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謁見
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謁見の間に現れたのは一人の整った容姿の男。
記憶にある姿より随分と痩せたように思える、そうアルパクシャドは思った。
ガゼルハイノン王国からここまで、どれだけ急いだとしても馬でおよそ十日はかかる。
その表情に疲労の色が浮かんでいるのも無理からぬことなのだろう。
じっと様子を観察していたアルパクシャドと、ジークヴァインの視線が一瞬、絡み合う。
すると、ジークヴァインは落ち着いた表情のまま、自分を見つめていた褐色の肌の術師に軽く一礼した。
かつてガゼルハイノン王国宰相として王城でアルパクシャドをもてなした男、その後、王太子カルセイランの代理としてアルパクシャドと秘密裏に連絡を取っていた男は、ここに到着したことに心から安堵しているようだった。
アルパクシャドは、己の眼に魔力を込めて使者の姿を精査する。
間違いない、ジークヴァイン・アデルハイデン公爵その人だ。
当人であることを確認すると、アルパクシャドは王に視線で合図を送る。王はそれを受けて人払いを行った。
非公式の謁見を事前に申し込まれていたため、その場に残ったのはアルパクシャドと国王、そして宰相、特使であるジークヴァインの四人だけだ。騎士たちは扉の外で控えさせた。
「遠路はるばるご苦労。ミネルヴァリハ王国の王アータザークセスより、歓迎の言葉を述べよう」
「ガゼルハイノン王国より参りましたジークヴァイン・アデルハイデンにございます。ミネルヴァリハ王国の王アータザークセスさまにご挨拶を申し上げます。王の上に平安がありますように」
ジークヴァインは、礼を取って下げていた頭を、その言葉と共にさらに深くする。
「ガゼルハイノン国とは一年以上前に国交がほぼ途絶えてしまい、非常に残念に思っていた。突然ではあったが、こうしてまた貴国からの使者をお迎えできて嬉しく思う」
「いきなりの訪問にも関わらず、こうして温かく迎えていただき、有難たく存じます」
「使者殿、面を上げよ」
「はっ」
ジークヴァインはゆっくりと頭を上げた。
アータザークセスは、値踏みをするかの様な視線をジークヴァインに注ぐ。
「・・・それでは聞かせてもらおうか。貴殿は我が国に良い知らせをもたらす使者か、それとも悪い知らせを運んで来たか」
「私が携えて来たものが御国にとって良い知らせか、悪い知らせかは私自身では判断いたしかねます。ですが我が国にとっては確かに悪い知らせと言えましょう。と申しますのも、今、我が国は未曽有の危機に直面しているからでございます」
「・・・ほう」
アータザークセスは掌で顎を撫でた。
「未曽有の危機とは、穏やかではない」
「陛下」
ジークヴァインは、先ほどからずっと手に持っていた封書を国王に向かって差し出した。
「どうぞ、こちらを」
それを宰相が受け取る。
封を開け、危険物が入っていないかを確認した後、漸くアータザークセスの手に渡った。
アータザークセスは、封書を差し出した人物が誰であるかに気付き片眉を上げる。
「確かに玉璽が押されているが、これを出したのは国王ではなく王太子とはな・・・」
「恐れながら申し上げます」
ジークヴァインが発言を求めた。
アータザークセスが頷いたのを確認してから、再び口を開く。
「私は、我が国の国王ではなく王太子からの親書となった理由が書かれているかどうかは存じません。ですが・・・」
顔はそのまま国王アータザークセスに向け、視線だけをちらりとアルパクシャドに送る。
「アルパクシャド殿を通して、我が国の状態を陛下はある程度予測しておられた事でしょう・・・二年前、遥かに小規模ではございましたが、既に問題の片鱗が見えておりましたので」
アルパクシャドは、その視線に頷きを返すと口を開いた。
「問題の片鱗・・・そうですね。確かあの時は、王太子殿下に『傀儡』の術をかける不穏な輩がおりました。そして今、封書の差出人が国王ではなく王太子からということは、現在『傀儡』の術中にあるのは国王陛下という事でしょうか」
「それは正解でもあり、不正解でもあります」
アルパクシャドの問いに対するジークヴァインの返答は、端的なものだった。
「ほう、と言うと?」
アータザークセスが続きを促す。
だが、ジークヴァインが口から出た言葉は、彼らの予想を遥かに超えるものだった。
「国王陛下だけではありません。現在、王家、臣民を含むガゼルハイノン王国のほぼ全員が、ある者のかけた『傀儡』による支配下に置かれているのです」
