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王医の診察
しおりを挟む「・・・っ、そういう話をしてるんじゃないって分かってるでしょう・・・っ!」
ヴァルハリラの感情的な声は鏡越しに反響し、サルトゥリアヌスがいる空間にも木霊した。
「・・・ここまでひと月と十三日か。まあ、保った方かな」
そう呟くサルトゥリアヌスの口元に、薄い笑みが浮かぶ。
「さあ、いよいよ王太子妃が暴れそうだ。どう動くかな、静かな怒りを秘めた王太子殿下は」
楽しげなその姿は、やがて闇の中へとゆっくり溶けていった。
「ですから、お医者さまに診てもらってください。絶対におかしいですわ。きっと男性としての機能が働いていないのです! 一刻も早くお医者さまを呼んで治して頂かないと!」
もうふた月もない。
ヴァルハリラは鬼の形相でカルセイランに診察を迫っていた。
このままカルセイランの雄が勃たなければ、精を注がれる事で満了する筈の契約は失敗と見なされる。
疲れている。
忙しいのだ。
調子が悪い。
今夜はそちらに行けない。
また明日にでも。
最初からそんな言い訳を許さなければよかった。
もっと無理を言うべきだったのだ。
前は抱けたと言うから。
だからいつかは、どうせ直ぐに、と軽く考えていた。
だが違う。
たとえ以前はそうじゃなかったとしても、今のカルセイランは間違いなく不能だ。そうに違いない。
ならば、このままにしておいても精を注がれる日は永久にやって来ない。
そうなったら。
そうなったら、契約はどうなるの?
・・・対価は?
「・・・王太子妃よ、焦らなくても大丈夫だ。今は上手くいかなくても、いずれ私たちは必ず結ばれるに違いない」
だが、王太子は自分の雄に何か問題があるとも考えていない様だ。
だから今も、事もなげに断りを入れようとする。
ヴァルハリラはそんなカルセイランに強い怒りを覚えた。
その声は、もはや叫びに近かった。
「・・・いいえ! いいえ、それはなりません! 早く診察をお受けください。わたくしがどんな気持ちで夜を過ごしているか、少しは考えてくださいませ!」
カルセイランの眼がすっと細められる。
「どんな気持ちで夜を過ごしているか・・・か。成程」
「・・・分かって下さいますか?」
「ああ。よく分かるよ。分かるとも、その気持ちは。では、仕方ない、医者に診てもらおうか」
うっすらと笑みを浮かべながら診察に同意したカルセイランに、ヴァルハリラは安堵の息を吐いた。
「では、是非とも今すぐ」
「・・・今?」
「ええ。よろしいでしょう? だって、わたくしたち初夜もまだ済ませておりませんのよ?」
少しの間考えて、カルセイランは頷いた。
「流石に執務室では受けたくないな。私室に移動して、そこで診てもらおう」
そう言うと、カルセイランはすぐに人を呼び、王医の手配を頼んだのだった。
これでどうにかなる、ヴァルハリラはそう安堵したのだ。
なのに。
「・・・何ですって?」
自分の耳が信じられなかった。
「ですから、殿下の男性機能には何の問題もなかったとそう申し上げたのです」
目の前の王医は、至極真面目な表情でヴァルハリラにそう告げた。
「・・・嘘よ」
「嘘ではございません。王医である私の診断をお疑いになるのですか?」
ヴァルハリラの発言に、王医の目が眇められる。
「だって今まで、何をしてもいつも・・・」
「それは殿下のお身体に何か問題があるからではありません。それだけは確かです」
「・・・何が言いたいの?」
「いえ。ただ、殿下のお身体に何の問題もない以上、夫婦の営みが出来ない理由は妃殿下の側にあるのではないかと・・・」
「ち、違うわよ! 何をやっても本当に勃たなかったの、本当よ!」
ヴァルハリラは大声で叫び、隣室にいるカルセイランの元に駆け込んだ。
驚いた王医も、後を追って入室する。
衣服を整えていたカルセイランが、彼らの入室に気付いて顔を上げた。
「ああ、妃か。診察の結果は聞いたかい? 何の問題もないそうだよ。これで安心だろう?」
「・・・」
「どうした? 私の身体を心配してくれていたのでは?」
「・・・はい」
男性機能に何の問題もない。
「問題がないのなら・・・良うごさいました・・・」
それは安堵すべき結果だ。そう、その筈だ。
なのにヴァルハリラは唇を噛む。
そして言いようのない不安を覚えたのだ。
そしてその不安はやはりその夜に的中した。
ベッドの上、ヴァルハリラはひとり呆然としていた。
「・・・どうして・・・」
そんな呟きを拾い、傍に座るカルセイランが静かに答える。
「・・・どうしてだろうね。私も知りたいよ」
そう。
カルセイランの雄は、今夜もまた、ぴくりとも反応しなかったのだ。
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