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嵐の前の静けさ

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山奥に入り込んでいた村人たち12名を無事に麓まで誘導した後、騎士団長リュクスは馬の向きを翻した。


戻る先は、別場所で待機していたカサンドロスの所だ。


「流石は騎士団長殿。手際が良くて助かります」
「・・・彼らが私の事を、同じ敵を狙う同志だと思いこんでいるからこそ素直に私の言うことを聞いただけです。私自身の能力によるものではありません。それより、これで粗方は里に返せたでしょうか」
「そうですね。恐らくは」


リュクスと彼が選抜した5名の騎士たちの協力もあって、ユリアティエルのいる村を襲おうと斧や鉈を手にして山に入り込んだ村人たちの大部分は、何事もなく麓付近へと誘導する事が出来た。

同じく、離れ離れになっていたリュクスの残りの部下たちも回収し、一箇所でテントを張って待機させている。

彼らは素直に団長の言いつけに従ってテントの中で横になって休んでいた。


カサンドロスは、彼らの士気が落ち着いているのが気にかかっているようだ。

眉間に皺を寄せ、何事かを考えている。


「何か問題でも?」


リュクスの問いに、カサンドロスは頷いた。


「騎士たちの事です。村人たちもそうですが、ヴァルハリラが今だあの者たちに我が村を襲わせようと思っているならば、あの様に休んではいないだろうと、不思議に思いましてね」


その返答に、リュクスは、ああと頷いた。


「確かに・・・私もこの腕輪を頂くまでは駆り立てられるように動いていましたな。それこそ睡眠も、2、3時間取ればすぐに起き上がって馬を走らせていました」
「・・・諦めたか? いや、まさかあの女がそんな筈は・・・それとも、気が変わった?」


リュクスが訝しげに片眉を上げる。


「気が変わった、と言うと?」
「標的を変えたか、あるいは方法を変えたか・・・」


カサンドロスは考え込んだ。













カルセイランとの初夜を迎えたヴァルハリラは、その翌日、上機嫌でカルセイランの執務室を訪れた。

その顔には笑みをたたえ、楽しくて仕方がないといった様子だ。手には何やら大きな紙を丸めたものを持っている。


「命拾いをしましたわね。カルセイランさま」
「は・・・?」


怪訝な顔をしたカルセイランに、ヴァルハリラは臆面もなくこんな言葉を投げかける。


「わたくし、これでもかなり頭に来ていましたのよ? これ以上、何もして下さらないようでしたら、もういっそ貴方を殺してしまおうかと思っていたくらい」


まるで、ドレスを買いたいと思ってた、程度の軽さで王族への殺意を口にしたヴァルハリラに、カルセイランを始め周囲にいた者たちはギョッとした視線を送る。


「ああでも安心して下さいね? 貴方だけじゃありませんもの。もう面倒だから、この城にいる者全員、同士討ちでもやらせたら面白いかなって思い始めていたんです」


カルセイランの背筋に、ぞわりと悪寒が走る。

それと同時に、室内に控えていた侍女や侍従、それに側近に扮したアルパクシャドらが顔を青ざめていることに気づいた。

カルセイランは、慌てて右手を上げ、人払いをしようとした、が。


あっけらかんとしたヴァルハリラの声がそれを制した。


「大丈夫ですわ。どうせ皆すぐに忘れますもの、何をしても聞かせても。ああ勿論、貴方もですけど」


どうやら、やがてヴァルハリラの術に何もかもが呑み込まれ、全てが意識の底に落ちる事を前提に話し始めたようだ。


何食わぬ顔で応対はしているものの、以前はここまであからさまではなかったのに、とカルセイランは内心驚いていた。


「・・・ならば聞こう。君は私を殺そうかと考え始めていた。だが、もうその気はない。・・・では何故わざわざその話をしにここへ?」
「うふふ、昨夜のお礼に、貴方に楽しい話を聞かせてあげようと思ったのよ」


そう言って、手に持っていた大きな紙をカルセイランの机の上に広げた。


「・・・地図?」


訝しげに溢れた声に、ヴァルハリラは首肯する。


「ええ。ご覧の通り、我が王国の地図ですわ。そしてここ、ここです。ここをご覧になって?」


ヴァルハリラの指が示した場所を見て、カルセイランの顔色は一気に血の気が引いた。

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