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王太子の務め 王太子妃の務め

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「王太子妃さま。王太子殿下よりご伝言でございます」

夜になって現れた侍女の言葉に、ヴァルハリラは不機嫌を隠そうともせずに振り向いた。

「・・・何よ」

侍女は恭しく頭を下げたまま、口を開く。


「今夜は予定していた政務が終わらなかったため戻るのが遅くなる、先に休んでいるように、とのことでございます」
「・・・なんですって?」
「きゃっ・・・っ」


かっと頭に血が上ったヴァルハリラは、扉近くにいた侍女を突き飛ばし、勢いよく部屋を出ていった。


肌が透けて見える薄地の夜着のまま。


「王太子妃さまっ、せめてガウンを・・・っ」
「煩い」

ガウンを手に追いかける侍女を無視し、肌が透けて見える薄い夜着のまま、カルセイランの執務室へとずんずん進む。


もう十日。いえ、まだ十日。

まだ時間は十分にあるわ。



・・・だけど、ここに来て何故、うまくいかない事ばかり続くの?



カルセイランの雄芯は、未だ一度も勃ちあがったことがない。


手で、口で、胸で、直に秘部にあてて、それでも。

どれほど刺激を与えてもピクリとも反応しない。



そしてカルセイランは、いつも不思議そうに首を傾げるのだ。


 --- おかしいな。どうも君とだとうまくいかない ---



そんな筈、ないでしょう・・・っ!


昨夜は媚薬を盛った。


それなのに・・・。


ヴァルハリラは唇をきつく噛み、恐ろしい形相でツカツカと廊下を進んで行った。



婚約者だった時から毎日のように通った部屋へと。


途中、護衛騎士たちと何人もすれ違うが、そのあられもない姿に、皆、慌てて顔を伏せる。


その隙に、ヴァルハリラは扉の前まで来た。


バンッと勢いよく扉を開けると、山のように積まれた書類を前にペンを握る夫の姿があった。


「・・・カルセイランさま」
「ああ、君か。どうしたんだい?」


ペンを持つ手を休めることなく、カルセイランは問いかけた。


ヴァルハリラは、そっと手で目元を抑え、口を開く。


「あんまりですわ・・・っ。結婚したばかりの妻を放っておくなんて。夫のいないベッドでひとり寂しく寝ろと仰るの?」
「・・・君の言いたい事は分かるけどね。今夜は聞き分けてくれないか? 見ての通り、書類が溜まってしまっていてね」


カルセイランは、新妻に視線を向ける事なく返答する。


「妻よりも仕事を取るのですか? 明日でよろしいではありせんか」
「よろしくないから今やってるんだよ」
「・・・カルセイランさまっ!」


怒りがこみ上げ、思わず両手をバンッと机に叩きつけた。


あまりの勢いに、重ねていた書類が数枚、宙を舞う。


「・・・なんだい?」


ここで漸くカルセイランは顔を上げた。


「なんだい、ではありませんっ! 妻を蔑ろにして良いと思ってらっしゃるの?」
「良いなんて思っていない。当たり前じゃないか」
「でしたら、わたくしと一緒に寝室に来てください。貴方の子を産むのが王太子妃であるわたくしの務めなのです。貴方も王太子としての務めを果たしてください」
「・・・王太子の務めと言われるなら仕方ないね」


その答えになってヴァルハリラが満足して笑みを浮かべたその瞬間、カルセイランが続けてこう言った。


「では、その務めを果たす為この仕事を手伝ってもらえるかな。そうすれば早く寝室に戻れる」
「・・・はぁ?」


カルセイランは立ち上がり、ヴァルハリラが吹き飛ばした書類を一枚一枚拾い集める。


「これ全部ね、明日の朝一番に閣僚との会議で使うものなんだ」


ヴァルハリラの方に振り向いて微笑む。


「徹夜になるかと覚悟していたけど、君が手伝ってくれるならその半分で終わるだろう。そうしたらベッドで、今夜こそ私も王太子の務めを果たすことが出来るかもしれないね」


ヴァルハリラは途端に落ち着きがなくなり、そわそわし始めた。


「・・・あ,あの、わたくし前にも申し上げたでしょう? 政治には興味がありませんの」
「ああ、知っているとも」


拾い集めた書類を、元の机の上に置き直した。


「知っているからこそ、たとえ徹夜になろうとも一人で頑張ろうと思っていたんだ。・・・でも、そこまで君が王太子妃としての務めを果たしたいと願っているのならば、応えるのもまた王太子である私の務めだろう?」


椅子に座り直し、再びペンを取る。

「何と言っても、そんな格好で城内を歩き回るくらいだ。私を手伝うために、はしたない姿も気にせずに駆けつけてくれたんだね。・・・とても嬉しいよ」


ヴァルハリラは、先ほどまでの剣幕はどこに行ったのか、顔色を悪くして視線を泳がせている。


「君がその気ならば私としても大助かりだ。じゃあ早速だけど、内容を確認して種類別に分けてくれるかな」
「カルセイランさま・・・あの、わたくし・・・」
「うん? なんだい?」


カルセイランがにっこりと微笑みを返す。


「王太子妃として務めを果たしたいのだろう?」

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