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元気の補充
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「レーナ、計器をよく見ててくれ。サイラスは、いつでも月光石が補充できるように準備を頼む」
「はい」
アユールの言葉を受け、レーナは魔道具の腕輪を着けたサーヤの傍にしゃがみ込む。
「ランドルフは叔父貴の後ろに付いててくれ。魔力バランスが崩れそうになったら、声をかけるから」
「畏まりました」
これで何度目だろう。
アユールさんも、カーマインさんも、とにかく慎重だ。
私に亡失魔法が再発動しないように、と、こちらが心配になる程、気を遣ってくれている。
魔力を投じると、月光石が淡く光り出した。
それに呼応するように、私の体が熱くなる。
アユールさんやカーマインさんが魔力量を調整しながら、都度、計器の数値を確認する。
「もう少し・・・」
そうアユールさんが呟いた時、計器の片方の数値が跳ね上がる。
「許容量を超えちゃうわ!」
母さんが叫ぶと同時に、放出が止まる。
体を激しく動かしている訳でもないのに、皆、疲れ切っている。
「あー、ちょっと休憩」
アユールさんが、髪をかき上げながら、そう声をかけた。
「サイラス、皆に飲み物かなんか渡してやってくれないか」
「あ、はい」
サイラスくんが荷物の方に向かうと同時に、アユールさんがこちらにやって来る。
「サーヤ」
呼び掛けられて、「?」とアユールさんの顔を見上げる。
「悪い。ちょっと補充させて」
補充?
何を補充するの?
そう思う間もなく、すうっとアユールさんの手が伸びて。
私は、アユールさんの胸に、ぎゅっと抱きしめられた。
ふぇ?
なに?
驚いて少しだけ瞬ぐと、背中に回された腕に更に力が込もる。
ちらりと顔を覗き見ると、アユールさんは固く目を瞑って、唇を噛みしめていて。
疲れたよね?
大丈夫?
そう思って、私も腕を回して、ぽんぽんと、背中を叩く。
アユールさんは、ふう、と大きく息を吐くと、ゆっくりと目を開けて、私の顔を覗き込んで。
黄金の眼を柔らかく細めた。
「・・・ありがとな。お陰で力が湧いてきた」
そう言った時の貴方は、もういつものあの優しい顔で。
なんだろう。
格好いい。
そう思って、見惚れていたら。
後ろから、こほん、と咳払いが聞こえて。
「あの~、僕たちがいるの、忘れてません? 飲み物持ってきましたよ。どうぞ」
クルテルが、半分白眼になって立っている。
「なんだよ。ちょっとくらい、いいだろ」
「ちょっとじゃ終わらないから言ってるんです」
アユールは抵抗するも、クルテルはそれをさらりと却下する。
「・・・ちっ」
アユールは、渋々サーヤから離れる。
そして、クルテルから飲み物を受け取ると、ぶすくれながらもぐいっと一気に飲み干した。
「全く、目を離すと、すぐいちゃつこうとするんだから」
10歳の子どもとは到底思えない発言を口にしながら、サーヤにも飲み物を手渡した。
「サーヤさんも、困ってるときはちゃんと嫌って言っていいんですからね?」
最早どっちが年上だか分からないような助言を受け、サーヤは苦笑するしかない。
そんな空気の中、一人だけアユールの行動に感心していたレーナは、何か思うところがあったようで。
くるりと振り向くと、座っていたカーマインの前にちょこんと膝をついた。
「カーマインもご苦労さま。疲れたわよね?」
「ああ、レーナ。いえ、まだそれほどでは・・・」
カーマインは、その言葉を最後まで言い終えることは出来なかった。
何故なら、レーナが両腕をカーマインの首の後ろに回し、その手にぎゅっと力を込めたから。
気が緩んでいたところに、勢いよく後ろから頭を押され、カーマインは前のめりになる。
そしてその頭は、レーナの胸にふわりと抱きとめられて。
「????」
ふわふわの柔らかい何かに、カーマインは顔中を包み込まれる。
「カーマインも補充しようね」
ちなみに、カーマインは休憩のため通心を止めていた。
だから当然、先ほどのアユールたちの生温いやり取りを一切見ていない。
勿論、会話は耳にはしていたけれども。
疲れもあって、そんな会話は気にも留めていなかったし、特段の注意も払っていなかった。
要は不意打ちである。
急襲、奇襲、夜襲である。
「元気、出してね」
「!☆?◇▼!」
カーマインが何やら声を発しているようだが、顔全体がレーナのふくよかな谷間に見事に埋もれている状態では、その内容を聞き取ることなど、誰にも出来ない。
カーマインの手は空中を彷徨っていて、暫くの間、下がったり上がったりしていたけれども。
最後には意を決したように、ゆっくりとレーナの背中へと回された。
それを黙って見ていたアユールは、むっとした表情でクルテルに顏を向ける。
「おい、クルテル。俺よりもずっと性質の悪いヤツらがいるじゃないか。あっちは止めないのか?」
「・・・勘弁してくださいよ、師匠。僕にだって出来ることと出来ないことがあるんですよ」
「はい」
アユールの言葉を受け、レーナは魔道具の腕輪を着けたサーヤの傍にしゃがみ込む。
「ランドルフは叔父貴の後ろに付いててくれ。魔力バランスが崩れそうになったら、声をかけるから」
「畏まりました」
これで何度目だろう。
アユールさんも、カーマインさんも、とにかく慎重だ。
私に亡失魔法が再発動しないように、と、こちらが心配になる程、気を遣ってくれている。
魔力を投じると、月光石が淡く光り出した。
それに呼応するように、私の体が熱くなる。
アユールさんやカーマインさんが魔力量を調整しながら、都度、計器の数値を確認する。
「もう少し・・・」
そうアユールさんが呟いた時、計器の片方の数値が跳ね上がる。
「許容量を超えちゃうわ!」
母さんが叫ぶと同時に、放出が止まる。
体を激しく動かしている訳でもないのに、皆、疲れ切っている。
「あー、ちょっと休憩」
アユールさんが、髪をかき上げながら、そう声をかけた。
「サイラス、皆に飲み物かなんか渡してやってくれないか」
「あ、はい」
サイラスくんが荷物の方に向かうと同時に、アユールさんがこちらにやって来る。
「サーヤ」
呼び掛けられて、「?」とアユールさんの顔を見上げる。
「悪い。ちょっと補充させて」
補充?
