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万が一
しおりを挟む「王太子殿下。ならば私が貴方のお姿に変容してその道に立ちます」
「駄目だ」
アウンゼンの申し出を、カルセイランはきっぱりと断る。
「殿下、ですがそれでは貴方のお命が」
「術に嵌った私の民を制する為に、王族として、王太子の立場にある者として向かうのだ。お前に、アウンゼンに、その責を代わってもらう訳にはいかない」
ここでカルセイランは、会話の内容とはそぐわない、淡い笑みを一瞬だけ浮かべた。
「・・・既に昨夜、お前たちには大変に助けられた。私の責を代わりに負い、見事ヴァルハリラを騙してくれたのだから」
「殿下・・・」
「だが、彼らの前に立ち塞がる役目は譲れない。だって、そうだろう?」
その眼はどこまでも潔く、どこまでも澄んでいた。
「王太子としての命を賭けて攻め来たる彼らの進軍を留めるのだ。それが偽りの姿であっては彼らへの冒涜になる。もし彼らが躊躇するとすれば、それは彼らの道を塞ぎ行く手を阻む者が、この国の王子であるという事実しかないのだから」
アルパクシャドも、アウンゼンも、そしてジークヴァインも、気付けば目に涙を滲ませていた。
「王太子殿下・・・ならばせめて、我らもお供を・・・」
「それも許さない。お前たちは城に残ってくれ」
カルセイランは悲しげに眉を下げた。
「私の精を得たと信じ込んでくれたお陰で、今のヴァルハリラはこの城で何かを起こそうとは考えていないようだ。だが、それもいつまで続くか分からない。万が一の時は、お前たちの持てる力を使い、どうにかしてここにいる者たちの命を守って欲しい」
どこまでも王族として民の命を守る立場を貫くカルセイランの姿に、アルパクシャドたちは頷くしかなかった。
「・・・陛下には、私に万が一のことがあれは、アーサフィルドを王太子として立てるようお願いして来た」
「・・・殿下・・・」
ジークヴァインは、ぐっと拳を握りしめると顔を上げた。
「・・・いつ魔法陣を使うおつもりですか」
「遅くとも3日後には」
カルセイランは背もたれに体を預け、暫し考えるように顎に手を当ててから再び話を続けた。
「ヴァルハリラが今日二つの領地の私兵団を動かそうとしたとして、彼らがすぐに出発できる筈もあるまい。遠征にはそれなりの準備が要る。加えて正確な場所を知らないとあれば、その特定にも多少の時間はかかるだろう。広大に拡がる山脈の中の小さな村一つを探すのだからな」
ふうと大きく息を吐く。
「・・・予想では、いくら土地勘のある兵士達だとて、最低でも5日以上はかかるだろうと考えている。だが甘い予想を立てたばかりに村への進撃を許す事があってはならないからな・・・だから3日後の朝にはあちらに行き、道に立つつもりだ」
「・・・」
「すまない。だから私がここを発った後、期限までの4日間はお前たちにここを・・・ヴァルハリラの相手を頼むことになる。どうか許してくれ」
そう言って頭を下げようとしたカルセイランを3人は押し留める。
「最後の一日まで、持てる限りの力を尽くしてヴァルハリラの企みと闘ってみせましょう」
「そうですとも。この時、この王国に助けに参じる事が出来たのは望外の喜びであり栄誉にございます。どうか城の皆のことはお任せ下さい」
アルパクシャドはぐいっと涙を拭い、隣国の王太子に頭を深く下げた。
そして、こう付け加えた。
「私はここで失礼させていただきます。これより急ぎ魔道具製作に励みますので」
カルセイランは、その言葉に反応して顔を上げた。
「アルパクシャド。それは、つまり・・・」
「ええ」
薄らと笑みを浮かべる。
それは掴み所のない大商人である彼の従兄弟によく似た、不敵な笑みだった。
「王太子殿下が転移なさる折には、抱えきれない程の防御の腕輪をお渡ししてみせましょう」
そう言ってアルパクシャドは胸を張る。
自分もまた、己を役割を果たすのだと。
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