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取り繕えない程の
しおりを挟む「・・・お前はもう少し上手く取り繕えないのか、ノヴァイアス?」
カサンたちと去って行くユリアの後ろ姿を静かに見送るノブに向かって、もう一人の守衛は呆れたような声でそう言った。
「・・・リュクス、今の私の名はノブだ」
振り返りもせずにそう呟くノヴァイアスに、リュクスは「お前も言ってるじゃないか」と呆れた声を返す。
「・・・ジークヴァイン殿も来られてたな」
「ああ」
何かを含んだ様なリュクスの物言いだったが、ノヴァイアスの返答は素っ気ない。
「そろそろあの発表をする頃合いか・・・」
だが、この言葉にはノヴァイアスの視線が揺れた。
少ししてノヴァイアスは口を開く。
「・・・そうだな。先日この村を訪ねられた陛下の護衛の者は確かにそう言っていた」
「確か・・・三日後だったか?」
「ああ。予定ではな」
「カルセイランさまが、いよいよ王族ではなくなる日が近いのだな・・・」
リュクスは少し遠い眼差しで空の雲を見上げた。
「あの日から、もうすぐ二年か・・・思っていたよりも時が過ぎるのは早い」
そんなリュクスの声を耳にしながら、ノヴァイアスはあの日のことを思い出していた。
気がつけば暗闇の中。
だが全く何も見えないという訳でもない。
周囲を見れば、そこにいるのは自分だけではなく。
カルセイランやカサンドロス、王城にいる筈のトルストフ王やジークヴァイン、アルパクシャドらの顔まで見える。
更によくよく気を尖らせれば、周囲には数も知れないほど多くの人の影があった。
それでも、それら人影が動く気配はない。
まるで彼らにとっては時が止まっているかの様だ。
「ここは・・・」
そんな呟きが誰からともなく漏れた頃に、中央の一際闇が濃い箇所がゆらりと揺らめく。
そしてサルトゥリアヌスが現れた。
ユリアティエルを抱えて、何の前触れもなく突然に。
「ユリア・・・ッ!」
「何故、ユリアティエルをお前が抱えているのだ・・・っ! 私の娘に何をしたっ?」
眠っているのか、ユリアティエルは目を瞑り、大人しくサルトゥリアヌスの腕の中に収まっている。
喚くカルセイランたちをよそに、サルトゥリアヌスはただ無言で肩を竦めるだけ。
そしてカルセイランたちの前まで来ると、そっとユリアティエルを下ろし、その頬をするりと撫でるとそのまま闇に消えたのだ。
それに驚いたのも束の間、我に返ったカルセイランたちはユリアティエルの様子を見ようとして、そして。
闇にどこからか声が響いて---。
ユリアティエルが記憶を失ったことを知った。
それがユリアティエルの願いだったと聞き、皆が悲しみを覚えながらも納得するしかない中、ひとりノヴァイアスだけは違う感情でその事実を受け止めていて。
それは、安堵。
自分の行いを。
ぶつけた独りよがりの好意を。
償いようがない罪を。
あの方は覚えていない。
記憶にすら残っていない。
あの方の眼に、今の自分は真っ新で映っているのだと、そう思うと。
悲しみよりも寂しさよりも、他の皆の感情を思い遣るよりも。
記憶を消したいと願うほどに辛さを抱えていたユリアティエルの境遇を慮るよりも。
何よりもまず安堵がノヴァイアスを覆って。
そしてすぐに。
そんな自分に嫌気がさした。
それが、ノヴァイアスにとってのあの日の思い出。
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