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鎖
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「アユール! これを見ろ」
調べ物があると書斎に籠もっていたカーマインが、本を片手に慌ただしく走り寄る。
「古書にこんな記述があるのを見つけた」
それまでずっとサーヤに付き添っていたアユールの目の前に、一冊の書を突き出す。
「どうにも樹の存在が気になってな。・・・初めは呪いの方と関連があるのかとも思ったのだが」
「・・・深層意識を象る存在、だと?」
開いたまま差し出された書の一節に目を落とすと、アユールは僅かに眉根を寄せた。
そのまま次の節、次の頁へとアユールは目を走らせる。
「つまりは夢の世界の象徴ってことか」
「うむ。そしてサーヤは、それを知ってか知らずか、そこから離れようと歩き始めた・・・そうだな?」
「ああ」
「囚われた意識をなんとか解放してやらねばならん。だが、今のところ我々がこちらの世界から関与できるのは、お前の声のみだ。・・・アユール、他に何か気づいた事はないか?」
「他に・・・」
考え込むようにぎゅっと目を瞑る。
「そういえば・・・」
はっと、ある事に気づいて顔を上げる。
「樹から離れたせいか前よりも声がよく聞こえるんだが、あいつ・・・サーヤが、足が重いって呟くのが聞こえたんだ」
「足が・・・重い?」
「ああ。実際、足を引き摺るようにして歩いているんだ」
◇◇◇
もう随分と歩いた気がするけど。
サーヤは振り返って景色を確認すると、ふう、と溜息を吐く。
足が重いせいかな。
まだこれだけの距離しか離れてないんだ。
・・・でも、アユールさんの声は前よりもはっきり聞こえるようになった。
それに、体内を蠢く気持ち悪いものが少しづつ薄れてる気がする。
やっぱり、あの樹から離れて正解だったんだ。
前は意識が遠のく時にしか聞こえなかったのに、今はそうじゃなくてもちゃんと聞こえるようになってきたもの。
それだったら、アユールさんと話が出来るかもしれない。
「アユールさん」
どうか、届いて。
願いを込めて、声に出してみた。
「・・・サーヤ」
「アユールさん?」
「ああ、聞こえる。お前も・・・聞こえてるよな?」
「うん。・・・うん。聞こえてる」
嬉しくて。
涙が溢れてきて。
言葉を交わせただけで、なんだかほっとして。
「こっちにいるお前の身体を通して、今のお前の姿も見えてるんだ。・・・サーヤ、一人でよく頑張ってるな」
「ううん、あのね、アユールさん。あの樹の側は駄目みたいなの。だから離れようとしてるんだけど」
「そうか、見ててきっとそうだと思ってたんだ。いいか、サーヤ。あの樹は、お前が今いる世界を象ってるんだ。だから側にいるとその分、それに縛られる。だから出来る限り離れてくれ」
「うん。でもね、足が重くて・・・進むのが大変なの」
「・・・やっぱりそうだったか」
「あとね、体の中で何かが蠢いているような感じがするの。何か・・・熱いものが」
よかった。
声が聞きづらくなる時もあるけど、でも話はちゃんと出来ている。
「サーヤ、前に俺があげた月光石、今も首から下げてるよな? それを手でしっかりと握ってくれ」
前に、アユールさんが、お守りだって魔力を込めて贈ってくれた石だ。
そういえば、袋に入れて、ずっと首から下げてたんだっけ。
「握ったら・・どうするの」
「俺もこっち側でお前の石を握ってるんだ。こちらから魔力をさらに注き込むから、そっちで受け取ってほしい」
「受け取るって・・・」
「握っていれば、自然に流れ込む筈だ」
・・・あ。
意識が遠のく。
辺りが暗くなって。
一瞬、アユールさんの姿が見えた気がして。
ほんの一瞬。
一瞬だった。
気が付くと、また元いた場所に立っていたけど。
それでも、貴方に逢えた。
それが、凄く、凄く、嬉しかった。
言われた通り、右手を首元に持っていき、そっと石を握りしめる。
「石、握ったよ」
「よし、送るぞ」
声と同時に、石を握りしめた掌がほわっと温かくなる。
アユールさんが言ってた魔力ってこれのことかな。
何かが身体の中に流れ込んでくる、不思議な感覚。
「・・・叔父貴にも手伝ってもらって大量の魔力を注ぎ込んだ。これで心眼が発動できる筈だ・・・どうだ? 周囲を見回してみろ。何か変化はないか?」
言われて慌てて周りを見回す。
「・・・あ・・・」
私の足に、何かが繋げられている。
透き通ってて、空気の流れで形が微かに揺れてるけど。
「こ、れ・・・は」
鎖・・・?
それは、私の足元からずっと一直線に長く伸びている。
その先は・・・樹だ。
「見えたか、サーヤ」
私は黙って頷いた。
「俺はお前の姿が見えるし、こうやって会話も出来るが、お前のいる所に行くことは出来ない。・・・だから、サーヤ。その鎖はお前が断ち切らなければいけないんだ。その鎖が、お前の意識をそこに縛り付けているものだから」
足元を見て、改めてその鎖のように見えるものを確認する。
空気の流れで簡単に形が変わるような頼りないものなのに、実際に足にかかる圧は大きくて、もの凄く重たい。
本物の鎖でもないのに、断ち切れるものなの・・・?
