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媚薬の効果

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「・・・サルトゥリアヌス。どこよ? 出て来なさい、今すぐ」


鏡に映った自分の姿に、そう語りかける。


苛々は、とうに沸点を超えていた。


それでも声を荒げることなくサルトゥリアヌスの名を呼ぶ姿は、その人物がヴァルハリラである事を考えると、およそ似つかわしくないものだった。


やがて、呼びかけた鏡に映る影が揺れ、ヴァルハリラではないものへと変わる。


「・・・お呼びですか」


返ってきたのは、サルトゥリアヌスの声だった。


「余計な挨拶はいらないわ。すぐにここに来て。話があるの」
「ほう」

サルトゥリアヌスは目を細めた。


「・・・分かりました。それでは今すぐにでもそちらに参りましょう」


感情を伺わせない平坦な声が鏡から返ってきた。


鏡から眩い光が漏れ出し、部屋全体遠覆ったかと思えば一瞬でそれが消える。


そして鏡の前にはサルトゥリアヌスが立っていた。


「貴方には言いたい事が色々あるのよ」


開口一番、ヴァルハリラは唸り声に近い、低い声で話し始める。

「おや、そうなのですか?」
「当たり前じゃない!」


バンッとテーブルを叩いた。

あまりの勢いに、置いてあった香油の瓶がカタンと倒れる。


「貴方が用意した媚薬、どれも効かなかったわ! カルセイランさまにどれだけ飲ませても何も変わらなかったのよ! それも全種類! 貴方まさか偽物を用意したんじゃないでしょうね?」

サルトゥリアヌスが面白そうに片眉を上げた。


「偽物を用意? この私が? まさか」
「だって!」
「あれは全てれっきとした本物ですよ。何だったら試してみます? そしたら直ぐに分かりますよ。本物だと」
「なによ、私に飲めって言うの?」


ぎろりと睨みつけたヴァルハリラに、呆れたような視線を返す。


「愚かなことを。今の貴女は人外、斯くいう私も人外です。媚薬が効く筈もない。侍女なり下男なりを呼んで飲ませてみればいいのです。直ぐに効果が確認出来るでしょう・・・ただし」


サルトゥリアヌスは、にこりと笑って指を立てた。


「飲ませたからには、後処理もきちんとしてあげませんとね。侍女を呼ぶのならば私が、下男ならば貴女が相手すればいいでしょう」


そうして両手を広げ、「如何です?」と問うた。







「・・・ご納得いただけましたか? どれも本物でしたでしょう?」


寛げたトラウザの前合わせを留めながら、サルトゥリアヌスは振り返る。


同じく乱れた服を整えていたヴァルハリラが、悔しそうに頷いた。


部屋の中には、顔を紅潮させ、意識が朦朧としたまま横たわる男たちや女たちが、ベットや床に何人も転がっている。


「全く無駄なことを。ご自身の女としての魅力の無さを棚に上げて私に文句をつけるから、こんな事をする羽目になるのです」
「・・・は?」


スカート部分を直していたヴァルハリラが、信じられないとでも言いたげに目を剥いた。


「今、何て?」
「おや、聞こえませんでしたか? ご自身の女としての魅力の無さを棚に上げて文句をつけるからこんな事をする羽目になる、と申し上げたのです」
「な、何ですって・・・っ! サルトゥリアヌス、貴方・・・」
「ですが、それが事実でしょう?」


正面から視線をぶつけられ、ヴァルハリラはぐっと言葉を呑み込んだ。


「ご覧の通り媚薬は全て本物です。それでも王太子殿下には効かなかった。いえ、媚薬を盛られても貴女を抱く気にならなかったと言う方が正しいでしょう」
「・・・黙りなさい」


だがサルトゥリアヌスは構わず言葉を続けた。


「媚薬が偽物だと謂れのない文句をつけるより、夫の目に魅力的に映る努力をする方が先ではないですか?」
「黙りなさい」


ヴァルハリラはぎろりと睨みつける。

だが勿論、ここでサルトゥリアヌスが黙る筈もない。


「はあ、困りましたね。媚薬に頼っても駄目となると、最早打つ手はございませんな。契約満了まであとふた月もないというのに、一体どうなさるおつもりですか? これはやはり・・・」
「黙りなさいって言ってるのよ!」
「おやおや」


サルトゥリアヌスは口を閉じると、薄笑いを浮かべながら軽く両手を上げた。

それから頭を下げて礼をして、姿を消す。


「・・・なによ。何で許可もなくいなくなるのよ?」


悔し紛れに呟くと、頭の中に声が響いた。


--- 黙れと言ったのは貴女ではないですか ---

--- もう話すこともないのでしょう? ああ、使用人たちの記憶は消してありますからご心配なく ---



「・・・っ、そういう話をしてるんじゃないって分かってるでしょう・・・っ!」


絞り出すような声が室内に響く。




契約の期限までふた月を切った。

正確には、あとひと月と二十七日である。



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