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信じてるから

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小川が静かに流れるいつもの岸辺。
ガゼブの大木の根元に座り込んで、アユールは頭を抱えていた。

「いや、ほんと。やらしい事を考えてた訳じゃなかったんだよ。ただお前が安心するかなぁって、それだけでさ・・・」

もにょもにょと真っ赤になって言い訳する様は、とても大人とは思えない頼りなさで。

七つも年下のサーヤの方が、よしよしと頭を撫でている。
といっても、夢の中では互いに触れても感触がないから、手を頭の辺りにかざして左右に揺らしているようなイメージで。

ロマンチックでもなんでもなかったりする。

「別にみんなも本気じゃないですよ。面白がって揶揄っただけです」
「ううううう・・・」
「アユールさんが、いやらしい人だなんて思ったことありませんから。だってアユールさんが、そんな事する筈がないって信じてるもの」
「・・・いや、なんか、それはそれで誤解されてるような気が・・・」
「へ?」

アユールさんの頭の上に手をかざしたまま、サーヤはぼかんと口を開ける。

「やらしい事をするつもりはないけど、だからってやらしい事を考えない訳じゃないから」
「え、と」

その言葉に、顔がさっと赤くなる。

「気をつけていないと、お前をいきなり抱きしめたくなる時もある。すぐそばに居たらキスしたくなるし、勿論、それ以上の事だって考えない訳じゃない」
「な、な、なに言って・・・」
「だって俺、男だもん。好きな子が目の前にいたら、そりゃ色々したくなったりするの当然だろ」
「色々、いろいろ・・・」

サーヤの頭は情報処理能力を超え、ただ言葉をおうむ返しにするのみで。

「まぁ、そういう意味では、この夢の中がお前にとって一番安全かもな。触りたくても触れないし。手を出そうとしても不可能だもんな。うん、絶対に安全」
「もう、なに言ってるんですか・・・」

顔を赤くして脱力するサーヤに、真面目な顔でアユールは言った。

「あんまり男に夢を見るなよ。好きな子の前では馬鹿みたいに右往左往して、格好つけようとして失敗して、ろくに良いところを見せられないくせに尊敬してもらいたがる、そんなしょうもない男が大半なんだぞ」
「・・・アユールさんも?」

まだよく意味を分かっていないサーヤは、不思議そうに首を傾げた。

「まぁ、そうだな。俺も無様なもんだよ。好きな子の前にいる時に限って、格好つけることさえ上手く出来ないし」

そして、何か思い出したように薄い笑みを浮かべた、

「ほら、叔父貴だったそうだろ? 普段、あんなにビシッと決めてんのに、レーナの前じゃ、でろんでろんのグダグダでさ」
「ああ、なるほど。それ、分かりやすいかも」

サーヤもつられて、ふふ、と笑う。

「でも、あそこまであからさまに狼狽てくれると、好かれてる方は却って嬉しいかもしれないよ?」
「うん?」
「カーマインさんがあそこまで格好悪くなるのって、母さんの前だけだから。なんか、可愛らしいっていうか、微笑ましいっていうか」
「ふーん、そんなもんなのか?」
「そんなもんなんですよ」

何故かやたらと嬉しそうに微笑むサーヤを、アユールは眩しそうに見つめて、その唇にそっと手を伸ばす。

熱も感触もない、空を彷徨うような手つき。
でも視覚上は、確かにサーヤの唇に指は触れていて。

「あーあ、じれったいよなあ」
「アユールさん?」
「こうしてお前の声が聞けるっていうのに、どれだけ近くにいても触れることが出来ない。逆に現実では、お前の声は奪われたままだ。・・・今はまだ、な」
「・・・」
「前に、この夢の中で、俺はお前の声を取り戻してやると約束した。そして今、シェマンのお陰で『亡失』魔法の謎もかなり解けてきたところだ。もうじき・・・もうじき、現実の世界でも、お前の声を聞くことが出来るようになる。俺も・・・お前の母さんも」

そこまで言って、アユールが、くしゃりと笑う。

「もうすぐだ。待っててくれ」
「・・・はい」

少し周囲が薄暗くなってきて、そろそろ時間か、とアユールが呟く。

「近いうちに、シェマンの所に行ってこようと思う」

立ち上がりながら、サーヤに告げた。

「サルマンから押収したものを見せて貰おうと思ってるんだ。そのどれかに、叔父貴の視力とお前の声が封じ込められている筈だから」

少しづつ、景色がぼやけていく。

「ごめんな、待たせちゃって。もうすぐだから」

アユールの姿も霞んでいく。

謝らないで。
もう一生このままだと思っていたのよ。

夢の中とはいえ、今、こうして話すことが出来て。
現実でも、いつかその日が来るって思ってるから。

だから。

「・・・アユールさんを信じてるよ」

視界が闇に覆われる。

ねぇ、私の声は聞こえたかな。
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