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特使

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「驚かせて悪かったな」
「いえ、そのような事は」

アーサフィルドからの言伝を受け、カルセイランが自室へと足早に戻ってきた。

そしてノヴァイアスの身元を保証し、アーサフィルドを部屋へと戻してから、二人は漸く腰を下ろして話を始めた。

「お前に剣を突きつけたと言っていたが」
「賢明なご判断でした。第二王子殿下のご立派なお姿をこの目で見ることが出来、大変嬉しゅうございましたよ」

そして、まずは訪問の約束を破った非礼を詫び、ユリアティエルが危険に晒されていたこと、だが無事に助け出したことをかいつまんで説明した。

それを聞いたカルセイランは酷く動揺した様子だったが、それでもユリアティエルの無事の報に安堵の息を吐き、ノヴァイアスおよびカサンドロスを労った。

次にノヴァイアスの口から出た言葉は、地下牢から消えた人物についてだった。

「・・・アーサフィルド殿下は、空の地下牢を見て驚いておられました。どうして、と」

カルセイランをじっと見つめる。

「殿下を、昨日アデルハイデン卿に会わせられたのですね?」
「ああ」
「そして今日は、アデルハイデン卿のお姿が消えている。もしやあの女が何か・・・」
「いや」

カルセイランは短くそれを否定した。

「彼には隣国に向かってもらった。私の特使として」
「・・・隣国、ですか? 特使とは?」
「私が術に嵌められた事に最初に気づいたのは、隣国の使節団として来ていた術師だったのだ。その後、私は密かにアデルハイデン卿を通して協力を願い出てもいた」

その確認に出向こうとして、隠し通路でお前に返り討ちにあったがな、と続けた。

「だが、それも結局は有効な手ではなかったのだろう。その後、何故か隣国との交渉が出来なくなったから」

はぁ、と大きく息を吐く。

「私自身が術中にあったという事と、アデルハイデン卿が別人にすり替わった事とで、隣国の術師とのパイプは完全に切れてしまっていた」

両手を組み、顎を軽く乗せて暫し黙り込む。
ノヴァイアスもまた、無言で言葉の続きを待った。

「・・・表立って書簡を出せれば簡単だが、それではあの女に内容が筒抜けになってしまう。なにせ現宰相は、別人が成り代わっているとは言え、表向きはあの女の父親なのだからね」
「・・・それでアデルハイデン卿ですか」

カルセイランは頷いた。

「特使とは一体どんな・・・いえ、これ以上は聞かないでおきましょう。どこから情報が漏れるかも分からない。私とて、いつあの女に再び目をつけられるか分からないのですから」

そう言って目を伏せたノヴァイアスを見て、カルセイランはぽつりと呟いた。

「・・・もう、あとひと月と少しだ」

ノヴァイアスは顔を上げた。

「私はもうすぐ、この世で最も憎んでいる女と婚姻を結ぶ。私からユリアティエルを取り上げた女とだ」
「・・・」
「それから三月だったか。私はあの女と閨を共にせねばならん。だが、あの女がどんな手段を使おうと、精を吐き出すつもりはない。正直に言えば、臥所を共にする事すら厭わしいけれどね」

ふ、と儚く息が漏れる。

「王太子たる私が、このような辱めを受けねばならぬとはな・・・」
「カルセイランさま・・・」

気遣わしげに声を上げたノヴァイアスに、カルセイランは軽く手を振った。

「弱音を吐いてしまった。忘れてくれ」
「・・・はい」

それから静寂が暫しの間二人を包む。
やがてカルセイランは再び口を開いた。

「サルトゥリアヌスが言っていた。自分もユリアティエルを抱いた、と」
「・・・」
「お互い、辛いな」
「・・・」

なんと答えればいいかも分からず、ノヴァイアスはただ拳を握りしめた。
 
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