何を補充するの?
そう思う間もなく、すうっとアユールさんの手が伸びて。
私は、アユールさんの胸に、ぎゅっと抱きしめられた。
ふぇ?
なに?
驚いて少しだけ瞬ぐと、背中に回された腕に更に力が込もる。
ちらりと顔を覗き見ると、アユールさんは固く目を瞑って、唇を噛みしめていて。
疲れたよね?
大丈夫?
そう思って、私も腕を回して、ぽんぽんと、背中を叩く。
アユールさんは、ふう、と大きく息を吐くと、ゆっくりと目を開けて、私の顔を覗き込んで。
黄金の眼を柔らかく細めた。
「・・・ありがとな。お陰で力が湧いてきた」
そう言った時の貴方は、もういつものあの優しい顔で。
なんだろう。
格好いい。
そう思って、見惚れていたら。
後ろから、こほん、と咳払いが聞こえて。
「あの~、僕たちがいるの、忘れてません? 飲み物持ってきましたよ。どうぞ」
クルテルが、半分白眼になって立っている。
「なんだよ。ちょっとくらい、いいだろ」
「ちょっとじゃ終わらないから言ってるんです」
アユールは抵抗するも、クルテルはそれをさらりと却下する。
「・・・ちっ」
アユールは、渋々サーヤから離れる。
そして、クルテルから飲み物を受け取ると、ぶすくれながらもぐいっと一気に飲み干した。
「全く、目を離すと、すぐいちゃつこうとするんだから」
10歳の子どもとは到底思えない発言を口にしながら、サーヤにも飲み物を手渡した。
「サーヤさんも、困ってるときはちゃんと嫌って言っていいんですからね?」
最早どっちが年上だか分からないような助言を受け、サーヤは苦笑するしかない。
そんな空気の中、一人だけアユールの行動に感心していたレーナは、何か思うところがあったようで。
くるりと振り向くと、座っていたカーマインの前にちょこんと膝をついた。
「カーマインもご苦労さま。疲れたわよね?」
「ああ、レーナ。いえ、まだそれほどでは・・・」
カーマインは、その言葉を最後まで言い終えることは出来なかった。
何故なら、レーナが両腕をカーマインの首の後ろに回し、その手にぎゅっと力を込めたから。
気が緩んでいたところに、勢いよく後ろから頭を押され、カーマインは前のめりになる。
そしてその頭は、レーナの胸にふわりと抱きとめられて。
「????」
ふわふわの柔らかい何かに、カーマインは顔中を包み込まれる。
「カーマインも補充しようね」
ちなみに、カーマインは休憩のため通心を止めていた。
だから当然、先ほどのアユールたちの生温いやり取りを一切見ていない。
勿論、会話は耳にはしていたけれども。
疲れもあって、そんな会話は気にも留めていなかったし、特段の注意も払っていなかった。
要は不意打ちである。
急襲、奇襲、夜襲である。
「元気、出してね」
「!☆?◇▼!」
カーマインが何やら声を発しているようだが、顔全体がレーナのふくよかな谷間に見事に埋もれている状態では、その内容を聞き取ることなど、誰にも出来ない。
カーマインの手は空中を彷徨っていて、暫くの間、下がったり上がったりしていたけれども。
最後には意を決したように、ゆっくりとレーナの背中へと回された。
それを黙って見ていたアユールは、むっとした表情でクルテルに顏を向ける。
「おい、クルテル。俺よりもずっと性質の悪いヤツらがいるじゃないか。あっちは止めないのか?」
「・・・勘弁してくださいよ、師匠。僕にだって出来ることと出来ないことがあるんですよ」
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