95 / 183
守りの要
しおりを挟む
「お前は、自分が何の役にも立っていないと思っているかもしれんが」
今日は、カサンドロスがユリアティエルを自分の馬に乗せて移動している。
カサンドロスはユリアティエルの腹部辺りに腕を回し、しっかりと支えながら走っているので、昨日のように落馬しそうになることもない。
「無事に生きているだけで十分に皆の役に立っている事を忘れるな」
「生きているだけ・・・それだけで、ですか」
不思議そうに言葉を繰り返すユリアティエルだが、カサンドロスは至極真面目な顔で頷いた。
「お前がこうして生きていればこそ、ノヴァイアスも、また王太子殿下も、信じ難い程の力を振り絞って抗うことが出来ている。あれが、守るべき者がいる故の強さというものなのだろう」
カサンドロスの落ち着いた低音の声が耳に心地よかった。
聞いているだけで安心するその声色は、ここのところずっと緊張を強いられていたユリアティエルの身体の強張りを優しく解していった。
それを身にしみて感じ、ほ、と息を吐くと、今度は少しトーンの落ちた声が背中からかけられた。
「だから今回は肝を冷やした。・・・お前が無事でよかった」
そう言って、ユリアティエルの腹部に回していた腕に力を籠める。
「カサンドロスさま・・・」
「今回のことは、私の油断にも一因がある」
少し声が硬い。
「カサンドロスさまのせいでは・・・」
「いや」
否定しようとして、更に否定を重ねられる。
「あれは私の取引先だった。取引自体はまだ1、2回程度ではあるが、私を介してお前に目をつけた事には相違あるまい。お前を預かる身としては、失態以外の何物でもないだろう」
ユリアティエルの頭上で、カサンドロスが溜息を吐いた。
「ヴァルハリラの注意が逸れたからといって、気を抜いていた私が悪い。館内に留まり警備を強化すればそれで大丈夫だと安心していたのだから」
「カサンドロスさま・・・」
「あのように危険に晒されてしまうのなら、ノヴァイアスが自身を持ってお前を払い戻した意味がない」
カサンドロスが、自身の顔をユリアティエルにそっと寄せた。
いつの間にか、馬の足が止まっている。
「今、村をひとつ作らせている」
「・・・え?」
「今回のことで痛感した。館ひとつを守り固めるだけでは生温い。お前を住まわせるための村を作り、そこの住人を全て私兵およびその家族、また私の商会関係者で固める」
ユリアティエルは、ぱちぱちと数回目を瞬かせた。
「え、と、それは・・・」
「村全体を一つの砦とするのだ。侵入者や不審者などが入り込んでもすぐに分かる様に、そこにいる者全てを私の関係者でまとめる。これならお前も閉じこもらなくて済むし、安全性も増す。一石二鳥だろう」
「ですが、それは余りにも・・・」
驚いたユリアティエルは言葉を挟もうとするも、カサンドロスがそれを許さない。
「考えてみれば、この先またヴァルハリラの敵意がお前に向かないとも限らない。どちらにせよ、今の体制では無理があったのだ」
カサンドロスが手綱を握り直す。
馬の脇腹を軽く蹴った振動が身体に走ると、馬はゆっくりと進み始めた。
「先ほど私が言ったこと、お前は慰めだと思うかもしれないが、あれは正真正銘の真実だ。お前が倒れれば、我ら皆が倒れる事になる。お前の存在が私たちを強くしているのだ、ユリアティエル。ノヴァイアスも王太子殿下も・・・勿論、私も」
「え・・・?」
思わず声を漏らしたユリアティエルに、カサンドロスがく、と喉を鳴らす。
「なんだ、私がお前のために強くなってはいけないのか?」
「いけないなどと、そんな・・・ことは」
「私は、私なりにお前のことを想っているのだぞ? ユリアティエル・アデルハイデン」
再び。
ユリアティエルの腹部に回された腕に、きゅっと力が籠る。
「やっとお前を手中にしたと思ったら、あっという間にノヴァイアスに取り上げられてしまったがな。あの夜、一度しかお前を抱くことが出来なかったのが今も悔やまれるよ」
「え・・・?」
「あの夜のお前の肌は甘かった・・・糖蜜のようにな」
「な、なにを・・・お戯れもほどほどになさいませ」
カサンドロスは頭を下げ、ユリアティエルの耳のすぐ近くで囁いた。
全く警戒していなかったせいなのか、ユリアティエルは肩をビクッと揺らし、頰を赤く染める。
「戯れなどではない。・・・まぁ、ノヴァイアス程に我を忘れてはおらず、王太子殿下程に純粋な想いではなかろうが、私もお前に相当入れ込んでいるのだぞ?」
