【完結】君は私を許してはいけない ーーー 永遠の贖罪

冬馬亮

文字の大きさ
上 下
169 / 183

支払いの時間

しおりを挟む


「・・・だから嘘を吐かないでって言ってるでしょう? わたくしはちゃんとカルセイランさまと結婚したのよ! お披露目だってしてもらったわ。皆の前で手を振って、民からは歓声が上がって・・・あれで結婚してないなんて、あり得ない! わたくしを騙そうったって無駄よ、サルトゥリアヌス!」


ヴァルハリラは必死で叫んだ。


サルトゥリアヌスの言う事なんて信じない。信じられない。そんなのあり得ない。ある筈がない。だっておかしい。そんなの。


サルトゥリアヌスの姿はどこにも見えない。

でもさっきの声は確かに彼のものだ。


「やれやれ、証拠を見せてもまだ言い張る気か。まあ、お前はそういう女だったな。自分に都合の良いことしか見ない、聞かない、信じない。本当に碌でもない女だ。なあ、そう思わないか? カルセイラン」


・・・カルセイラン。

ああ、やっぱり。

さっきの声は、カルセイランさまだったのね。

わたくしの事が心配で来て下さったんだわ。


「カルセイラン! 私の、わたくしの旦那さま、助けて!」


前に声が聞こえて来た方角に向かって、ヴァルハリラは叫ぶ。

姿は見えない。見えないけれども、きっといる筈だ。


王子さまがお姫さまの危機に駆けつけない筈がない。


「貴方の愛する妻が危険な目に遭ってるの! 早く言ってやってちょうだい、国民を対価に捧げるって! ねえ早く!」
「・・・そんな言葉、私が言う訳がない」


やっと声が聞こえた。


なのに。言ってる事がおかしい。

台詞を間違えてるんじゃない? 貴方はそんな事を言ったりしない、だって王子さまだもの。

そうよ、彼は私の王子さま。私の、私だけの。


「どんな方向からであれ、お前が契約主から王族と見なされる事がない様に、あらゆる方策を講じた。偽の祭司を立て、誓約書をすり替え、閨を決して共にせず、書類上も、実質的にも、お前が王太子妃とは認められないように」


だからきっと、この声は偽のもの。


「対価として国民の命を支払いに当てることは許さない。元よりお前にそんな力も権利もない。お前が持っているもの、お前にあるものの中から支払いに当てるがいい」
「嘘よ・・・」


だって王子さまはいつも。

いつもお姫さまを助けるものななだから。


「・・・私が真に愛する女性はユリアティエルただひとり。何があってもそれだけは変わらない。たとえ彼女が私を望まないとしても、この想いは永遠のものだ」
「ユリアティエル、あの女・・・」


・・・どこまでも。


「どこまでも邪魔ばかりする・・・あの女。どうしてまだ生きてるの? 軍隊を送ったのに、どうしてっ! 死んでしまえば良かったのにっ!」
「死ぬのはユリアティエルではない。お前だ、ヴァルハリラ」


冷たい声。

嘘だ、カルセイランがこんな声で話すなんて、こんなの嘘。


「カルセイラン。コレは死なないよ。そういう身体だからな。だからこそ対価に相応しい。養分として最高の価値がある」


目の前に、ぐっとサルトゥリアヌスの顔が迫る。


どうして。今までどこにいたの。

さっきまで、声だけで姿はどこにも見当たらなかったのに。


闇から現れたサルトゥリアヌスの手がヴァルハリラの顎を掴むと、ぐいっと顔を引き上げる。


サルトゥリアヌスの無機質で透き通った瞳に、ヴァルハリラの顔が映り込んだ。


呆然と口を開けて、髪を振り乱して。


そんな自分の顔を見て、ヴァルハリラはぼんやりと考える。


なんて、間抜けな、顔をしているの。私は。


「お前のその、臭くて汚れきった血は魔樹の養分としては最高だ。しかも何をしたとしても決して死なない身体、どれだけ血を抜き取っても・・・抜き取られ続けても、お前は永遠に、そこで養分としてあり続ける・・・最高じゃないか、なあ?」