記憶にある姿より随分と痩せたように思える、そうアルパクシャドは思った。
ガゼルハイノン王国からここまで、どれだけ急いだとしても馬でおよそ十日はかかる。
その表情に疲労の色が浮かんでいるのも無理からぬことなのだろう。
じっと様子を観察していたアルパクシャドと、ジークヴァインの視線が一瞬、絡み合う。
すると、ジークヴァインは落ち着いた表情のまま、自分を見つめていた褐色の肌の術師に軽く一礼した。
かつてガゼルハイノン王国宰相として王城でアルパクシャドをもてなした男、その後、王太子カルセイランの代理としてアルパクシャドと秘密裏に連絡を取っていた男は、ここに到着したことに心から安堵しているようだった。
アルパクシャドは、己の眼に魔力を込めて使者の姿を精査する。
間違いない、ジークヴァイン・アデルハイデン公爵その人だ。
当人であることを確認すると、アルパクシャドは王に視線で合図を送る。王はそれを受けて人払いを行った。
非公式の謁見を事前に申し込まれていたため、その場に残ったのはアルパクシャドと国王、そして宰相、特使であるジークヴァインの四人だけだ。騎士たちは扉の外で控えさせた。
「遠路はるばるご苦労。ミネルヴァリハ王国の王アータザークセスより、歓迎の言葉を述べよう」
「ガゼルハイノン王国より参りましたジークヴァイン・アデルハイデンにございます。ミネルヴァリハ王国の王アータザークセスさまにご挨拶を申し上げます。王の上に平安がありますように」
ジークヴァインは、礼を取って下げていた頭を、その言葉と共にさらに深くする。
「ガゼルハイノン国とは一年以上前に国交がほぼ途絶えてしまい、非常に残念に思っていた。突然ではあったが、こうしてまた貴国からの使者をお迎えできて嬉しく思う」
「いきなりの訪問にも関わらず、こうして温かく迎えていただき、有難たく存じます」
「使者殿、面を上げよ」
「はっ」
ジークヴァインはゆっくりと頭を上げた。
アータザークセスは、値踏みをするかの様な視線をジークヴァインに注ぐ。
「・・・それでは聞かせてもらおうか。貴殿は我が国に良い知らせをもたらす使者か、それとも悪い知らせを運んで来たか」
「私が携えて来たものが御国にとって良い知らせか、悪い知らせかは私自身では判断いたしかねます。ですが我が国にとっては確かに悪い知らせと言えましょう。と申しますのも、今、我が国は未曽有の危機に直面しているからでございます」
「・・・ほう」
アータザークセスは掌で顎を撫でた。
「未曽有の危機とは、穏やかではない」
「陛下」
ジークヴァインは、先ほどからずっと手に持っていた封書を国王に向かって差し出した。
「どうぞ、こちらを」
それを宰相が受け取る。
封を開け、危険物が入っていないかを確認した後、漸くアータザークセスの手に渡った。
アータザークセスは、封書を差し出した人物が誰であるかに気付き片眉を上げる。
「確かに玉璽が押されているが、これを出したのは国王ではなく王太子とはな・・・」
「恐れながら申し上げます」
ジークヴァインが発言を求めた。
アータザークセスが頷いたのを確認してから、再び口を開く。
「私は、我が国の国王ではなく王太子からの親書となった理由が書かれているかどうかは存じません。ですが・・・」
顔はそのまま国王アータザークセスに向け、視線だけをちらりとアルパクシャドに送る。
「アルパクシャド殿を通して、我が国の状態を陛下はある程度予測しておられた事でしょう・・・二年前、遥かに小規模ではございましたが、既に問題の片鱗が見えておりましたので」
アルパクシャドは、その視線に頷きを返すと口を開いた。
「問題の片鱗・・・そうですね。確かあの時は、王太子殿下に『傀儡』の術をかける不穏な輩がおりました。そして今、封書の差出人が国王ではなく王太子からということは、現在『傀儡』の術中にあるのは国王陛下という事でしょうか」
「それは正解でもあり、不正解でもあります」
アルパクシャドの問いに対するジークヴァインの返答は、端的なものだった。
「ほう、と言うと?」
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だが、ジークヴァインが口から出た言葉は、彼らの予想を遥かに超えるものだった。
「国王陛下だけではありません。現在、王家、臣民を含むガゼルハイノン王国のほぼ全員が、ある者のかけた『傀儡』による支配下に置かれているのです」
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