上 下
55 / 116

嫌いなもの

しおりを挟む
六つの扉がすべて氷で閉ざされ、サルマンは今以上の戦力を中に投入することが出来ない。

中にいる者たちは、シリルの怒りを買うまいと必死に闘った。
兵たちは剣を奮い、宮廷魔法使いたちはサルマンの指示のもと様々な術を行使してくる。

相手はだった四人。
しかも、そのうちの一人は攻撃する術も身を守る術も何も持たない、かつて王宮内で誰よりも蔑まれた第二王妃レナライア。

なのに、どれだけ攻められても、誰ひとり倒せない。

誰もーーその四人のうちの一人として倒すことは出来なかった。

サルマンの目に焦りが色濃くにじむ。
シリルの顔は怒りで歪みきっていた。

「・・・何故だ。お前らのような塵が、何故私の邪魔をする。何の価値もない虫けらが・・・!」

四人の前に立ちはだかろうとする者は、もういない。

圧倒的な力の差に、残された僅かな力を奮い立たせてまで戦おうとする者はいなかったのだ。

それでもなお、サルマンだけが攻撃の手を止めない。

サルマンとアユールたちとの攻防の最中、甲高い声で喚き散らすシリルの横に座すダーラスの瞳は、何かを考えようと揺れていた。

シリルの狂気を前にして、思考を止めることで保身を図った国王の前に、かつて愛した女性が、見捨てた妻が、死んだと思っていた王妃が立っている。

「待ってくれ。・・・レナライアと話をさせてくれ」

これまでずっと、シリルたちが何をしようと傍観するだけだった王が、声を上げた。

じっと前を見据えながら、王はその重い口を開いた。

「私、を・・・恨んで、いるか・・・?」

絞り出すような声。
答えを求めている訳でもない、独り言にも似た問いかけ。

恨んでいるに決まっている。

強国から押しかけてきた王妃に怯え、一人にしないでくれ、と第二王妃にして。
なのに、王宮内でどんな扱いを受けているか知りながら、放置した。

恨まない筈がない。

なのに。

ふ、とレナライアは笑った。

「そんなこと、思う余裕もなかったわ」

そう言って。

「俺は恨んでいるぞ」
「私もだ」

何故か、予測した答えを予測していない相手から突き付けられて。

「・・・は?」

思わず、聞き返した。

「私にはね、可愛い娘がいるの」
「娘・・・?」
「栗色の髪のとっても可愛い女の子。瞳の色は若葉のような明るい緑色で、明るくて前向きで優しい子よ」
「くり、いろ・・・にみど、り・・の目・・・?」

それは。
それは、私の。

「・・・でも、貴方には絶対に渡さない。絶対に会わせたりしない。これから先も、永久に」
「・・・それは・・・」
「貴方は、絶対にあの子を守ってはくれないでしょう?」
「やはり・・恨んでいるのだな・・・」
「恨んではいないわ。・・・でも、貴方のことを信じてもいないから」

目の前で真っ直ぐにこちらを見つめるレナライアは、身なりこそみすぼらしいものの、その瞳の美しさは出会ったときと変わらないままで。

「だから、私は・・・」
「レナライアッ! 子どもを産んだからといって、私に勝ったつもりになるな!」

突然のシリルの叫びが、レナライアの言葉を遮る。

興奮して玉座から立ち上がったシリルは、レナライアを物凄い形相で睨みつける。

「子どもを産んだことがそんなに偉いか? それで私に勝ったつもりか? 私に・・・私に子どもがいないからと馬鹿にするなっ! 王がお前を・・・お前だけを愛したからと私を見下すなっ!」
「・・・私は貴女を馬鹿にしたことなど一度もないわ、シリル」
「嘘を吐けっ! お前はいつも陰で私を笑っていただろう! 最初から、私がこの国に嫁いだ時からっ!」
「私はそんな・・・」
「だから王は私を愛さなかったのだ! だから王は一度も私を・・・!」

シリルの眼から、ぼろぼろと大粒の涙が溢れる。

「お前など、初めから殺しておけばよかった! 時を待たずに、会ったその日のうちに・・・! そうすれば王は私を愛するしかなかったのに・・・! そうすれば王の子を産んだのは私であった筈なのに・・・!」

怒りで目が燃え、体は屈辱に耐えるかのように、ぶるぶると震えている。

「サルマンッ! あの日、この女を殺し損ねた責を今ここで負え! この女を殺せ!」

シリルがそう叫んだと同時に、王はゆらりと玉座から立ち上がり、足下で倒れている兵士の上に屈み込んだ。
そして、兵の手にあった剣を取り、振り向きざまにシリルの体を突き倒した。

「ぐっ!」

シリルの胸に血が滲む。

「シリルさまっ!」

動こうとしたサルマンをアユールが止める

「・・・私こそ、最初からこうすれば良かったのだ。お前がこの王宮に足を踏み入れた最初の日に」
「王・・・?」
「レナライアがいたから、お前を愛さなかったのではない。現に、レナライアがこの王宮から居なくなった後でさえ、私がお前を愛することなどなかっただろう?」

胸に剣が突き刺さったまま、シリルは呆然とダーラスを見つめる。
これまで、何があっても黙っているだけで決して動こうとはしなかった王の豹変に混乱していることは明白で。

「王よ、な、ぜ・・・?」
「私は、お前が嫌いだ」
「お、う・・・?」
「大嫌いだ」
「そ、んな、私は王を・・・」
「私の声も聞かず、この国に妃として押しかけてきたお前が嫌いだ。一つでも気に入らないことがあると喚き散らすお前が嫌いだ。人を傷つけることを何とも思わないお前が嫌いだ。目的を遂げるためには手段を選ばないお前が嫌いだ。・・・そして・・・」

ダーラスは、突き刺したままの剣の柄を握り直すと、ぐりっと詰った。

「ぎゃあっ!」

シリルが痛みに顔を大きく歪め、身をよじる。

「・・・そして、お前と闘うことを放棄した自分が、大嫌いだ」

そう言ってシリルの体から剣を引き抜くと、今度はそのまま自分の胸を突き刺した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

御機嫌ようそしてさようなら  ~王太子妃の選んだ最悪の結末

Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。 生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。 全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。 ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。 時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。 ゆるふわ設定の短編です。 完結済みなので予約投稿しています。

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。

バナナマヨネーズ
恋愛
 とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。  しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。  最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。  わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。  旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。  当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。  とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。    それから十年。  なるほど、とうとうその時が来たのね。  大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。  一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。 全36話

悪役令嬢は毒を食べた。

桜夢 柚枝*さくらむ ゆえ
恋愛
婚約者が本当に好きだった 悪役令嬢のその後

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!

高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。 7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。 だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。 成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。 そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る 【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】

処理中です...