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目の前の現実

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ヴァルハリラの異常性は、十分に理解しているつもりだった。


そう、そのつもりだった。

・・・だが。

分からない、今この女は何を考えて、こんな事を言っているのだ。


隣に立つ侍女を指さし微笑むヴァルハリラを前にして、カルセイランは唇を噛んだ。









騎士団が王城を出発して四週間が経過した。

つまり、期限までは残り半月だ。


そして、彼らから村を発見したという知らせはまだ来ない。


というより、現在、討伐に向かった騎士団は消息不明とされている。

一切の連絡が取れなくなったのだ。


王城内の警備という名目で、なんとか第一騎士団だけは城内に留まらせたが、残る戦力は全て討伐に向かっていた。


とはいっても、王国全体がヴァルハリラの『傀儡』の支配下にある今、警備という言葉に何の意味もなく、たとえ全騎士団員が王都を離れたとて、実際のところは何の支障もない。


ただ、それを知らないとされているカルセイランが、ヴァルハリラに警備の必要性を説いてどうにか第一騎士団をここに残らせただけ。

だが、たった一個隊を引き留めただけでは、焼け石に水でしかなかっただろう。


結果、最悪の事態も覚悟せざるを得なかったカルセイランは、討伐隊の消息不明の報に、取りあえず何らかの形で対処が出来たのだろうと考えることにした。


それから、カルセイランは国王に秘密裏に進捗状況を報告し、自室に戻った。

椅子に座り、溜息を吐く。


ヴァルハリラ。

人を生かすも殺すも、いや、どんな瑣末な事でさえ、あの女はそれと望むだけで人を強制的に動かせる。


分かっている。

その力の恐ろしさは、よく理解していたつもりだった。


なにせ自分は、そう自分こそが、これまでずっと標的とされていたのだから。


だが。

何かが変わってきている気がした。


5年前から借り受けていた筈の力は、まるで月日を追うごとに増大しているようだ。


それは、あの女にいよいよ力が馴染んでいったという事なのか、それともより有効な使い方を身につけたという事なのか。


所詮は、分かったつもり・・・か。


カルセイランは、薄い自嘲の笑みを浮かべた。


婚姻の儀を終えてから、ふた月と半以上が経過した。


今日に至るまで、カルセイランは自身の心と尊厳を犠牲にして、どうにか閨の場を切り抜けてきた。


アウンゼンにかけてもらった術が大いに助けになっているとはいえ、それでも日々カルセイランの精神はゴリゴリと削られていく。


あの忌々しい女の口に己自身を咥えさせ、肌を重ね、不能と罵られ、人の目のある中で自らの手を用いて自身の雄を昂らせ、多忙だと躱し、泣かれては宥め、偽りの愛の言葉を囁いた。


うんざりするような日々を過ごし、それでもまだ。

それでもまだ、終わらない。


あと少し。

だがきっと、この先はもっと壮絶になるだろう。


そう、覚悟は決めていた。

だが、討伐に向かった騎士団が消息不明という連絡を受けた辺りから、ヴァルハリラの様子が変わり始めた。


カルセイランの予想を上回る更なる異常性へと。

それが今、目の前にある現実だった。





「ねえ、カルセイランさま」


王太子妃付きの侍女の一人を連れて、ヴァルハリラがカルセイランの私室を訪れた。


「お願いがありますの」


いつものヒステリックな様子は消え、静かに笑みをたたえている。

それが却ってカルセイランの不安を煽った。


「この女を抱いてやって下さらない?」
「・・・は?」


言われたことの意図が掴めず、思わず問い返すと、ヴァルハリラは隣に立つ侍女を指さし、同じ言葉を繰り返す。

この女を抱いてくれ、と。

指名された侍女は、能面のように表情を固めたまま、ただじっとそこに立っている。

そこには何の感情も、意思も見えない。


「な、にを・・,?」


目の前で起きている事が理解できず、再び問い返すと、ヴァルハリラは少し苛立った様子を見せた。


「ですから。今夜の閨では、この女をお召しくださいと申し上げているのです」


未だ言われたことの意味が呑み込めずに怪訝な表情を浮かべるカルセイランに向かって、ヴァルハリラは更に一歩、前に進み出てこう告げた。


「わたくしでない方がうまくいくかもしれないでしょう? だから今夜はこの女をお側に上げてくださいな」
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