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物見の知らせ
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「お呼びでしょうか、陛下」
「ああ、来たか。アルパクシャド」
白銀のローブを纏った細身の男性が王座の間に現れると、王は手招きして近くに寄せた。
「そなた、二年ほど前にガゼルハイノン王国を訪問しただろう? 使節団の一人として」
アルパクシャドは頷いた。
「物見からの報告があった。国境にガゼルハイノン王国からの使者と名乗る男が現れた、と。なんでも極秘の謁見を望んでいるらしい」
「本物の使者でしょうか?」
警戒の滲む声に、王は頷きを返す。
「玉璽が押された封書を持っている。使者はアデルハイデン公爵、と名乗ったそうだが・・・お前が前に言っていた人物ではなかったか?」
「アデルハイデン公爵・・・今になって何故・・・」
そう呟いたアルパクシャドの脳裏には、二年前の訪問時の出来事が蘇った。
到着した時、アルパクシャドはまず、王国内に感じられる妙な魔力の痕跡に驚いた。
妙な術があちらこちらに仕掛けられていて、しかも、王太子までもがその標的となっていた。
かけられていた術は『傀儡』、相当な魔力量を必要とする術だ。
余程の修練を積んで、魔力量を極限まで高めて、それで漸く使えるようになる術。それでも対象となる人物はせいぜい一人か二人。
なのに、あの国では至る所にその痕跡が見られていた。
アルパクシャドを含め、世界に術師は数人しかいない。ガゼルハイノン王国のように、もともと術師が存在しない国も数多くある。
それだけ存在が希少であるからには、当然アルパクシャドも他の術師の名前は全て把握済みだった。だが。
あれだけの術を同時に複数展開出来る術師を、アルパクシャドは知らない。
というか、いる筈がない。あり得ない、あってはいけない事なのだから。
これは危険だ、術者としてあるまじき行為に及んでいる。
そう思ったから、不躾ながら王太子に密かに声をかけ、解呪した。
使節団としての滞在日数は幾らもない。
自国ではないため、自ら出張って調査するわけにもいかない。
苦肉の策で、持っているだけの魔道具を渡し、警告の言葉を告げた。
この国では、何かか起きようとしている。
不吉な、邪悪な何かが。
術者ではない王太子一人に、警告を発したからと言って何になろう。何か出来る筈もないのに。
そうは思ったけれども、見なかった事には出来なかった。
帰国してすぐ、自国の王にガゼルハイノン王国の現状を報告し、事態が好転する事を願いつつその後を見守った。
後ろ髪引かれる思いで帰国してから数か月。
ジークヴァイン・アデルハイデン公爵を通して、王太子からの接触があった。
未だ術者を特定出来ていないにも関わらず、未知の敵から防御の魔道具を幾つか破壊されている。対抗するためにも、誰か動ける立場の術師を紹介しては貰えないだろうか、と。
報告を受けた国王は事態の異常性を鑑みて即座に許可を与え、アルパクシャドは政府機関に属していない術師二人と連絡を取り、そのうちの一人が協力を約束してくれた。
その旨を記した手紙をアデルハイデン公爵に送り、その術師と会う日程を取り決める段になって急に。そう、急に、全てが途絶えた。
王太子が婚約を解消したという知らせが飛び込んだ。
アデルハイデン公爵と連絡が取れなくなった。
宰相が入れ替わり、アデルハイデン公爵からダスダイダン侯爵という人物になった。
ガゼルハイノン王国が近隣諸国との交友を狭め始め、二年後の今は、ほぼ断絶状態となった。
ああ、王太子は負けたのだ。
仕方のないこと、あれは余りにも強力すぎる力だった。
そうは思っても、口惜しかった。
気の毒に思った。
自分がいたからといって、何が出来たとも限らない。何せあれだけの強力な力だ。だが、それでも。
それでも、あの真摯な瞳の王太子を、闘う決意をした彼を助けたかった。
だから、物見からの知らせに心が揺れた。
恐らくそれは王もなのだろう。
もしや。
もしや、どうにかして敵の力をすり抜けてやってきたのであれば。
アルパクシャドの手に、力が籠る。
「先の宰相だったアデルハイデン卿とは面識がございます。本物か偽物かは会えば分かるでしょう。仔細を討議するのは、それからでも宜しいかと」
