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まだ闘える
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「・・・それは本当か?」
カルセイランは、唸るような低い声で問い返した。
今しがた慌ただしくカルセイランの執務室にやって来たアウンゼンは、先ほど現れたサルトゥリアヌスと言葉を交わしたことを報告したところだった。
「はい、王太子殿下。彼の者はこのように言いました。貴方の愛しき方に、いよいよ狙いが定められた、と」
その言葉にカルセイランは一瞬、目を見開き、それから力なく項垂れ、手を額に当てた。
「いよいよ来てしまったか・・・ユリアティエルに再び矛先が向けられる時が」
それはカルセイランが最も恐れていた事だった。
期限まであとひと月と半を切った今、カルセイランの目には希望が現実となりかけていた。
だからこそだった。
たった今アウンゼンよりもたらされたその知らせは、カルセイランの心を深く抉った。
アウンゼンの顔色も心なしか青白い。
だが、彼がカルセイランを見つめる目に、まだ力は失われていなかった。
「王太子殿下。どうぞお気を強く持って下さいますように。彼の者はこのようにも言ったのです。『ここまであの女を追い詰めたのだ。最後まで見事に抗ってみせろ』と」
アウンゼンの告げた言葉に、カルセイランがぴくりと反応する。
「抗ってみせろ、と・・・そう言ったのか。あの男、サルトゥリアヌスが」
「そうです、王太子殿下。これは、我々が、まだあの女の成すことに抗えると考えるべきではないでしょうか」
カルセイランは、額に当てていた手をぐっと握りしめ、息を吐いた。
「・・・まだ、抗える・・・そうだな。そうだ、私たちはまだ闘える」
唇をきつく噛み、まるで己に言い聞かせるようにそう何度も呟く。
「そうだ。あの女はまだ私から精を得ることに成功していない。ならば、ユリアティエルの命を奪うことも阻める筈だ。・・・以前にノヴァイアスがそれを食い止めたように」
カルセイランは頭を軽く振ると執務机の椅子から立ち上がった。
「済まない。そしてありがとう、アウンゼン。今は弱気になっている時ではなかったな」
「とんでもございません」
カルセイランは顎に手を当て、少し考えてから口を開いた。
「ユリアティエルの居場所を報告するまでが役目だと、そうサルトゥリアヌスは言ったのだな? その先は関与しないと」
「左様でございます」
「・・・今、城内に残っているのは、ジークヴァインひとりだった筈、すぐに呼べるか?」
アウンゼンは頷いた。
「直ちに連絡します。ジークヴァイン殿は、認識阻害をかけた上で文官の一人として城内で動いていますので、すぐにこちらに来れるかと」
「頼む。・・・ノヴァイアスは夜にここに来る予定だったな。そしてカサンドロスは今、王都を離れている。となると・・・まずはノヴァイアスを呼ばねば」
カルセイランの考えを察したのか、アウンゼンの表情が少し明るくなる。
「分かりました、王太子殿下。では直ぐに」
「ああ。カサンドロスにも至急連絡を取らねばならん。ユリアティエルの警護は彼の手の者が行ってくれている。確かノヴァイアスが彼との連絡手段を持っていた筈だ」
「では、ノヴァイアス殿に即刻王城に来るよう連絡をいたします」
カルセイランは時計を確認し、再びアウンゼンへと目を向けた。
「じきにアルパクシャドがこちらに転移する時間だろう。・・・行こう。彼にも話さねば」
「はい、殿下。参りましょう」
もはやその瞳には戸惑いも焦りも窺えない。
カルセイランは、ただ前を見据えていた。
カルセイランは、唸るような低い声で問い返した。
今しがた慌ただしくカルセイランの執務室にやって来たアウンゼンは、先ほど現れたサルトゥリアヌスと言葉を交わしたことを報告したところだった。
「はい、王太子殿下。彼の者はこのように言いました。貴方の愛しき方に、いよいよ狙いが定められた、と」
その言葉にカルセイランは一瞬、目を見開き、それから力なく項垂れ、手を額に当てた。
「いよいよ来てしまったか・・・ユリアティエルに再び矛先が向けられる時が」
それはカルセイランが最も恐れていた事だった。
期限まであとひと月と半を切った今、カルセイランの目には希望が現実となりかけていた。
だからこそだった。
たった今アウンゼンよりもたらされたその知らせは、カルセイランの心を深く抉った。
アウンゼンの顔色も心なしか青白い。
だが、彼がカルセイランを見つめる目に、まだ力は失われていなかった。
「王太子殿下。どうぞお気を強く持って下さいますように。彼の者はこのようにも言ったのです。『ここまであの女を追い詰めたのだ。最後まで見事に抗ってみせろ』と」
アウンゼンの告げた言葉に、カルセイランがぴくりと反応する。
「抗ってみせろ、と・・・そう言ったのか。あの男、サルトゥリアヌスが」
「そうです、王太子殿下。これは、我々が、まだあの女の成すことに抗えると考えるべきではないでしょうか」
カルセイランは、額に当てていた手をぐっと握りしめ、息を吐いた。
「・・・まだ、抗える・・・そうだな。そうだ、私たちはまだ闘える」
唇をきつく噛み、まるで己に言い聞かせるようにそう何度も呟く。
「そうだ。あの女はまだ私から精を得ることに成功していない。ならば、ユリアティエルの命を奪うことも阻める筈だ。・・・以前にノヴァイアスがそれを食い止めたように」
カルセイランは頭を軽く振ると執務机の椅子から立ち上がった。
「済まない。そしてありがとう、アウンゼン。今は弱気になっている時ではなかったな」
「とんでもございません」
カルセイランは顎に手を当て、少し考えてから口を開いた。
「ユリアティエルの居場所を報告するまでが役目だと、そうサルトゥリアヌスは言ったのだな? その先は関与しないと」
「左様でございます」
「・・・今、城内に残っているのは、ジークヴァインひとりだった筈、すぐに呼べるか?」
アウンゼンは頷いた。
「直ちに連絡します。ジークヴァイン殿は、認識阻害をかけた上で文官の一人として城内で動いていますので、すぐにこちらに来れるかと」
「頼む。・・・ノヴァイアスは夜にここに来る予定だったな。そしてカサンドロスは今、王都を離れている。となると・・・まずはノヴァイアスを呼ばねば」
カルセイランの考えを察したのか、アウンゼンの表情が少し明るくなる。
「分かりました、王太子殿下。では直ぐに」
「ああ。カサンドロスにも至急連絡を取らねばならん。ユリアティエルの警護は彼の手の者が行ってくれている。確かノヴァイアスが彼との連絡手段を持っていた筈だ」
「では、ノヴァイアス殿に即刻王城に来るよう連絡をいたします」
カルセイランは時計を確認し、再びアウンゼンへと目を向けた。
「じきにアルパクシャドがこちらに転移する時間だろう。・・・行こう。彼にも話さねば」
「はい、殿下。参りましょう」
もはやその瞳には戸惑いも焦りも窺えない。
カルセイランは、ただ前を見据えていた。
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