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抗え
しおりを挟む昨日、報告のためにミネルヴァリハに向かったアルパクシャドがこちらに戻ってくるのがあと半刻ほど後。
アウンゼンは、その準備を整え終え、カルセイランに報告に向かうところだった。
そうして王太子の執務室へと続く廊下に足を踏み入れた時、背後からの声がした。
「おや、祭司どの」
振り返れば、面識のない男が立っている。
だが、認識阻害を使って本物と入れ替わっている以上、アウンゼンにとってたとえ見覚えがない人物でも迂闊な返事は出来ない。
さて、どうしたものか、と考えていたところで、相手の男が楽しそうに片眉を上げた。
「・・・今日は王医ではないのですね」
「・・・っ!」
アウンゼンの表情は変わらなかった。
いや、変えなかった。
だが、内心では様々な憶測が駆け巡る。
この男は一体何者なのか。
どうする?
このまま黙りを決め込むべきか?
それとも探りを入れるべきなのか。
男は、薄い笑みを貼り付けたような表情でアウンゼンを見つめ、それから口を開いた。
「・・・ずっと認識阻害を使っていると、本当の姿に戻りたくはならないのですか?」
「・・・っ!」
「ああ、でも深夜の会合の時には元の姿に戻っていましたね。銀色の髪に銀色の瞳、そして銀色のローブを纏う姿には荘厳な思いさえ湧きましたよ」
ぶわっと肌が粟立った。
何故、知っている?
いつ、どこで見られた?
この男は ---
警戒も露わな眼で相手を見遣ると、男はふ、と笑みを漏らした。
「王太子殿下にお伝えください。・・・貴方の愛しき方に、いよいよ狙いが定められたと」
「・・・なっ、! それは・・・っ」
思わず反応して出かけた言葉を呑み込み、アウンゼンは目の前の男を見据えた。
この男は敵か、それとも味方なのか。
「あの女に居場所を報告する迄が私の役目です。そこから先、私は関与しません。・・・お分かりですね?」
戸惑いと焦りを押し隠すアウンゼンを受け、男もまた真っ直ぐにアウンゼンを見返した。
その顔には、もはや笑みは浮かんでいない。
「備えは勿論してあった筈。そしてこうなった時の策も考えていなかった訳ではありますまい?」
すっと眼が細められる。
アウンゼンはどう動くのが正解かを未だ悩みながら、ごくりと唾を飲んだ。
アウンゼンの無言を肯定と受け取ったのか、男は再び口を開いた。
だが、その口調も声音もガラリと変わる。
「であれば、その策を速やかに実行に移すことだ」
「・・・!」
刹那、アウンゼンは理解した。
目の前の男が誰であるのかを。
「貴様・・・サルトゥリアヌスか・・・」
男の口角が僅かに上がる。
「確かに伝えたぞ、アウンゼン」
そうしてサルトゥリアヌスは身を翻す。
だが、数歩先で足を止め、振り返ってこう言った。
「ここまで抵抗し、あの女を追い詰めたのだ。最後まで見事に抗ってみせるがいい」
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