アルパクシャドの進言に、王は頷いた。
「・・・そうだな。よし、謁見を認めよう」
「ああ、来たか。アルパクシャド」
白銀のローブを纏った細身の男性が王座の間に現れると、王は手招きして近くに寄せた。
「そなた、二年ほど前にガゼルハイノン王国を訪問しただろう? 使節団の一人として」
アルパクシャドは頷いた。
「物見からの報告があった。国境にガゼルハイノン王国からの使者と名乗る男が現れた、と。なんでも極秘の謁見を望んでいるらしい」
「本物の使者でしょうか?」
警戒の滲む声に、王は頷きを返す。
「玉璽が押された封書を持っている。使者はアデルハイデン公爵、と名乗ったそうだが・・・お前が前に言っていた人物ではなかったか?」
「アデルハイデン公爵・・・今になって何故・・・」
そう呟いたアルパクシャドの脳裏には、二年前の訪問時の出来事が蘇った。
到着した時、アルパクシャドはまず、王国内に感じられる妙な魔力の痕跡に驚いた。
妙な術があちらこちらに仕掛けられていて、しかも、王太子までもがその標的となっていた。
かけられていた術は『傀儡』、相当な魔力量を必要とする術だ。
余程の修練を積んで、魔力量を極限まで高めて、それで漸く使えるようになる術。それでも対象となる人物はせいぜい一人か二人。
なのに、あの国では至る所にその痕跡が見られていた。
アルパクシャドを含め、世界に術師は数人しかいない。ガゼルハイノン王国のように、もともと術師が存在しない国も数多くある。
それだけ存在が希少であるからには、当然アルパクシャドも他の術師の名前は全て把握済みだった。だが。
あれだけの術を同時に複数展開出来る術師を、アルパクシャドは知らない。
というか、いる筈がない。あり得ない、あってはいけない事なのだから。
これは危険だ、術者としてあるまじき行為に及んでいる。
そう思ったから、不躾ながら王太子に密かに声をかけ、解呪した。
使節団としての滞在日数は幾らもない。
自国ではないため、自ら出張って調査するわけにもいかない。
苦肉の策で、持っているだけの魔道具を渡し、警告の言葉を告げた。
この国では、何かか起きようとしている。
不吉な、邪悪な何かが。
術者ではない王太子一人に、警告を発したからと言って何になろう。何か出来る筈もないのに。
そうは思ったけれども、見なかった事には出来なかった。
帰国してすぐ、自国の王にガゼルハイノン王国の現状を報告し、事態が好転する事を願いつつその後を見守った。
後ろ髪引かれる思いで帰国してから数か月。
ジークヴァイン・アデルハイデン公爵を通して、王太子からの接触があった。
未だ術者を特定出来ていないにも関わらず、未知の敵から防御の魔道具を幾つか破壊されている。対抗するためにも、誰か動ける立場の術師を紹介しては貰えないだろうか、と。
報告を受けた国王は事態の異常性を鑑みて即座に許可を与え、アルパクシャドは政府機関に属していない術師二人と連絡を取り、そのうちの一人が協力を約束してくれた。
その旨を記した手紙をアデルハイデン公爵に送り、その術師と会う日程を取り決める段になって急に。そう、急に、全てが途絶えた。
王太子が婚約を解消したという知らせが飛び込んだ。
アデルハイデン公爵と連絡が取れなくなった。
宰相が入れ替わり、アデルハイデン公爵からダスダイダン侯爵という人物になった。
ガゼルハイノン王国が近隣諸国との交友を狭め始め、二年後の今は、ほぼ断絶状態となった。
ああ、王太子は負けたのだ。
仕方のないこと、あれは余りにも強力すぎる力だった。
そうは思っても、口惜しかった。
気の毒に思った。
自分がいたからといって、何が出来たとも限らない。何せあれだけの強力な力だ。だが、それでも。
それでも、あの真摯な瞳の王太子を、闘う決意をした彼を助けたかった。
だから、物見からの知らせに心が揺れた。
恐らくそれは王もなのだろう。
もしや。
もしや、どうにかして敵の力をすり抜けてやってきたのであれば。
アルパクシャドの手に、力が籠る。
「先の宰相だったアデルハイデン卿とは面識がございます。本物か偽物かは会えば分かるでしょう。仔細を討議するのは、それからでも宜しいかと」
アルパクシャドの進言に、王は頷いた。
「・・・そうだな。よし、謁見を認めよう」
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