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この度は許して欲しい
しおりを挟むヴァルハリラが去った後も暫くは異様な空気が室内を支配していた。
かなりの時間、黙考していたカルセイランは、徐に立ち上がる。
そして、アルパクシャドやジークヴァインが見守る中、一言「陛下にお会いしてくる」とだけ告げ、執務室から出て行った。
数刻後、カルセイランは厳しい表情のまま執務室へと戻って来た。
それからアルパクシャド、アウンゼン、ジークヴァインの3人を呼び寄せる。
人払いをすませ、信用のおける人物だけが残った執務室内で、カルセイランは重い口を開いた。
「・・・まずは礼を言わせて欲しい。どうやらお前たちのお陰で王城内での大量殺戮は免れたようだ」
ジークヴァイン、アルパクシャド、アウンゼンの3人に向かってカルセイランは頭を下げた。
「とんでもありません。我らが勝手に先走ってやった事ですので・・・」
最後まで臣下や援助者たちを慮り躊躇していたカルセイランに対し、強硬手段を取ってしまった負い目はある。
結果的には吉と出たものの、それでも素直に喜べはしなかった。
漸く頭を上げたカルセイランに、アウンゼンはヴァルハリラが告げた言葉に関する懸念を口にする。
「・・・王太子殿下。先ほどの話ですが、どうしたら良いのでしょうか。サンショルベン山脈に接する二つの領地と言っていたようですが」
「その二つとは、ホフマン領とペイプル領のことでしょう」
隣国で仕えるアルパクシャドはともかく、北方の地より駆けつけたアウンゼンは、この辺りの地理にそれ程の知識はない。
ジークヴァインは説明のために口を開いた。
「サンショルベン山脈を挟んで東と西にそれぞれ位置する領地です。国境に接する領地でもありますので、どちらの領でも警備や治安維持も兼ねた強力な私兵団を抱えているのです」
アウンゼンが納得したように頷いた。
「・・・成程。周辺の地理にも詳しく、そこでの戦闘にも慣れている兵士たちが、その二つの領地にいる訳ですね」
「しかも、王都から派遣するより遥かに早く到着出来るとあっては・・・困りましたな」
村には、カサンドロスが配置している私兵たちに加え、正気に戻すことが出来た騎士たちがいる。
だが、それら騎士たち全員に渡せる数の魔道具はなかった。
戦力はあっても、その大半は建物の中に留まってるしか道はないのだ。
「アルパクシャドが渡しておいた転移魔法陣の紙を使えば、瞬時にあちらに赴くことも可能です。我ら術師二人が行けば、軍団相手でもそれなりに戦うことは出来るのでは?」
「・・・それは駄目だ」
カルセイランの静かな、だが毅然とした声が室内に響いた。
「殿下?」
「確かに、それならば多少なりともこちらに有利に動く事になるだろう。だがそれはいけない。王太子の立場にある者として許す訳にはいかない」
「・・・何故ですか? 彼らはあの村を強襲しようとしているのですよ?」
カルセイランの瞳には苦渋の色が滲んだ。
「まともに正面から戦えば何十人、何百人と死者が出るだろう。・・・彼らはただヴァルハリラに操られているだけだというのに」
その場にいた3人は息を呑んだ。
「ですが、殿下・・・」
「操られた事が罪ならば、その咎を追うのは私も同じ。ユリアティエルとの婚約が解消された時、私はヴァルハリラの術中にあり、あの女の言われるがままに動いていたのだから」
「・・・」
カルセイランの声は、僅かに震えていた。
「ノヴァイアスの助けにより術が解けた時、私はどれほど術中にあった時の自分を呪ったことだろう。何故自分は抗えなかったのか、何故もっと注意しなかったのかと、それこそ何度も・・・何度も」
「殿下・・・」
ジークヴァインが痛ましげにカルセイランを見つめる。
「己の力だけで抗えるような生易しい術ではない。そんな忌々しい力に、皆は動かされているのだ。私自身が陥った罠だ。どうして彼らを責められようか」
「ですが殿下。それでは彼らが、ユリアティエルさまが命の危険に晒されます」
「そうです、殿下。ここは心を鬼にして我らを・・・」
「・・・いや」
カルセイランの声が、術師の言葉を遮った。
「私が行く」
「・・・っ!」
「殿下?」
「何を仰っておられるのですか・・・っ!」
悲鳴のような声が上がる。
だがカルセイランは続けた。
「陛下の許可は頂いた。転移魔法陣を使って移動し、ガゼルハイノン王国の王太子として、私が彼らの前に立つ」
「殿下・・・っ」
上がりかけた抗議の声を、カルセイランは手で制する。
「カサンドロスによると、その村への入り口は細い道ひとつのみ。それ以外は周囲をぐるりと塀で囲まれ村の中に入る術はない。ならば私はその道の中央に立ち彼らの進軍を阻もう。・・・私を倒さない限り、彼らは村へと進むことは出来ないように」
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