上 下
150 / 183

アーサフィルドの約束

しおりを挟む

それから。

カルセイランが転移魔法陣を使うまでの3日間、城内は驚くほど平和であった。


その理由はただ一つ、ヴァルハリラの機嫌が最高に良かったからだ。


公務のために暫く城を離れる、とカルセイランが告げた時でさえヴァルハリラは笑顔で頷いた。


ヴァルハリラの敵意は、今やサンショルベン山脈奥深くにある小さな村一つに向けられている。

カルセイランの精を受けるという目標を達成したと信じ込んでいる今、ヴァルハリラはかつてのようにドレスや宝石を買い漁り、美食を貪っては遊びに耽っていた。


その為、前よりも比較的自由に動けるようになったカルセイランは、転移を実行するまでの数日間、王族として、また王太子として出来る事を思いつく限り行っていった。


その一つが、アーサフィルドとの話し合いだった。


もとより王族の中で一番ヴァルハリラの術の影響を受けていなかった存在ではあったが、ここに来てカルセイランが城を離れる事になり、改めてアーサフィルドにも防御の魔道具を渡すことにしたのだ。


ひと月前に8歳になったばかりのアーサフィルドは、カルセイランによく似た輝く金色の髪の美少年で、お気に入りの場所が王城の図書館という大の本好きだ。


賢く穏やかな兄カルセイランを心から尊敬するこの弟は、敬愛する兄の決定を聞いて、当然ながら大きなショックを受けていた。


それでも直ぐに己の果たすべき役割を理解したアーサフィルドは、万が一の時に備え覚悟を決めておくように、という兄の言葉に頷いた。


それが、兄の後顧の憂いを断つ最善の行動だと、アーサフィルドは理解したのだ。


「兄上」


いつもと同じ、眩しそうな眼差し。

だがやはり、アーサフィルドの表情は、どこかもの悲しさを漂わせている。


「なんだい、アーサー」


それに気づいていても、素知らぬ振りでカルセイランは微笑みかける。


この子は、この先もっと強くならねばならぬ。


躓いて倒れても、一人で起き上がり、前を向いて歩いて行けるように。

道に迷っても、自力で正しく行くべき方向を探し当てられるように。

まだ8歳ではあるが、この子も私と同じ王族、そしてこの先おそらくお前は。


「僕は最善を尽くす事をお約束します・・・ですが、兄上」
「なんだい」
「どうか、ご無事でお戻りください」
「・・・勿論だよ」


一瞬、ほんの一瞬だけ、アーサフィルドの表情がくしゃりと歪んだ。


「僕は、ここで、待っていますから」
「・・・ありがとう。あとは頼んだよ、アーサー」


カルセイランは手を伸ばし、大事な弟の頭を撫でる。


柔らかな輝く金髪が、カルセイランの手の動きに合わせて緩く左右に揺れる。


「頼りにしている。・・・お前がいてくれて良かった」


アーサフィルドはぎゅっと目を瞑り、何かに耐えるように口元を引き結んだ。


「・・・お任せ下さい。兄上が思うがままに行動出来るよう、僕はここで自分の役割を精一杯努めます」


カルセイランは柔らかく微笑んだ。


弟が生まれた日のことが、昨日のように鮮やかに思い出される。


十三近く年の離れた弟の誕生に、嬉しいという言葉だけでは表せない、何とも言えないくすぐったい感覚があった。


母から父へ、それから自分へと渡され、ぎこちない手つきで生まれたばかりの弟を抱いた。


産湯で洗ったばかりのくしゃくしゃの顔が、懸命に生命を告げる産声を上げていて。


あの時は、壊れてしまうのではと心配になるくらい、か細く小さな存在だったのに。


大きくなった。

立派になったな。


お前なら大丈夫。


大好きだよ。・・・私の可愛い弟。



そう心の中で呟いた。

しおりを挟む
感想 29

あなたにおすすめの小説

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

【完結】裏切られたあなたにもう二度と恋はしない

たろ
恋愛
優しい王子様。あなたに恋をした。 あなたに相応しくあろうと努力をした。 あなたの婚約者に選ばれてわたしは幸せでした。 なのにあなたは美しい聖女様に恋をした。 そして聖女様はわたしを嵌めた。 わたしは地下牢に入れられて殿下の命令で騎士達に犯されて死んでしまう。 大好きだったお父様にも見捨てられ、愛する殿下にも嫌われ酷い仕打ちを受けて身と心もボロボロになり死んでいった。 その時の記憶を忘れてわたしは生まれ変わった。 知らずにわたしはまた王子様に恋をする。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈 
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈 
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

ねえ、テレジア。君も愛人を囲って構わない。

夏目
恋愛
愛している王子が愛人を連れてきた。私も愛人をつくっていいと言われた。私は、あなたが好きなのに。 (小説家になろう様にも投稿しています)

永遠の誓いを立てましょう、あなたへの想いを思い出すことは決してないと……

矢野りと
恋愛
ある日突然、私はすべてを失った。 『もう君はいりません、アリスミ・カロック』 恋人は表情を変えることなく、別れの言葉を告げてきた。彼の隣にいた私の親友は、申し訳なさそうな顔を作ることすらせず笑っていた。 恋人も親友も一度に失った私に待っていたのは、さらなる残酷な仕打ちだった。 『八等級魔術師アリスミ・カロック。異動を命じる』 『えっ……』 任期途中での異動辞令は前例がない。最上位の魔術師である元恋人が裏で動いた結果なのは容易に察せられた。 私にそれを拒絶する力は勿論なく、一生懸命に築いてきた居場所さえも呆気なく奪われた。 それから二年が経った頃、立ち直った私の前に再び彼が現れる。 ――二度と交わらないはずだった運命の歯車が、また動き出した……。 ※このお話の設定は架空のものです。 ※お話があわない時はブラウザバックでお願いします(_ _)

処理中です...