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油断はしない
しおりを挟むカルセイランは国王の執務室に来ていた。
カルセイランの他には、国王、それにアルパクシャドと彼が連れてきた術師アウンゼン、そしてカサンドロスとノヴァイアス、それにジークヴァイン・アデルハイデンの七人の姿があった。
「・・・今のところ、何とか躱せているようだな、カルセイラン」
申し訳なさを滲ませつつ、国王トルストフが声をかけた。
「はや、ひと月以上が過ぎたか」
「ええ。いよいよ焦っている事でしょう。なにせ契約の期限まで、もうふた月を切っていますから」
ジークヴァインのその言葉に、そこにいる全員が一斉に頷く。
「媚薬も効かないとなっては、あの女もさぞや焦ったでしょうな」
「ああ。散々試されたがな。どれも効かないと分かって、酷く驚いていたよ」
カルセイランの声は、至極淡々としたものだった。
「アルパクシャドの魔道具を身につけている事には気づかれていませんか?」
カサンドロスの問いに、カルセイランは首を横に振る。
「その様子は無いな。二年前はどこに隠し持っていても目ざとく見つけられ、破壊されていたのだが、随分な変わり様だ」
カルセイランは不思議だと言いたげにそう呟くが、そこで何かに気づいたようにはっと振り返ってノヴァイアスを見た。
「・・・そうか。今はお前がこちら側にいるから・・・」
「・・・カルセイランさま。あの時は、本当に・・・」
「いや、却って心強さが増した。そうだな。我々はあの時よりも随分と有利な立場で闘えているのだな」
あの時は、ひとりだった。
未だ要として掴めずにいた敵に、強大すぎる力。
不安に押しつぶされそうになりながら、必死に抗っていた。
だが今は。
カルセイランはこの場にいる一同を見回した。
「今は、こんなにも力強い面々に助けられている」
もうあとふた月もない。
カルセイランは、アルパクシャドが連れてきた術師アウンゼンに目を向けた。
「アウンゼン、貴方の助力も大きい。お陰で考えていた事柄を実行に移せた。結果はあとふた月程後になるが・・・心から感謝している」
「勿体ないお言葉です」
北方から来たというアウンゼンは、透き通るような白い肌にユリアティエルの色に近い白銀の髪、そして同じく白銀の瞳をした細身の男だった。
術師の証である白銀のロープを見に纏うと、全身がまるで氷で覆われているかのような冷ややかさを放つ。
だが、その見た目とは裏腹に、アルパクシャドからの連絡を受けて直ぐに応援に駆けつけるような温かい人柄の持ち主だった。
カルセイランは笑みを返すと、次にアルパクシャドに目を向けた。
「頼んでいたものはどうなった?」
アルパクシャドは恭しく頭を下げた。
「は。全て整えまして、配布済みでございます。流石に量が多すぎて、最中に少々魔力切れを起こしかけましたが」
「・・・それは済まなかったな」
無理な注文に頑張って応えた事をあっさりと指摘され、カルセイランは苦笑を隠せない。
「王太子殿下、気にされることはありません。そいつには多少無理を言っても大丈夫ですから。散々、アータザークセス王の無茶振りにも応えてきた男です」
「おい、カサン。けしかける様な事を言うな。本当に魔力切れを起こしたらどうする」
カサンドロスが茶々を入れるが、アルパクシャドは笑って躱していた。
「それはそうと」
ジークヴァインが口を開く。
「あの女は、字を読めない事がバレたとはまだ思っていないのでしょうか」
その問いに、カルセイランは思わず呆れた声を出してしまう。
「その様だ。まぁ、私としては、あの一件以降、暫くの間大人しくなったから助かったけれどね」
「はあ。しかし、よくもそれで王太子妃になりたいなどと言えたものです。初めてそれを聞いた時には呆れてしまいましたよ」
そう、ひと月近く前に起きた執務室での騒ぎについて耳にした時、ヴァルハリラが字を読めないという事実に誰もが驚きを隠せなかったのだ。
何が理由で文字を学ばなかったのか彼らは知る由もないが、署名だけは出来るあたり、能力が欠けているという訳ではないのだろうと判断した。
「お陰で暫くの間、時間を稼げたのも事実。アレに良識など通じない。それはもう分かりきっているだろう?」
そう言うと、乾いた笑いがその場に漏れた。
「・・・ですが油断はなりません。期限が刻々と迫る今、更になりふりを構わなくなる筈ですから」
不安をのぞかせるノヴァイアスに、カルセイランは頷きを返した。
「分かっているよ、ノヴァイアス。あの女も、そろそろ何か仕掛けてくる頃合いだろう。恐らくはサルトゥリアヌスを呼びつけ、こちらを探らせる腹ではないかと踏んでいるのだが・・・」
カルセイランが口にした人物の名に、アルパクシャドらが反応した。
「サルトゥリアヌス、ですか。まだ私は名前だけしか知らないのですが、確か以前話に聞いた人外でしたね」
「なかなかに面白い立ち回りをすると聞いています。一度会ってみたいものですな」
術師としての興味なのだろう、それに魔樹に関する情報も耳新しかった様で、二人はしきりと彼の話を聞きたがっていた。
「あの男はヴァルハリラ自身を対価として連れ帰りたいようだから、何かの気まぐれで姿を現す事もあるかもしれないが、味方ではないからな。いつ現れるのかも予想出来ないのだ」
そこまで説明して、カルセイランは何かに気づいたようにカサンドロスの方を振り向いた。
「カサンドロス。ユリアティエルの安全は確保してあると聞いたが」
「ええ」
カサンドロスは、カルセイランの真剣な眼差しを真っ直ぐに見返した。
「二重三重に守りを固めています」
「そうか、ありがとう。だが引き続き警戒を頼む。あの女にとって思う様に事が進まない今、どこに怒りの矛先が向かうか分からない」
「承知しました」
カルセイランは頭を下げるカサンドロスをじっと見つめながら自戒した。
どんな辱めであろうと、それが自分に向けられているものならば構わない。寧ろ望むところだ。
最悪なのは、その悪意がユリアティエルに向かうこと。それだけだ。
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