ユリアティエルは何と答えればいいかも分からず、ただ黙って俯いていた。
カサンドロスはユリアティエルの髪にひとつ、口づけを落とす。
「・・・それでも、想いの深さであの二人に敵うとは思ってはおらぬ。お前が再び手に入るともな」
ふ、と微かに笑み、カサンドロスは言葉を継いだ。
「ならば、私はせいぜいお前の身の安全を計ることに精進しようと思ってな」
だからお前のための村を作る。
「私はそう決めたのだ」
今日は、カサンドロスがユリアティエルを自分の馬に乗せて移動している。
カサンドロスはユリアティエルの腹部辺りに腕を回し、しっかりと支えながら走っているので、昨日のように落馬しそうになることもない。
「無事に生きているだけで十分に皆の役に立っている事を忘れるな」
「生きているだけ・・・それだけで、ですか」
不思議そうに言葉を繰り返すユリアティエルだが、カサンドロスは至極真面目な顔で頷いた。
「お前がこうして生きていればこそ、ノヴァイアスも、また王太子殿下も、信じ難い程の力を振り絞って抗うことが出来ている。あれが、守るべき者がいる故の強さというものなのだろう」
カサンドロスの落ち着いた低音の声が耳に心地よかった。
聞いているだけで安心するその声色は、ここのところずっと緊張を強いられていたユリアティエルの身体の強張りを優しく解していった。
それを身にしみて感じ、ほ、と息を吐くと、今度は少しトーンの落ちた声が背中からかけられた。
「だから今回は肝を冷やした。・・・お前が無事でよかった」
そう言って、ユリアティエルの腹部に回していた腕に力を籠める。
「カサンドロスさま・・・」
「今回のことは、私の油断にも一因がある」
少し声が硬い。
「カサンドロスさまのせいでは・・・」
「いや」
否定しようとして、更に否定を重ねられる。
「あれは私の取引先だった。取引自体はまだ1、2回程度ではあるが、私を介してお前に目をつけた事には相違あるまい。お前を預かる身としては、失態以外の何物でもないだろう」
ユリアティエルの頭上で、カサンドロスが溜息を吐いた。
「ヴァルハリラの注意が逸れたからといって、気を抜いていた私が悪い。館内に留まり警備を強化すればそれで大丈夫だと安心していたのだから」
「カサンドロスさま・・・」
「あのように危険に晒されてしまうのなら、ノヴァイアスが自身を持ってお前を払い戻した意味がない」
カサンドロスが、自身の顔をユリアティエルにそっと寄せた。
いつの間にか、馬の足が止まっている。
「今、村をひとつ作らせている」
「・・・え?」
「今回のことで痛感した。館ひとつを守り固めるだけでは生温い。お前を住まわせるための村を作り、そこの住人を全て私兵およびその家族、また私の商会関係者で固める」
ユリアティエルは、ぱちぱちと数回目を瞬かせた。
「え、と、それは・・・」
「村全体を一つの砦とするのだ。侵入者や不審者などが入り込んでもすぐに分かる様に、そこにいる者全てを私の関係者でまとめる。これならお前も閉じこもらなくて済むし、安全性も増す。一石二鳥だろう」
「ですが、それは余りにも・・・」
驚いたユリアティエルは言葉を挟もうとするも、カサンドロスがそれを許さない。
「考えてみれば、この先またヴァルハリラの敵意がお前に向かないとも限らない。どちらにせよ、今の体制では無理があったのだ」
カサンドロスが手綱を握り直す。
馬の脇腹を軽く蹴った振動が身体に走ると、馬はゆっくりと進み始めた。
「先ほど私が言ったこと、お前は慰めだと思うかもしれないが、あれは正真正銘の真実だ。お前が倒れれば、我ら皆が倒れる事になる。お前の存在が私たちを強くしているのだ、ユリアティエル。ノヴァイアスも王太子殿下も・・・勿論、私も」
「え・・・?」
思わず声を漏らしたユリアティエルに、カサンドロスがく、と喉を鳴らす。
「なんだ、私がお前のために強くなってはいけないのか?」
「いけないなどと、そんな・・・ことは」
「私は、私なりにお前のことを想っているのだぞ? ユリアティエル・アデルハイデン」
再び。
ユリアティエルの腹部に回された腕に、きゅっと力が籠る。
「やっとお前を手中にしたと思ったら、あっという間にノヴァイアスに取り上げられてしまったがな。あの夜、一度しかお前を抱くことが出来なかったのが今も悔やまれるよ」
「え・・・?」