血を、抜く。永遠に、抜く。それは、どういう。


「これでもう一々人間どもの願いを聞いてやる必要もない。お前という永遠の肥料を手に入れたのだから」
「ひ、りょう。肥料って、私が?」
「そうとも。自動的に再生する身体で永遠にその血を垂れ流し続ける、他に類のない最高品質の肥料だ」


ヴァルハリラは首を左右に振る。それも激しく。


「い、や。嫌よ、そんなの。なんで、私が。国民を連れて行きなさいよ。何人だって使えばいいじゃない。私は嫌。嫌よ」
「国民は使えない。お前にそれを差し出せる権利がない」
「嘘よ。だって、そんな。私は王太子妃じゃない。そうよ、王太子妃だったわ。冠を被って、皆に傅かれて、好きなものを好きなだけ買って、食べて、着飾って、なのに・・・」
「贅沢が王族の証であるとでも? ふざけるな」


どこからかカルセイランの声が聞こえる。


煩い。
助けてもくれないくせに、何よ偉そうに。


「とにかく、私は嫌よ。誰か他の人を・・・」
「無理だな」


サルトゥリアヌスの両の手がヴァルハリラの顔をふわりと包む。


「支払いの時間だ」


にいっと、サルトゥリアヌスが笑った。

玩具を手に入れたばかりの子どものように、無邪気に。


こんな時なのに、何故。


ヴァルハリラは、自分で自分に呆れた。


その笑顔を美しいと思うなんて。


「連れて行ってやろう。これから先、お前が永遠に吊るされる場所に」


ふわりと身体が浮いた。

飛んでいく。高く、高く。

寒い。何も見えない。


嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ。


・・・カルセイランさま。


ヴァルハリラは、 もう声も出せなかった。
しおりを挟む
感想 29

あなたにおすすめの小説

愛は全てを解決しない

火野村志紀
恋愛
デセルバート男爵セザールは当主として重圧から逃れるために、愛する女性の手を取った。妻子や多くの使用人を残して。 それから十年後、セザールは自国に戻ってきた。高い地位に就いた彼は罪滅ぼしのため、妻子たちを援助しようと思ったのだ。 しかしデセルバート家は既に没落していた。 ※なろう様にも投稿中。

妻を蔑ろにしていた結果。

下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。 主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。 小説家になろう様でも投稿しています。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

【12話完結】私はイジメられた側ですが。国のため、貴方のために王妃修行に努めていたら、婚約破棄を告げられ、友人に裏切られました。

西東友一
恋愛
国のため、貴方のため。 私は厳しい王妃修行に努めてまいりました。 それなのに第一王子である貴方が開いた舞踏会で、「この俺、次期国王である第一王子エドワード・ヴィクトールは伯爵令嬢のメリー・アナラシアと婚約破棄する」 と宣言されるなんて・・・

さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】 私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。 もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。 ※マークは残酷シーン有り ※(他サイトでも投稿中)

【完結】365日後の花言葉

Ringo
恋愛
許せなかった。 幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。 あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。 “ごめんなさい” 言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの? ※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

永遠の誓いを立てましょう、あなたへの想いを思い出すことは決してないと……

矢野りと
恋愛
ある日突然、私はすべてを失った。 『もう君はいりません、アリスミ・カロック』 恋人は表情を変えることなく、別れの言葉を告げてきた。彼の隣にいた私の親友は、申し訳なさそうな顔を作ることすらせず笑っていた。 恋人も親友も一度に失った私に待っていたのは、さらなる残酷な仕打ちだった。 『八等級魔術師アリスミ・カロック。異動を命じる』 『えっ……』 任期途中での異動辞令は前例がない。最上位の魔術師である元恋人が裏で動いた結果なのは容易に察せられた。 私にそれを拒絶する力は勿論なく、一生懸命に築いてきた居場所さえも呆気なく奪われた。 それから二年が経った頃、立ち直った私の前に再び彼が現れる。 ――二度と交わらないはずだった運命の歯車が、また動き出した……。 ※このお話の設定は架空のものです。 ※お話があわない時はブラウザバックでお願いします(_ _)

処理中です...