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支払いの時間
しおりを挟む「・・・だから嘘を吐かないでって言ってるでしょう? わたくしはちゃんとカルセイランさまと結婚したのよ! お披露目だってしてもらったわ。皆の前で手を振って、民からは歓声が上がって・・・あれで結婚してないなんて、あり得ない! わたくしを騙そうったって無駄よ、サルトゥリアヌス!」
ヴァルハリラは必死で叫んだ。
サルトゥリアヌスの言う事なんて信じない。信じられない。そんなのあり得ない。ある筈がない。だっておかしい。そんなの。
サルトゥリアヌスの姿はどこにも見えない。
でもさっきの声は確かに彼のものだ。
「やれやれ、証拠を見せてもまだ言い張る気か。まあ、お前はそういう女だったな。自分に都合の良いことしか見ない、聞かない、信じない。本当に碌でもない女だ。なあ、そう思わないか? カルセイラン」
・・・カルセイラン。
ああ、やっぱり。
さっきの声は、カルセイランさまだったのね。
わたくしの事が心配で来て下さったんだわ。
「カルセイラン! 私の、わたくしの旦那さま、助けて!」
前に声が聞こえて来た方角に向かって、ヴァルハリラは叫ぶ。
姿は見えない。見えないけれども、きっといる筈だ。
王子さまがお姫さまの危機に駆けつけない筈がない。
「貴方の愛する妻が危険な目に遭ってるの! 早く言ってやってちょうだい、国民を対価に捧げるって! ねえ早く!」
「・・・そんな言葉、私が言う訳がない」
やっと声が聞こえた。
なのに。言ってる事がおかしい。
台詞を間違えてるんじゃない? 貴方はそんな事を言ったりしない、だって王子さまだもの。
そうよ、彼は私の王子さま。私の、私だけの。
「どんな方向からであれ、お前が契約主から王族と見なされる事がない様に、あらゆる方策を講じた。偽の祭司を立て、誓約書をすり替え、閨を決して共にせず、書類上も、実質的にも、お前が王太子妃とは認められないように」
だからきっと、この声は偽のもの。
「対価として国民の命を支払いに当てることは許さない。元よりお前にそんな力も権利もない。お前が持っているもの、お前にあるものの中から支払いに当てるがいい」
「嘘よ・・・」
だって王子さまはいつも。
いつもお姫さまを助けるものななだから。
「・・・私が真に愛する女性はユリアティエルただひとり。何があってもそれだけは変わらない。たとえ彼女が私を望まないとしても、この想いは永遠のものだ」
「ユリアティエル、あの女・・・」
・・・どこまでも。
「どこまでも邪魔ばかりする・・・あの女。どうしてまだ生きてるの? 軍隊を送ったのに、どうしてっ! 死んでしまえば良かったのにっ!」
「死ぬのはユリアティエルではない。お前だ、ヴァルハリラ」
冷たい声。
嘘だ、カルセイランがこんな声で話すなんて、こんなの嘘。
「カルセイラン。コレは死なないよ。そういう身体だからな。だからこそ対価に相応しい。養分として最高の価値がある」
目の前に、ぐっとサルトゥリアヌスの顔が迫る。
どうして。今までどこにいたの。
さっきまで、声だけで姿はどこにも見当たらなかったのに。
闇から現れたサルトゥリアヌスの手がヴァルハリラの顎を掴むと、ぐいっと顔を引き上げる。
サルトゥリアヌスの無機質で透き通った瞳に、ヴァルハリラの顔が映り込んだ。
呆然と口を開けて、髪を振り乱して。
そんな自分の顔を見て、ヴァルハリラはぼんやりと考える。
なんて、間抜けな、顔をしているの。私は。
「お前のその、臭くて汚れきった血は魔樹の養分としては最高だ。しかも何をしたとしても決して死なない身体、どれだけ血を抜き取っても・・・抜き取られ続けても、お前は永遠に、そこで養分としてあり続ける・・・最高じゃないか、なあ?」
血を、抜く。永遠に、抜く。それは、どういう。
「これでもう一々人間どもの願いを聞いてやる必要もない。お前という永遠の肥料を手に入れたのだから」
「ひ、りょう。肥料って、私が?」
「そうとも。自動的に再生する身体で永遠にその血を垂れ流し続ける、他に類のない最高品質の肥料だ」
ヴァルハリラは首を左右に振る。それも激しく。
「い、や。嫌よ、そんなの。なんで、私が。国民を連れて行きなさいよ。何人だって使えばいいじゃない。私は嫌。嫌よ」
「国民は使えない。お前にそれを差し出せる権利がない」
「嘘よ。だって、そんな。私は王太子妃じゃない。そうよ、王太子妃だったわ。冠を被って、皆に傅かれて、好きなものを好きなだけ買って、食べて、着飾って、なのに・・・」
「贅沢が王族の証であるとでも? ふざけるな」
どこからかカルセイランの声が聞こえる。
煩い。
助けてもくれないくせに、何よ偉そうに。
「とにかく、私は嫌よ。誰か他の人を・・・」
「無理だな」
サルトゥリアヌスの両の手がヴァルハリラの顔をふわりと包む。
「支払いの時間だ」
にいっと、サルトゥリアヌスが笑った。
玩具を手に入れたばかりの子どものように、無邪気に。
こんな時なのに、何故。
ヴァルハリラは、自分で自分に呆れた。
その笑顔を美しいと思うなんて。
「連れて行ってやろう。これから先、お前が永遠に吊るされる場所に」
ふわりと身体が浮いた。
飛んでいく。高く、高く。
寒い。何も見えない。
嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ。
・・・カルセイランさま。
ヴァルハリラは、 もう声も出せなかった。
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