「あの夜のお前の肌は甘かった・・・糖蜜のようにな」
「な、なにを・・・お戯れもほどほどになさいませ」
カサンドロスは頭を下げ、ユリアティエルの耳のすぐ近くで囁いた。
全く警戒していなかったせいなのか、ユリアティエルは肩をビクッと揺らし、頰を赤く染める。
「戯れなどではない。・・・まぁ、ノヴァイアス程に我を忘れてはおらず、王太子殿下程に純粋な想いではなかろうが、私もお前に相当入れ込んでいるのだぞ?」
ユリアティエルは何と答えればいいかも分からず、ただ黙って俯いていた。
カサンドロスはユリアティエルの髪にひとつ、口づけを落とす。
「・・・それでも、想いの深さであの二人に敵うとは思ってはおらぬ。お前が再び手に入るともな」
ふ、と微かに笑み、カサンドロスは言葉を継いだ。
「ならば、私はせいぜいお前の身の安全を計ることに精進しようと思ってな」
だからお前のための村を作る。
「私はそう決めたのだ」
3
お気に入りに追加
1,130
あなたにおすすめの小説
望まぬ結婚の、その後で 〜虐げられ続けた少女はそれでも己の人生を生きる〜
レモン🍋
恋愛
家族から虐待され、結婚を機にようやく幸せになれると思った少女、カティア。しかし夫となったレオナルドからは「俺には愛するものがいる。お前を愛することはない。妙な期待はするな」と言われ、新たな家でも冷遇される。これは、夢も希望も砕かれた少女が幸せを求めてもがきながら成長していくお話です。
※本編完結済みです。気ままに番外編を投稿していきます。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
[完結]「私が婚約者だったはずなのに」愛する人が別の人と婚約するとしたら〜恋する二人を切り裂く政略結婚の行方は〜
日向はび
恋愛
王子グレンの婚約者候補であったはずのルーラ。互いに想いあう二人だったが、政略結婚によりグレンは隣国の王女と結婚することになる。そしてルーラもまた別の人と婚約することに……。「将来僕のお嫁さんになって」そんな約束を記憶の奥にしまいこんで、二人は国のために自らの心を犠牲にしようとしていた。ある日、隣国の王女に関する重大な秘密を知ってしまったルーラは、一人真実を解明するために動き出す。「国のためと言いながら、本当はグレン様を取られたくなだけなのかもしれないの」「国のためと言いながら、彼女を俺のものにしたくて抗っているみたいだ」
二人は再び手を取り合うことができるのか……。
全23話で完結(すでに完結済みで投稿しています)
国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。
ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。
即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。
そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。
国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。
⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎
※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
恋人に捨てられた私のそれから
能登原あめ
恋愛
* R15、シリアスです。センシティブな内容を含みますのでタグにご注意下さい。
伯爵令嬢のカトリオーナは、恋人ジョン・ジョーに子どもを授かったことを伝えた。
婚約はしていなかったけど、もうすぐ女学校も卒業。
恋人は年上で貿易会社の社長をしていて、このまま結婚するものだと思っていたから。
「俺の子のはずはない」
恋人はとても冷たい眼差しを向けてくる。
「ジョン・ジョー、信じて。あなたの子なの」
だけどカトリオーナは捨てられた――。
* およそ8話程度
* Canva様で作成した表紙を使用しております。
* コメント欄のネタバレ配慮してませんので、お気をつけください。
* 別名義で投稿したお話の加筆修正版です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる