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アータザークセスの言葉
しおりを挟む「いきなりで申し訳ありません。少々確認したい事がございまして」
ジークヴァインが滞在する部屋に現れたアルパクシャドは、そう言って頭を下げた。
「いえ、とんでもありません。頭をお上げください、アルパクシャド殿」
ジークヴァインは慌ててソファを指して着座を促した。
「かたじけない」
二人掛け用のソファに座り、対面に座したジークヴァインに目を向けたアルパクシャドは、「早速ですが」と話を切り出した。
「特使どの。確か、御国王太子の以前の婚約者は貴殿のお嬢さまであったと記憶しておりますが、それに間違いはありませんか?」
「・・・その通りです。我が娘、ユリアティエルが王太子殿下の最初の婚約者でした」
「そうですか、やはり・・・」
聞けば、昨日の会談の際にヴァルハリラの名が出たときから気になっていたらしい。
「確か二年ほど前でしたね。突然の解消の発表に、我々もたいそう驚いたのです。なにせお嬢さまの評判は、我が国にまで届く程でしたから・・・たいへん美しく聡明なご令嬢であると」
「お褒めに与り恐縮です」
頭を下げたジークに、アルパクシャドは気遣わしげな視線を送る。
「・・・その方は今もご無事でしょうか?」
その質問に、ジークヴァインは何と答えるべきか逡巡する。
あれを無事と称するべきか、生きているのだから良しと言っても構わないのだろうか。
心に受けた傷は、当人にしか測り知れないけれども。
「やはり何か・・・あったのですね」
沈黙が答えとなってしまったようだ。
ジークは慌てて口を開いた。
「・・・生きてはおります。何もかも失いはしましたが」
何とか振り絞った声に、アルパクシャドは悲痛な表情を浮かべた。
「そう、ですか。・・・こう言ってはなんですが、恐らく生き延びるだけでも相当な困難があった事でしょう。・・・お嬢さまは、耐え忍ばれたのですね。いえ、特使どのも勿論ですが」
ジークヴァインは、一瞬、視界が涙で滲みそうになったが、それをかろうじて堪えた。
「・・・時として、死を選ぶ方が容易である場合が多々あります。娘がそれを選ばなかったこと・・・今回の件に関しそれだけは喜んでおります」
「そうですね。私もそう思います」
アルパクシャドは頷きを返すと姿勢を正し、ジークヴァインを真っ直ぐに見た。
「特使どの。我がミネルヴァリハ王国の王、アータザークセスよりお言葉を預かりました。我が国は、御国王太子であるカルセイラン殿下の決定を心から支持するとの事です」
その言葉に、ジークヴァインが思わず安堵の息を漏らす。
「ですが」
アルパクシャドの声が続いた。
「国家間の取り決めであるため、助けを差し伸べるにあたり、全く見返りを求めないということではありません。アータザークセス王は、三つ求めると仰っておられます」
ジークヴァインは頷いた。
「伺いましょう」
アルパクシャドは正面のテーブルに、一枚の書面を置いた。
「ひとつ」
そして、そこに書かれた三つの要求事項を上からひとつずつ読み上げていく。
ジークヴァインは、それに頷きを返しながら書面の文字を目で追っていった。
ガゼルハイノン国特産の鉱石をミネルヴァリハ王国に優先的に輸出する権利を五年の間与えること。
「ふたつ。ガゼルハイノン王国とミネルヴァリハ王国間で恒久的な友好条約を締結すること」
そして。
「みっつ」
アルパクシャドが最後の項目を読み上げる。
「全てが終わった暁には、我が国の王女と御国の王太子との婚約を整え、両国間の結びつきをより強固にすること」
「・・・」
ジークヴァインは一瞬、呼吸を忘れた。
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