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消えた囚人 現れた王子

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ノヴァイアスがカサンドロスたちと別れ、再び王都に戻ったのは、カルセイランと最後に会ってから十日が経過した後の事だった。

王太子の婚姻の儀まで、あとひと月と少し。
それもあって王都の賑わいはそれなりのものではあったが、何故だろうか、ノヴァイアスから見れば、どことなく空々しさが見え隠れしていた。

そんな空気の中、宿を取り夕刻が迫る頃を見計らって王城へと入り込む。
いつもの隠し通路を使って。

カルセイランの私室に向かうのは夜が更けてからだ。

だからノヴァイアスはまず、地下牢へと向かい、それまでのようにジークヴァインに報告を、と考えていた。

だが、地下牢は空だった。

・・・ジークヴァインさま?

ノヴァイアスの表情に焦りが浮かぶ。

ヴァルハリラの意識が、再びこちらに向いたのか?
カルセイランさまは、この事をご存知なのか?

まずはどう動くべきか、それを考えようとした時だった。

自分が通って来た隠し通路の方から足音が聞こえる。

・・・カルセイランさまか?

そう思って振り向いた先に見つけたのは、ノヴァイアスにとって意外すぎる人物だった。

カルセイランによく似た面立ち、金色の髪とくりくりとした利発そうな金色の瞳。

まだあどけない七歳の少年が、驚いた表情でそこに立っていた。

「アーサフィルド第二王子殿下・・・」

それが誰かを認めると、ノヴァイアスはさっと膝をつき頭を垂れる。

「・・・貴方はだれ?」

警戒心が滲む声。
恐らくは腰に下げた剣に手をかけているだろう。

ノヴァイアスは努めて静かな声を発した。

「二年前まで、カルセイランさまのお側に仕えておりましたノヴァイアスと申します」
「ノヴァイアス・・・」

確認するかのように聞いた名前を繰り返す。

「それでノヴァイアス。ここで何をしている? どうやってここまで来たのだ?」

ノヴァイアスは逡巡した。
だが、カルセイランが弟を溺愛していた事を思い出す。

「この地下牢に収監されていた囚人に会いに来たのですが・・・」

そう言って、ジークヴァインがいた筈の空の独房に視線を遣る。

アーサフィルドも同じく視線を走らせ、そこが空である事に気づいたのだろう、「どうして・・・」と呟く声が聞こえた。

「どうして? 今、そう仰いましたか?」
「え?」

ノヴァイアスの問いに、アーサフィルドは何故か驚いた表情を浮かべた。

「どうして・・・今、僕はそう言ったのか? それはどういう意味なんだ? ここに誰かがいる事を僕は期待していたのか・・・?」

アーサフィルドの呟きに、ノヴァイアスは眉根を寄せる。

第二王子は、ここにジークヴァインがいた事を知っていた・・・・・

だが、今は覚えていない。

そして、通って来たのは、本来であれば王族のみに教えられるという隠し通路。

ということは・・・。

「殿下は、カルセイランさまにここに連れられて来た事がおありなのですね?」
「え・・・?」

アーサフィルドは、手を額に当てた。

「よく・・・分からない。だけど、あの通路のことは、もうそろそろ知ってもいい時期だと兄上が・・・」

そこまで言って、はっと口をつぐむ。

ノヴァイアスは、安心させるよう笑みを浮かべた。

「心配は無用です。私もその通路のことは存じております。実を申しますと、その通路を使い、今もカルセイランさまと連絡を取らせていただいておりますので」

その言葉に、アーサフィルドの表情から僅かに警戒の色が薄れる。

「今日も・・・カルセイランさまにお会いする前に、と思い、ここに寄ったのですが」

再び空の独房に目を遣った。

「そう、か。僕は昨日、兄上からここまでの道を教えてもらったばかりだ。忘れないようにと早速、今日辿ってみたらここに貴方がいた」

昨日、カルセイランさまが連れてこられたのか。

その時は、まだここにアデルハイデン卿はおられたのだろうか。

未だ薄らと疑惑の残る眼差しを受け止めながら、ノヴァイアスはそんな事を考えていた。

「では、貴方はこれから兄上のところへ行くのか?」

そう問われ、ノヴァイアスは頷く。

「まだ貴方の疑いが晴れた訳ではない。僕も後をついていく。悪いけど、剣を抜かせてもらうよ、そして僕の前を歩いてくれる?」

ああ、流石はカルセイランさまの弟君だ。
なんと賢いお方だろう。

王城を辞したのは、アーサフィルドが五歳の頃。

そして今は七歳、じきに八歳となられる筈。
まだそのお年で、ここまで知恵が働くとは。

・・・ヴァルハリラさえいなければ、この国はずっと何の憂いもなく、平和を謳歌出来ただろうに。

そんな詮ない事を考え、すぐに、頭を切り替えた。

「勿論でございます、殿下。それでは先を行かせていただきますので、どうぞ存分にご検分なさってください」

今、見るべきは未来だ。

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