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夢のあとさき

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自分でもちょっと不思議だった。
だって、あの日から毎晩、私はアユールさんの夢を見るようになったから。

次の日の夜、同じ風景の、同じ小川のほとりにある、大きなガゼブの樹の下で。
やっぱり同じようにアユールさんは座っていて、私を見るとちょっとびっくりしてた。

でも、すぐに笑顔になって。
ぽんぽんと、隣に座れってサインをくれた。

「・・・また逢えたな」

そう言うと、あの優しい笑顔を見せてくれて。
そして、ちょっとそわそわしてる。

「・・・声を聞かせてくれるか」

うう、いざ、そう言われると、何を言ったらいいのか分からなくなっちゃう。

もともと話さない癖がついてるせいなのか、心の中ではいろいろと考えが浮かぶものの、なかなか口に出せなくて。

「・・・じゃあ、名前」
「え?」
「昨夜みたいに。俺の名前を呼んでくれ」
「あ、は、はい。・・・えーと、アユール、さん・・・?」
「・・・」

アユールさんが、両手で顔を覆う。

「あ、の・・・アユールさん?」
「・・・いや、すまん。なんでもないんだ。やっぱり、・・・声が可愛いな、と思ってな」

そう言って、じっと顔を覗き込むから、余計に心臓の音がうるさくなる。

「昨日は、もう・・・あれで終わりだと思ってたから。また、今夜もお前に逢えるなんて、驚いた」
「ふふ、私もです」
「夢だから、自分に都合よく出来てんのかもな」

そう言って、アユールさんは楽しそうに笑った。

逢えて、一緒に話ができる時間は、本当にちょっとで。
たぶん、現実の世界で計ったら、30分とかそのくらいだと思う。

でも、私には、文字通り夢のような時間だった。

その後、さすがに3日続けて逢えた時には、もう驚かなかったけど。

きっと、お互い、少し不思議には思ってた。
でも、「夢だから」の一言で片づけて。

考え込むより、この短いひとときを、ただ楽しむようにしてた。

だって、目が覚めたら、私はやっぱり声が出せなくて。
誰かに用事があっても、声をかけることも出来ない。

ただ周りをウロチョロして、相手が気付いてくれるのを待つしかなくて。
そうすると、やっぱり、少し、悲しくなるから。

だから、現実の世界の事は忘れて、夢の中では、ただおしゃべりを楽しんだ。

現実の世界では、アユールさんが私を見て、寂しそうな顔をすることがあるから。
そんな時は、話せない子を相手にすると、やっぱり物足りないんだろうな、なんて思って落ち込んだりして。

その話が出たのは、もう何度目かもわからないくらい逢ってから。

夢の中のアユールさんは、いつも楽しそうに笑ってるから嬉しい、そう私が言ったときのことだ。
アユールさんは、少し慌てた様子で、現実のオレはどんな風なんだと聞いてきた。

せっかくだし。
どうせ夢だし。
素直に、思ったままを伝えてみた。

「今みたいに笑ってくれることはあまりないかな。何だか、ぼーっとしたり、すごく寂しそうな顔をしたりする時もあって。・・・あまり私と目も合わせてくれないし」
「ん?」
「昨日なんて、せっかくクルテルくんに教わって、アユールさんの好物だっていうカルモの煮込みを作ったのに、やっぱり喜んでくれなかったし」
「・・・んん?」
「美味しいって、一言でも言ってくれたら嬉しかったんだけど」
「・・・言ったぞ」
「え? 言ってませんよ」
「言った。・・・ちょっと声が小さかったかもしれないが、確かに言った」
「え? ああ、そういえば、なにか小さな声でボソボソ言ってましたけど、・・・もしかして・・・」
「ボソボソで悪かったな。でも、あのとき俺は、ちゃんと美味いって言ったからな。・・・って、あれ?」
「・・・あれ?」

アユールさんは、前髪をくしゃりと掻きあげた。

「ちょっと待て。・・・これは夢だよな? 俺の夢の中だよな?」
「え? 違いますよ。これは私の夢ですよ?」
「は? 何言って・・・。って、おい、まさか」
「はい?」

アユールさんは、ごくりと唾を呑んだ。

「もしかして、・・・俺たちは、同じ夢を・・・見てるのか?」
「・・・はい?」

と、その時。

辺りが暗くなり始めて。

ああ、時間が来たんだ。
また、夢が終わってしまう。

辺りがどんどん暗くなっていく。
互いの姿が霞んでいく。

「サーヤ!」
「アユールさん?」
「もし・・・もし、お前も一緒に同じ夢を見てるのなら・・・」

視界が暗転していく中、アユールさんの声が響いた。

「しるしに・・・ラギの葉を、家の前のラギの樹の葉を、体のどこかに・・・」

声が響いて。途切れて。
そして、目が、覚めた。

さっきの言葉は・・・なに?

ーー『お前も一緒に同じ夢を見てるなら』ーー

・・・じゃあ。

今までの夢は。
あれは、全部。

私だけの夢じゃなく。
アユールさんと私とで、同じ夢を見ていたの?

え、でも、ちょっと待って。
夢の中の台詞を本気にするのって、変なのかな。

・・・でも。
はっきりさせてもいないのに、決めつけちゃダメな気がする。

外はまだ、暗いけど。

そろり。

隣で寝ている母さんを起こさないように、そっと部屋を出た。

明日、アユールさんに会えばわかる。
ただの夢なのか、そうじゃないのか。

ドキドキする。
だって、なんだか、とっても大事なことのような気がするの。

扉を開けて、ラギの樹に向かう。

『ラギの樹の葉を、体のどこかに』

そう言ってた。

もし、明日、アユールさんもラギの葉を身に着けてたら。
そしたら、きっと。

目の前に、アユールさんの言っていた大きなラギの樹が見えた。

樹の下から、そっと手を伸ばす。
葉を一枚、取って。

どうか、お願い。
そう祈ったとき。

・・・そのとき、後ろから足音が聞こえて。

振り返ると。

そこにいたのは、私の大好きなあの人。

・・・アユールさん。

アユールさんが、ラギの葉を取りに出て来ていた。
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