【完結】君は私を許してはいけない ーーー 永遠の贖罪

冬馬亮

文字の大きさ
上 下
159 / 183

未来のために

しおりを挟む


この村での食事時間の光景は、まさに雑然としか表現しようがない。


収容許容範囲を遥かに超えた人数が滞在しているため、食堂はもちろん、床や屋外で地面に座ったまま食事を取るのも普通のこととなっていた。


カルセイランはその場に当たり前のように混ざり、他の騎士たちと共に地面に座って食事を取る。


栄養は考慮しつつも質素な食事を、皆と同じく分け合って食べていた。


「お代わりはいかがですか?」


コップに水を注ぎ足しながら、給仕役の少女が尋ねた。


「十分だよ。ありがとう」


礼を言い、給仕に忙しく動き回る少女の後ろ姿を見送った。


その少女の髪色は、ノヴァイアスのそれに似ていて、晴れ渡った空のような青だ。

つい見つめていると、横から声がかかった。


「・・・あの者はユリアティエルを売ったのと同じ奴隷商のもとにいた娘です」


いつのまにかカサンドロスが側に来ていた。


「自分は商品じゃない、人間だと主張して、奴隷商の夫婦に酷い折檻を受けていたようです。ユリアティエルとは会ってすぐに仲良くなったらしいですよ」
「・・・そうなのか」


カサンドロスは、そのままカルセイランの隣に腰を下ろすと、おもむろに配られたパンに齧りつく。


食事時の喧騒の中、二人は黙々と食べ続けた。


「・・・昨日は、大変なご無礼を働き、誠に失礼いたしました」
「いや・・・私こそ、お前の気持ちも考えず不用意な発言をしてしまった」
「いえ、人にはそれぞれ事情があるのです。なのに、それも弁えずにあのようなことを。全くお恥ずかしい限りです」
「・・・そんなことはない」


そうだ。そんなことはない。

彼はユリアティエルにすぐ手が届く場所にいて、なのにずっとただ見守っていてくれたのだ。


これまでカサンドロスはユリアティエルのために、そうだ、彼女を守るためにどれだけの財を費やしてきたのだろう。

自分ではない男を愛している女のために。


「・・・お前のこれまでの働きについては、全ての事が落ち着いた後に私から陛下に申し上げたいと思う」
「有り難い話ですが、お気持ちだけで結構ですよ」
「・・・そう、か」


先ほどエイダが注ぎ足した水を飲み干し、カルセイランは一旦立ち上がりかけて、だが動きが止まる。


「殿下?」
「・・・」
「どうなさいました?」
「・・・本当は・・・」


カルセイランの唇が動き、何かを言ったように見えた。

だが喧騒が煩くて聞こえない。

思わず問い返すと、カルセイランは眉を下げ、少し泣きそうな顔になる。


そのあまりに意外な表情に、カサンドロスは自分の目を疑った。


「本当は・・・何を捨てても、誰の期待を、信頼を裏切っても・・・欲しいと思っている・・・ユリアが・・・ユリアだけを」


絞り出すような声。

それは周囲のざわめきにかき消されそうな程にか細くて。


聞き違いか、いや。


カルセイランの瞳には、確かに切なげな熱が宿っている。


「殿下・・・」
「だが出来ない・・・王城内で密かに処理できるならば或いは、と思った時もある。だがこのままでは隣国までも巻き込んだ騒動になってしまう。これからは国を立て直さねばならない大事な時なのだ。ミネルヴァリハと余計な軋轢を生む訳にはいかない・・・」
「・・・」


カルセイランは唇を噛み締めていたが、やがてゆっくりと薄い笑みを貼り付けた。

そうして今度こそ立ち上がり席を離れようとしたカルセイランを、カサンドロスが腕を掴んで引き止めた。

振り返るカルセイランに、何故かカサンドロスは不敵に笑いかけた。


「カサンドロス?」
「ご無礼をお許しください。ですがもう少々お時間を頂いても?」
「・・・まだ何か話が?」
「ええ、改めて王太子殿下にお伝えしたき事がございます。どうかお耳を」