不安が影のように覆いかぶさってくる。
怖い。けど、やらなきゃ。
私を励ますような声が、強く、優しく、頭の中に響いてくる。
「・・・大丈夫だ、サーヤ。今から指示を出すから、俺を信じて、その通りに動いてくれ」
そうだ。私はこの人のところに帰るんだ。
調べ物があると書斎に籠もっていたカーマインが、本を片手に慌ただしく走り寄る。
「古書にこんな記述があるのを見つけた」
それまでずっとサーヤに付き添っていたアユールの目の前に、一冊の書を突き出す。
「どうにも樹の存在が気になってな。・・・初めは呪いの方と関連があるのかとも思ったのだが」
「・・・深層意識を象る存在、だと?」
開いたまま差し出された書の一節に目を落とすと、アユールは僅かに眉根を寄せた。
そのまま次の節、次の頁へとアユールは目を走らせる。
「つまりは夢の世界の象徴ってことか」
「うむ。そしてサーヤは、それを知ってか知らずか、そこから離れようと歩き始めた・・・そうだな?」
「ああ」
「囚われた意識をなんとか解放してやらねばならん。だが、今のところ我々がこちらの世界から関与できるのは、お前の声のみだ。・・・アユール、他に何か気づいた事はないか?」
「他に・・・」
考え込むようにぎゅっと目を瞑る。
「そういえば・・・」
はっと、ある事に気づいて顔を上げる。
「樹から離れたせいか前よりも声がよく聞こえるんだが、あいつ・・・サーヤが、足が重いって呟くのが聞こえたんだ」
「足が・・・重い?」
「ああ。実際、足を引き摺るようにして歩いているんだ」
◇◇◇
もう随分と歩いた気がするけど。
サーヤは振り返って景色を確認すると、ふう、と溜息を吐く。
足が重いせいかな。
まだこれだけの距離しか離れてないんだ。
・・・でも、アユールさんの声は前よりもはっきり聞こえるようになった。
それに、体内を蠢く気持ち悪いものが少しづつ薄れてる気がする。
やっぱり、あの樹から離れて正解だったんだ。
前は意識が遠のく時にしか聞こえなかったのに、今はそうじゃなくてもちゃんと聞こえるようになってきたもの。
それだったら、アユールさんと話が出来るかもしれない。
「アユールさん」
どうか、届いて。
願いを込めて、声に出してみた。
「・・・サーヤ」
「アユールさん?」
「ああ、聞こえる。お前も・・・聞こえてるよな?」
「うん。・・・うん。聞こえてる」
嬉しくて。
涙が溢れてきて。
言葉を交わせただけで、なんだかほっとして。
「こっちにいるお前の身体を通して、今のお前の姿も見えてるんだ。・・・サーヤ、一人でよく頑張ってるな」
「ううん、あのね、アユールさん。あの樹の側は駄目みたいなの。だから離れようとしてるんだけど」
「そうか、見ててきっとそうだと思ってたんだ。いいか、サーヤ。あの樹は、お前が今いる世界を象ってるんだ。だから側にいるとその分、それに縛られる。だから出来る限り離れてくれ」
「うん。でもね、足が重くて・・・進むのが大変なの」
「・・・やっぱりそうだったか」
「あとね、体の中で何かが蠢いているような感じがするの。何か・・・熱いものが」
よかった。
声が聞きづらくなる時もあるけど、でも話はちゃんと出来ている。
「サーヤ、前に俺があげた月光石、今も首から下げてるよな? それを手でしっかりと握ってくれ」
前に、アユールさんが、お守りだって魔力を込めて贈ってくれた石だ。
そういえば、袋に入れて、ずっと首から下げてたんだっけ。
「握ったら・・どうするの」
「俺もこっち側でお前の石を握ってるんだ。こちらから魔力をさらに注き込むから、そっちで受け取ってほしい」
「受け取るって・・・」
「握っていれば、自然に流れ込む筈だ」
・・・あ。
意識が遠のく。
辺りが暗くなって。
一瞬、アユールさんの姿が見えた気がして。
ほんの一瞬。
一瞬だった。
気が付くと、また元いた場所に立っていたけど。
それでも、貴方に逢えた。
それが、凄く、凄く、嬉しかった。
言われた通り、右手を首元に持っていき、そっと石を握りしめる。
「石、握ったよ」
「よし、送るぞ」
声と同時に、石を握りしめた掌がほわっと温かくなる。
アユールさんが言ってた魔力ってこれのことかな。
何かが身体の中に流れ込んでくる、不思議な感覚。
「・・・叔父貴にも手伝ってもらって大量の魔力を注ぎ込んだ。これで心眼が発動できる筈だ・・・どうだ? 周囲を見回してみろ。何か変化はないか?」
言われて慌てて周りを見回す。
「・・・あ・・・」
私の足に、何かが繋げられている。
透き通ってて、空気の流れで形が微かに揺れてるけど。
「こ、れ・・・は」
鎖・・・?
それは、私の足元からずっと一直線に長く伸びている。
その先は・・・樹だ。
「見えたか、サーヤ」
私は黙って頷いた。
「俺はお前の姿が見えるし、こうやって会話も出来るが、お前のいる所に行くことは出来ない。・・・だから、サーヤ。その鎖はお前が断ち切らなければいけないんだ。その鎖が、お前の意識をそこに縛り付けているものだから」
足元を見て、改めてその鎖のように見えるものを確認する。
空気の流れで簡単に形が変わるような頼りないものなのに、実際に足にかかる圧は大きくて、もの凄く重たい。
本物の鎖でもないのに、断ち切れるものなの・・・?
不安が影のように覆いかぶさってくる。
怖い。けど、やらなきゃ。
私を励ますような声が、強く、優しく、頭の中に響いてくる。
「・・・大丈夫だ、サーヤ。今から指示を出すから、俺を信じて、その通りに動いてくれ」
そうだ。私はこの人のところに帰るんだ。
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