上 下
95 / 116

しおりを挟む
「アユール! これを見ろ」

調べ物があると書斎に籠もっていたカーマインが、本を片手に慌ただしく走り寄る。

「古書にこんな記述があるのを見つけた」

それまでずっとサーヤに付き添っていたアユールの目の前に、一冊の書を突き出す。

「どうにも樹の存在が気になってな。・・・初めは呪いの方と関連があるのかとも思ったのだが」
「・・・深層意識を象る存在、だと?」

開いたまま差し出された書の一節に目を落とすと、アユールは僅かに眉根を寄せた。
そのまま次の節、次の頁へとアユールは目を走らせる。

「つまりは夢の世界の象徴ってことか」
「うむ。そしてサーヤは、それを知ってか知らずか、そこから離れようと歩き始めた・・・そうだな?」
「ああ」
「囚われた意識をなんとか解放してやらねばならん。だが、今のところ我々がこちらの世界から関与できるのは、お前の声のみだ。・・・アユール、他に何か気づいた事はないか?」
「他に・・・」

考え込むようにぎゅっと目を瞑る。

「そういえば・・・」

はっと、ある事に気づいて顔を上げる。

「樹から離れたせいか前よりも声がよく聞こえるんだが、あいつ・・・サーヤが、足が重いって呟くのが聞こえたんだ」
「足が・・・重い?」
「ああ。実際、足を引き摺るようにして歩いているんだ」



◇◇◇



もう随分と歩いた気がするけど。

サーヤは振り返って景色を確認すると、ふう、と溜息を吐く。

足が重いせいかな。
まだこれだけの距離しか離れてないんだ。

・・・でも、アユールさんの声は前よりもはっきり聞こえるようになった。
それに、体内を蠢く気持ち悪いものが少しづつ薄れてる気がする。

やっぱり、あの樹から離れて正解だったんだ。

前は意識が遠のく時にしか聞こえなかったのに、今はそうじゃなくてもちゃんと聞こえるようになってきたもの。

それだったら、アユールさんと話が出来るかもしれない。

「アユールさん」

どうか、届いて。

願いを込めて、声に出してみた。

「・・・サーヤ」
「アユールさん?」
「ああ、聞こえる。お前も・・・聞こえてるよな?」
「うん。・・・うん。聞こえてる」

嬉しくて。
涙が溢れてきて。
言葉を交わせただけで、なんだかほっとして。

「こっちにいるお前の身体を通して、今のお前の姿も見えてるんだ。・・・サーヤ、一人でよく頑張ってるな」
「ううん、あのね、アユールさん。あの樹の側は駄目みたいなの。だから離れようとしてるんだけど」
「そうか、見ててきっとそうだと思ってたんだ。いいか、サーヤ。あの樹は、お前が今いる世界を象ってるんだ。だから側にいるとその分、それに縛られる。だから出来る限り離れてくれ」
「うん。でもね、足が重くて・・・進むのが大変なの」
「・・・やっぱりそうだったか」
「あとね、体の中で何かが蠢いているような感じがするの。何か・・・熱いものが」

よかった。
声が聞きづらくなる時もあるけど、でも話はちゃんと出来ている。

「サーヤ、前に俺があげた月光石、今も首から下げてるよな? それを手でしっかりと握ってくれ」

前に、アユールさんが、お守りだって魔力を込めて贈ってくれた石だ。
そういえば、袋に入れて、ずっと首から下げてたんだっけ。

「握ったら・・どうするの」
「俺もこっち側でお前の石を握ってるんだ。こちらから魔力をさらに注き込むから、そっちで受け取ってほしい」
「受け取るって・・・」
「握っていれば、自然に流れ込む筈だ」

・・・あ。
意識が遠のく。

辺りが暗くなって。
一瞬、アユールさんの姿が見えた気がして。

ほんの一瞬。
一瞬だった。

気が付くと、また元いた場所に立っていたけど。

それでも、貴方に逢えた。
それが、凄く、凄く、嬉しかった。

言われた通り、右手を首元に持っていき、そっと石を握りしめる。

「石、握ったよ」
「よし、送るぞ」

声と同時に、石を握りしめた掌がほわっと温かくなる。

アユールさんが言ってた魔力ってこれのことかな。
何かが身体の中に流れ込んでくる、不思議な感覚。

「・・・叔父貴にも手伝ってもらって大量の魔力を注ぎ込んだ。これで心眼しんがんが発動できる筈だ・・・どうだ? 周囲を見回してみろ。何か変化はないか?」

言われて慌てて周りを見回す。

「・・・あ・・・」

私の足に、何かが繋げられている。
透き通ってて、空気の流れで形が微かに揺れてるけど。

「こ、れ・・・は」

鎖・・・?

それは、私の足元からずっと一直線に長く伸びている。
その先は・・・樹だ。

「見えたか、サーヤ」

私は黙って頷いた。

「俺はお前の姿が見えるし、こうやって会話も出来るが、お前のいる所に行くことは出来ない。・・・だから、サーヤ。その鎖はお前が断ち切らなければいけないんだ。その鎖が、お前の意識をそこに縛り付けているものだから」

足元を見て、改めてその鎖のように見えるものを確認する。
空気の流れで簡単に形が変わるような頼りないものなのに、実際に足にかかる圧は大きくて、もの凄く重たい。

本物の鎖でもないのに、断ち切れるものなの・・・?

不安が影のように覆いかぶさってくる。

怖い。けど、やらなきゃ。

私を励ますような声が、強く、優しく、頭の中に響いてくる。

「・・・大丈夫だ、サーヤ。今から指示を出すから、俺を信じて、その通りに動いてくれ」

そうだ。私はこの人のところに帰るんだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

新しい人生を貴方と

緑谷めい
恋愛
 私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。  突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。  2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。 * 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。

裏切りの公爵令嬢は処刑台で笑う

千 遊雲
恋愛
公爵家令嬢のセルディナ・マクバーレンは咎人である。 彼女は奴隷の魔物に唆され、国を裏切った。投獄された彼女は牢獄の中でも奴隷の男の名を呼んでいたが、処刑台に立たされた彼女を助けようとする者は居なかった。 哀れな彼女はそれでも笑った。英雄とも裏切り者とも呼ばれる彼女の笑みの理由とは? 【現在更新中の「毒殺未遂三昧だった私が王子様の婚約者? 申し訳ありませんが、その令嬢はもう死にました」の元ネタのようなものです】

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

王太子殿下の執着が怖いので、とりあえず寝ます。【完結】

霙アルカ。
恋愛
王太子殿下がところ構わず愛を囁いてくるので困ってます。 辞めてと言っても辞めてくれないので、とりあえず寝ます。 王太子アスランは愛しいルディリアナに執着し、彼女を部屋に閉じ込めるが、アスランには他の女がいて、ルディリアナの心は壊れていく。 8月4日 完結しました。

【完結】「政略結婚ですのでお構いなく!」

仙桜可律
恋愛
文官の妹が王子に見初められたことで、派閥間の勢力図が変わった。 「で、政略結婚って言われましてもお父様……」 優秀な兄と妹に挟まれて、何事もほどほどにこなしてきたミランダ。代々優秀な文官を輩出してきたシューゼル伯爵家は良縁に恵まれるそうだ。 適齢期になったら適当に釣り合う方と適当にお付き合いをして適当な時期に結婚したいと思っていた。 それなのに代々武官の家柄で有名なリッキー家と結婚だなんて。 のんびりに見えて豪胆な令嬢と 体力系にしか自信がないワンコ令息 24.4.87 本編完結 以降不定期で番外編予定

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

処理中です...