怪訝な表現のままにカルセイランが屈むと、カサンドロスがそっと何事かを耳打ちした。


カルセイランの眼が驚愕で見開かれる。


「実を申しますと、私は国際情勢にも耳敏いのですよ・・・ミネルヴァリハには従兄弟がおりますので特にね」


カサンドロスはにやりと笑うと、まだ事態が呑み込めずにいるカルセイランにこう告げた。


「そうそう、先程の話ですが気が変わりました。やはり陛下からの褒賞を頂きたく存じます。お口添えをお願い出来ますかな、王太子殿下」
「・・・」
「殿下?」
「あ、ああ、それは・・・勿論だ。カサンドロス、しかし・・・」
「申し上げたことに嘘はございません。あの狸親父ならばその程度の事、済ました顔でやってのけるのですよ」
「そう、か・・・」
「ですが殿下」


カサンドロスは、僅かに声を低くした。


「全ては今夜、そして明日を凌ぎきってからの話でございます。そして、その全ては貴方のお力にかかっているのです。どうか今一度、お気を引き締め、事に当たって下さいますよう。そのために、何よりもまず生き残って下さるようお願いいたします・・・でなければ、貴方の愛しい女が、今度こそ本気で泣きますよ」


カルセイランは未だ混乱の残る頭を左右に振り、意識を集中する。

それから力強く頷いた。


「・・・ああ。全ては我らの未来のために」


カサンドロスもそれに応え、同じくこう告げる。


「そうです。全ては未来のために」


しおりを挟む
感想 29

あなたにおすすめの小説

【完結】365日後の花言葉

Ringo
恋愛
許せなかった。 幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。 あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。 “ごめんなさい” 言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの? ※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

【完結】旦那様、その真実の愛とお幸せに

おのまとぺ
恋愛
「真実の愛を見つけてしまった。申し訳ないが、君とは離縁したい」 結婚三年目の祝いの席で、遅れて現れた夫アントンが放った第一声。レミリアは驚きつつも笑顔を作って夫を見上げる。 「承知いたしました、旦那様。その恋全力で応援します」 「え?」 驚愕するアントンをそのままに、レミリアは宣言通りに片想いのサポートのような真似を始める。呆然とする者、訝しむ者に見守られ、迫りつつある別れの日を二人はどういった形で迎えるのか。 ◇真実の愛に目覚めた夫を支える妻の話 ◇元サヤではありません ◇全56話完結予定

妻を蔑ろにしていた結果。

下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。 主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】この胸が痛むのは

Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」 彼がそう言ったので。 私は縁組をお受けすることにしました。 そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。 亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。 殿下と出会ったのは私が先でしたのに。 幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです…… 姉が亡くなって7年。 政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが 『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。 亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……  ***** サイドストーリー 『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。 こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。 読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです * 他サイトで公開しています。 どうぞよろしくお願い致します。

さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】 私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。 もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。 ※マークは残酷シーン有り ※(他サイトでも投稿中)

望まれない結婚〜相手は前妻を忘れられない初恋の人でした

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【忘れるな、憎い君と結婚するのは亡き妻の遺言だということを】 男爵家令嬢、ジェニファーは薄幸な少女だった。両親を早くに亡くし、意地悪な叔母と叔父に育てられた彼女には忘れられない初恋があった。それは少女時代、病弱な従姉妹の話し相手として滞在した避暑地で偶然出会った少年。年が近かった2人は頻繁に会っては楽しい日々を過ごしているうちに、ジェニファーは少年に好意を抱くようになっていった。 少年に恋したジェニファーは今の生活が長く続くことを祈った。 けれど従姉妹の体調が悪化し、遠くの病院に入院することになり、ジェニファーの役目は終わった。 少年に別れを告げる事もできずに、元の生活に戻ることになってしまったのだ。 それから十数年の時が流れ、音信不通になっていた従姉妹が自分の初恋の男性と結婚したことを知る。その事実にショックを受けたものの、ジェニファーは2人の結婚を心から祝うことにした。 その2年後、従姉妹は病で亡くなってしまう。それから1年の歳月が流れ、突然彼から求婚状が届けられた。ずっと彼のことが忘れられなかったジェニファーは、喜んで後妻に入ることにしたのだが……。 そこには残酷な現実が待っていた―― *他サイトでも投稿中

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

処理中です...