【完結】君は私を許してはいけない ーーー 永遠の贖罪

冬馬亮

文字の大きさ
上 下
129 / 183

まだ闘える

しおりを挟む
「・・・それは本当か?」


カルセイランは、唸るような低い声で問い返した。


今しがた慌ただしくカルセイランの執務室にやって来たアウンゼンは、先ほど現れたサルトゥリアヌスと言葉を交わしたことを報告したところだった。


「はい、王太子殿下。彼の者はこのように言いました。貴方の愛しき方に、いよいよ狙いが定められた、と」


その言葉にカルセイランは一瞬、目を見開き、それから力なく項垂れ、手を額に当てた。


「いよいよ来てしまったか・・・ユリアティエルに再び矛先が向けられる時が」


それはカルセイランが最も恐れていた事だった。

期限まであとひと月と半を切った今、カルセイランの目には希望が現実となりかけていた。

だからこそだった。

たった今アウンゼンよりもたらされたその知らせは、カルセイランの心を深く抉った。


アウンゼンの顔色も心なしか青白い。

だが、彼がカルセイランを見つめる目に、まだ力は失われていなかった。


「王太子殿下。どうぞお気を強く持って下さいますように。彼の者はこのようにも言ったのです。『ここまであの女を追い詰めたのだ。最後まで見事に抗ってみせろ』と」


アウンゼンの告げた言葉に、カルセイランがぴくりと反応する。


「抗ってみせろ、と・・・そう言ったのか。あの男、サルトゥリアヌスが」
「そうです、王太子殿下。これは、我々が、まだあの女の成すことに抗えると考えるべきではないでしょうか」


カルセイランは、額に当てていた手をぐっと握りしめ、息を吐いた。


「・・・まだ、抗える・・・そうだな。そうだ、私たちはまだ闘える」


唇をきつく噛み、まるで己に言い聞かせるようにそう何度も呟く。


「そうだ。あの女はまだ私から精を得ることに成功していない。ならば、ユリアティエルの命を奪うことも阻める筈だ。・・・以前にノヴァイアスがそれを食い止めたように」


カルセイランは頭を軽く振ると執務机の椅子から立ち上がった。


「済まない。そしてありがとう、アウンゼン。今は弱気になっている時ではなかったな」
「とんでもございません」


カルセイランは顎に手を当て、少し考えてから口を開いた。


「ユリアティエルの居場所を報告するまでが役目だと、そうサルトゥリアヌスは言ったのだな? その先は関与しないと」
「左様でございます」
「・・・今、城内に残っているのは、ジークヴァインひとりだった筈、すぐに呼べるか?」


アウンゼンは頷いた。


「直ちに連絡します。ジークヴァイン殿は、認識阻害をかけた上で文官の一人として城内で動いていますので、すぐにこちらに来れるかと」
「頼む。・・・ノヴァイアスは夜にここに来る予定だったな。そしてカサンドロスは今、王都を離れている。となると・・・まずはノヴァイアスを呼ばねば」


カルセイランの考えを察したのか、アウンゼンの表情が少し明るくなる。


「分かりました、王太子殿下。では直ぐに」
「ああ。カサンドロスにも至急連絡を取らねばならん。ユリアティエルの警護は彼の手の者が行ってくれている。確かノヴァイアスが彼との連絡手段を持っていた筈だ」
「では、ノヴァイアス殿に即刻王城に来るよう連絡をいたします」


カルセイランは時計を確認し、再びアウンゼンへと目を向けた。


「じきにアルパクシャドがこちらに転移する時間だろう。・・・行こう。彼にも話さねば」
「はい、殿下。参りましょう」



もはやその瞳には戸惑いも焦りも窺えない。


カルセイランは、ただ前を見据えていた。

しおりを挟む
感想 29

あなたにおすすめの小説

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

妻を蔑ろにしていた結果。

下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。 主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。 小説家になろう様でも投稿しています。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】 私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。 その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。 ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない 自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。 そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが―― ※ 他サイトでも投稿中   途中まで鬱展開続きます(注意)

【完結】365日後の花言葉

Ringo
恋愛
許せなかった。 幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。 あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。 “ごめんなさい” 言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの? ※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

【完結】愛してるなんて言うから

空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」  婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。  婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。 ――なんだそれ。ふざけてんのか。  わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。 第1部が恋物語。 第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ! ※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。  苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷 ※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

【完結】魅了が解けたので貴方に興味はございません。

恋愛
「こんなに、こんなにこんなに愛してるのに……!!」 公爵令嬢のサラは婚約者である王太子を盲目的に愛していた。どんなに酷くされても嫌いになれない、そんな感情で狂いそうになりながらも王太子への愛だけを信じ続けてきた。 あるパーティーの夜、大勢の前で辱しめを受けたサラの元に一人の青年が声をかける。どうやらサラは長年、ある人物に魅了と呼ばれる魔術をかけられていた。魔術が解けると…… 「……あれ?何で私、あんなクズのこと愛してたのかしら」 目が覚めた公爵令嬢の反撃が始まる。 ※未完作品のリメイク版。一部内容や表現を修正しております。執筆完了済み。

処理中です...