上 下
106 / 183

謁見

しおりを挟む
謁見の間に現れたのは一人の整った容姿の男。

記憶にある姿より随分と痩せたように思える、そうアルパクシャドは思った。
ガゼルハイノン王国からここまで、どれだけ急いだとしても馬でおよそ十日はかかる。

その表情に疲労の色が浮かんでいるのも無理からぬことなのだろう。

じっと様子を観察していたアルパクシャドと、ジークヴァインの視線が一瞬、絡み合う。
すると、ジークヴァインは落ち着いた表情のまま、自分を見つめていた褐色の肌の術師に軽く一礼した。

かつてガゼルハイノン王国宰相として王城でアルパクシャドをもてなした男、その後、王太子カルセイランの代理としてアルパクシャドと秘密裏に連絡を取っていた男は、ここに到着したことに心から安堵しているようだった。

アルパクシャドは、己の眼に魔力を込めて使者の姿を精査する。
間違いない、ジークヴァイン・アデルハイデン公爵その人だ。

当人であることを確認すると、アルパクシャドは王に視線で合図を送る。王はそれを受けて人払いを行った。

非公式の謁見を事前に申し込まれていたため、その場に残ったのはアルパクシャドと国王、そして宰相、特使であるジークヴァインの四人だけだ。騎士たちは扉の外で控えさせた。

「遠路はるばるご苦労。ミネルヴァリハ王国の王アータザークセスより、歓迎の言葉を述べよう」
「ガゼルハイノン王国より参りましたジークヴァイン・アデルハイデンにございます。ミネルヴァリハ王国の王アータザークセスさまにご挨拶を申し上げます。王の上に平安がありますように」

ジークヴァインは、礼を取って下げていた頭を、その言葉と共にさらに深くする。

「ガゼルハイノン国とは一年以上前に国交がほぼ途絶えてしまい、非常に残念に思っていた。突然ではあったが、こうしてまた貴国からの使者をお迎えできて嬉しく思う」
「いきなりの訪問にも関わらず、こうして温かく迎えていただき、有難たく存じます」
「使者殿、面を上げよ」
「はっ」

ジークヴァインはゆっくりと頭を上げた。
アータザークセスは、値踏みをするかの様な視線をジークヴァインに注ぐ。

「・・・それでは聞かせてもらおうか。貴殿は我が国に良い知らせをもたらす使者か、それとも悪い知らせを運んで来たか」
「私が携えて来たものが御国にとって良い知らせか、悪い知らせかは私自身では判断いたしかねます。ですが我が国にとっては確かに悪い知らせと言えましょう。と申しますのも、今、我が国は未曽有の危機に直面しているからでございます」
「・・・ほう」

アータザークセスは掌で顎を撫でた。

「未曽有の危機とは、穏やかではない」
「陛下」

ジークヴァインは、先ほどからずっと手に持っていた封書を国王に向かって差し出した。

「どうぞ、こちらを」

それを宰相が受け取る。
封を開け、危険物が入っていないかを確認した後、漸くアータザークセスの手に渡った。

アータザークセスは、封書を差し出した人物が誰であるかに気付き片眉を上げる。

「確かに玉璽が押されているが、これを出したのは国王ではなく王太子とはな・・・」
「恐れながら申し上げます」

ジークヴァインが発言を求めた。
アータザークセスが頷いたのを確認してから、再び口を開く。

「私は、我が国の国王ではなく王太子からの親書となった理由が書かれているかどうかは存じません。ですが・・・」

顔はそのまま国王アータザークセスに向け、視線だけをちらりとアルパクシャドに送る。

「アルパクシャド殿を通して、我が国の状態を陛下はある程度予測しておられた事でしょう・・・二年前、遥かに小規模ではございましたが、既に問題の片鱗が見えておりましたので」

アルパクシャドは、その視線に頷きを返すと口を開いた。

「問題の片鱗・・・そうですね。確かあの時は、王太子殿下に『傀儡』の術をかける不穏な輩がおりました。そして今、封書の差出人が国王ではなく王太子からということは、現在『傀儡』の術中にあるのは国王陛下という事でしょうか」
「それは正解でもあり、不正解でもあります」

アルパクシャドの問いに対するジークヴァインの返答は、端的なものだった。

「ほう、と言うと?」

アータザークセスが続きを促す。
だが、ジークヴァインが口から出た言葉は、彼らの予想を遥かに超えるものだった。

「国王陛下だけではありません。現在、王家、臣民を含むガゼルハイノン王国のほぼ全員が、ある者のかけた『傀儡』による支配下に置かれているのです」



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

あの日、さようならと言って微笑んだ彼女を僕は一生忘れることはないだろう

まるまる⭐️
恋愛
僕に向かって微笑みながら「さようなら」と告げた彼女は、そのままゆっくりと自身の体重を後ろへと移動し、バルコニーから落ちていった‥ ***** 僕と彼女は幼い頃からの婚約者だった。 僕は彼女がずっと、僕を支えるために努力してくれていたのを知っていたのに‥

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈 
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

【完結】愛に裏切られた私と、愛を諦めなかった元夫

紫崎 藍華
恋愛
政略結婚だったにも関わらず、スティーヴンはイルマに浮気し、妻のミシェルを捨てた。 スティーヴンは政略結婚の重要性を理解できていなかった。 そのような男の愛が許されるはずないのだが、彼は愛を貫いた。 捨てられたミシェルも貴族という立場に翻弄されつつも、一つの答えを見出した。

恋人に捨てられた私のそれから

能登原あめ
恋愛
* R15、シリアスです。センシティブな内容を含みますのでタグにご注意下さい。  伯爵令嬢のカトリオーナは、恋人ジョン・ジョーに子どもを授かったことを伝えた。  婚約はしていなかったけど、もうすぐ女学校も卒業。  恋人は年上で貿易会社の社長をしていて、このまま結婚するものだと思っていたから。 「俺の子のはずはない」  恋人はとても冷たい眼差しを向けてくる。 「ジョン・ジョー、信じて。あなたの子なの」  だけどカトリオーナは捨てられた――。 * およそ8話程度 * Canva様で作成した表紙を使用しております。 * コメント欄のネタバレ配慮してませんので、お気をつけください。 * 別名義で投稿したお話の加筆修正版です。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

処理中です...