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初めての贈りもの

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アユールは、解除魔法を自らに施すため、家の外に出た。
足取りは少々危なげではあったが。

それでも、スプーンひとつ持てなかった時のことを考えれば、ずいぶんと回復したことになるのだろう。

アユールは少し拓けた場所まで行き、その中央に立つ。
そして、期待で目を輝かせているサーヤたちに向かって、自信たっぷりにこう言った。

「滅多に見られないものだからな。よーく見てろよ」

クルテルがアユールに何かを手渡す。
それを重ねた両掌の上に乗せ、そのまま目線の高さまで腕を上げた。

あれは・・・石?
何で石なんか乗せたのかな。

そして、アユールは小声で何か呟きはじめた。

・・・瞬間、アユールの全身が光る。

眩しい。

あまりの眩しさに、思わず、目をぎゅっと瞑る。

それから、恐る恐る目を開けると。
アユールの体からは光はすでに消えていて。

でも、アユールの周りの空気が少し揺らいでいる。
なぜだろう、全身をまとうように、空気がゆらゆらと、生き物のように揺らめいているのだ。

射しこむ太陽の光が、アユールの周りで揺らめく空気の層に反射して、そこだけキラキラ光っている。

わぁ、・・・きれい。

そう思ったとき。
アユールの足元から頭にかけて、ぶわりと風が吹き上げて。

光も揺れる空気も、消えてなくなった。

・・・終わった、のかな?

遠目に見ていると、アユールは天を見上げて、大きく息を吐いて。
よほど力を消耗したのか、その場に膝をついた。

「師匠、大丈夫ですか?」

クルテルが、アユールの元へ駆け寄る。
続いてサーヤとレーナも。

「・・・解除魔法ひとつで、こんなに疲れるとはな。こりゃあ、全部解くまで、まだかかりそうだ」
「月光石で増幅させてもダメでしたか」
「いや、助かった。・・・まぁ、とにかく、これで一つ解除できたから、体も前より楽になるし、回復も早まるはずだ。・・・って、なに見てんだ、サーヤ?」

見ると、アユールの脇にしゃがんで、足元に転がる砕けた石の欠片を珍しそうに眺めている。

「ああ、それは月光石だ」

げっこうせき?

初めて聞く名前に、首をこてん、と傾げる。

「魔力を増幅させる作用があるんだ。手に持つだけで効果が出るから、手っ取り早く力を増強させたいときとかに便利な代物でな」

ふーん、増幅するんだ。
名前もきれいだけど、色もとってもきれい。

それもそのはずで。
石といっても、これは宝石の一種なのだ。
表面はつるっと滑らかで、美しい乳白色をしている。

「ああ、そういえば、そういう石を、宮廷魔法使いたちがいつも持ち歩いてたわ」
「自分の魔力を消耗せずに、増幅を図れるからな。大抵の魔法使いは、持ち歩いてるはずだ」

欠片を手に持って、うっとりと眺めているサーヤは、よほど月光石が気に入ったようで。

その時、黒の森から出たことのないこの少女にとって、目の前できらきら光る月光石の欠片が、初めて目にする宝石だということに、アユールは気がついて。

綺麗なドレスも、輝く宝石も、豪勢な住まいも、可愛い靴も、・・・本当だったら、一国の姫として当たり前に享受できたはずの物すべてを、手にしたことはおろか、目にしたこともないのだと、そう思って。

あの城でシリルと顏を会わせながら暮らすより、ここで母娘ふたり、静かに暮らす方が幾万倍も勝っていると、よくわかってはいても。

こういうところは、やっぱり、女の子だな。

クルテルの持っていた袋を、ひょいと取って。
中を、がさごそと漁ると、アユールはそこから一番大きな月光石を取り出した。

軽く握って少しの魔力を込める。
どうか、この子が幸せになりますように、と。
平安と幸福を願って。

「・・・ほら」

そう言って、石をサーヤの手に乗せた。
きれいに整った楕円形で、さっきの石より一回り大きい。

え? いいの?

アユールの顔を見る。
でも、なぜか、すいっと逸らされてしまって。

それで、次に、にこにこしているクルテルの顔を見て。
それからレーナの顔を見た。

「綺麗ね」

母の声に、こくりと頷く。

「宝石を初めて貰ったね。・・・ふふ、そうよね。サーヤも女の子だものね」

なんだか恥ずかしい。
でも、・・・すごく嬉しい。

横目で、ちらちら様子を伺っているアユールに、ぺこりと頭を下げてから、にっこりと微笑んだ。

どうか、気持ちが伝わりますように、と。

それきり、目も合わせてくれないけど、きっとこの気持ちはアユールにも伝わったと思う。

家に戻ると、サーヤは早速、布で小さな袋をこしらえた。
もらった月光石をその袋に入れて、紐を通して首から下げて。
お風呂のとき以外は、ずっと身につけていた。

初めてもらった綺麗な綺麗な石で。
大好きな人からの贈り物。

だから。
なんだかいい事が起こりそうな、そんな気がした。

それが当たったのか、当たらなかったのか。
その日の夜、サーヤは、アユールの夢を見た。
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