリエラが会話を引き継ぐ。カトリアナは、こくこくと頷いた。

「わたくしを?」
「はい。正確に言えば、その時はまだ、お名前は存じ上げませんでしたけれど。実はわたくしたち、病院でとても興味が惹かれるものを見つけたのです。病気の感染予防のためにと、一般用の洗面所やお手洗いに置かれていたうがい薬や石鹸などですわ。とてもいい香りの。それで病院の方にお聞きしたら、ある高貴な方が、手ずからお作りになられたものだと」

エレアーナは首をかしげた。

「そこでわたくしの名を?」
「正確には違います。病院の方は、名前は教えられないとおっしゃいまして。そのようにスタッフ全員に申し伝えられていたようですわ。ですから、わたくしたち、とても残念でしたの。お礼が言いたいと思っておりましたから」
「お礼……ですか?」
「ええ、石鹸やハーブを使った飲み物とか、後は特にうがい薬ですわ。弟は、……ウィルは、普段使っているものが少々苦手でしたの。まだ小さいのだし、それくらいしなくても大したことにはならないと、あの子を甘やかしていたわたくしたちも悪いのですが」

アリエラは溜息を吐いた。

「体が強い子だったらそれで大丈夫だったのでしょうけれど。一昨年は結局、肺炎にまでなってしまいましたから……」

アリエラもカトリアナも、その時のことを思い出したのか、少し落ち込んでいる。

「……そこで知ったのが、ハーブから作ったうがい薬ですわ。市販のものと違って苦くないから、と勧められて試したのです。そうしたら、口の中がスッキリするし全然苦くないとウィルが言って」

アリエラはそこでにっこりと微笑んだ。

「去年は少し咳が出ることはありましたが、あまり重い症状が出ることもなく、無事に過ごすことができました」
「あの、……それからは病院の方にお願いして、うがい薬を譲っていただいておりますの。無償で届けられるものだからと、代金を受け取られないので、こちらの気持ちとして、定期的に寄付をさせていただく形で」
「……そうですの」

ひとしきりの会話の後に、静寂が落ちる。
お茶に口を付ける間もなく話し込んでいたので、淹れたてのお茶もすっかり冷えてしまったようだ。
メイドに新しくお茶を入れてもらおうと手を上げかけたところで、アリエラが再び口を開いた。

「それでも、わたくしたちはずっと、その高貴な方とは一体どなたなのだろうと思っておりました。どうしてもお会いしたいと……お礼を伝えたかったのはもちろんですが、それだけが理由ではなくて」

そう言って、アリエラはエレアーナの顔をまっすぐに見つめた。

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