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正しい傷の癒やし方
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---どうか、決して私を許さないでください。憎んでも・・・恨んでも構いません。ノヴァイアスという愚かな男がこの世にいたことを覚えていてください---
---それが、私の生まれてきた意味だと思うのです---
・・・どんな言葉を返せばいいのか分からなかった。
その後、暫くの間、二人は無言のうちに馬を進めていた。
気まずいわけではない、途方に暮れているのとも違う、ただ何だろう、伝えたいことが多すぎて、だけど上手く言葉に出来る自信がなくて。
それで結局、黙っていることを選んだのだ。
日は傾き、空は茜色に染まり始まる。
随分な大人数だが、今夜はどこに泊まることになるのだろう。
ユリアティエルは、そんな事をぼんやりと考えていた。
夕暮れの光は、すべての景色を鮮やかな赤色に輝かせている。
前を行く兵士たちの後ろ姿も、馬の鬣も真っ赤に染まっている。そしてそれは固く結んでいる自分の手も・・・手綱を握るノヴァイアスの腕も。
ユリアティエルは、自分を囲うように回された、馬の手綱を握るノヴァイアスの腕、そこについた傷のひとつに視線を落とした。
・・・傷だらけ、だわ。
腕ひとつでこれだけの数の傷を負っているのだ。
体全体ともなれば、一体どれほどの傷を負った事だろう。
あの時。
たった一人、スラヴァだけが自分を守ろうと傭兵たちの前に立ちはだかった時。
確かにあの時、ユリアティエルは、そして恐らくはスラヴァも、死を覚悟していた。
そこに彼は現れたのだ。
疾風のように忽然と。
そして驚く間も無く、一人で飛び込んで行った。
それがどれほど危険な行為だったかは、敢えて言うべくもない。
だがそのお陰で、今もまだ私はこうして生きているのだ。
ふ、と笑みが浮かぶ。
それは呆れにも似た、乾いた笑いだ。
・・・そうやって、いつも私を守ろうとするくせに、貴方自身はいつも生き急いでいるのね。
気がつけば、ユリアティエルの手は、そっとノヴァイアスの腕の傷に触れていた。
ノヴァイアスの身体がびくっと震える。
「・・・っ、ユリアティエル、さま?」
ユリアティエルは腕の傷に目を落としたまま、血が固まったばかりの新しい傷跡の一つを指の腹でなぞった。
「・・・傷だらけ、ですね」
「いえ、この程度の傷・・・」
ユリアティエルは首を左右に振り、その言葉を遮った。
「いいえ、ノヴァイアスさま。わたくしが同じ傷を負ったら、その様に仰る事はないでしょう?」
背後で一瞬、ノヴァイアスの身体が硬直した。
・・・やっぱり。
貴方はまだ、さっきの私の言葉の意味を理解していない。
「ノヴァイアスさま」
どこまでも自分を後回しにし続ける貴方に、どうかこの言葉が届きますように。
「憎んでも恨んでもいいから覚えていて欲しい、と先ほど貴方は仰いました」
「・・・はい」
「でもわたくしは、死んでしまった方を延々と恨み続ける事が出来るほど執念深くはないのです」
「・・・は?」
少し間の抜けた声が背後から聞こえて、思わずくすり、と笑ってしまう。
「もしノヴァイアスさまがお亡くなりになるような事があれば、きっとわたくしは貴方を恨むことをやめてしまいますわ」
「・・・ユリアティエル、さま・・・?」
「これまでの事を全て水に流し、全てを許し、全てを忘れようとするでしょう・・・貴方のした事も、言った事も全て記憶の底に沈めて」
後ろを振り返り、茜色に染まったノヴァイアスの顔を見上げた。
「・・・だからもう、敢えて死への道を選ばないで。生き急がないで。まず自分を傷つけようとしないで」
ノヴァイアスの眼が、大きく見開いた。
「わたくしに貴方を恨んで欲しいと、覚えていて欲しいと、本当に思っているのならば」
ユリアティエルは穏やかに微笑んだ。
私の姿も、今は貴方と同じ茜色に染まっているのかしら。
「そう願っているのならば・・・ノヴァイアスさま、どうか約束してください。わたくしと、そしてカルセイランさまと共に闘い、共に生きると」
---それが、私の生まれてきた意味だと思うのです---
・・・どんな言葉を返せばいいのか分からなかった。
その後、暫くの間、二人は無言のうちに馬を進めていた。
気まずいわけではない、途方に暮れているのとも違う、ただ何だろう、伝えたいことが多すぎて、だけど上手く言葉に出来る自信がなくて。
それで結局、黙っていることを選んだのだ。
日は傾き、空は茜色に染まり始まる。
随分な大人数だが、今夜はどこに泊まることになるのだろう。
ユリアティエルは、そんな事をぼんやりと考えていた。
夕暮れの光は、すべての景色を鮮やかな赤色に輝かせている。
前を行く兵士たちの後ろ姿も、馬の鬣も真っ赤に染まっている。そしてそれは固く結んでいる自分の手も・・・手綱を握るノヴァイアスの腕も。
ユリアティエルは、自分を囲うように回された、馬の手綱を握るノヴァイアスの腕、そこについた傷のひとつに視線を落とした。
・・・傷だらけ、だわ。
腕ひとつでこれだけの数の傷を負っているのだ。
体全体ともなれば、一体どれほどの傷を負った事だろう。
あの時。
たった一人、スラヴァだけが自分を守ろうと傭兵たちの前に立ちはだかった時。
確かにあの時、ユリアティエルは、そして恐らくはスラヴァも、死を覚悟していた。
そこに彼は現れたのだ。
疾風のように忽然と。
そして驚く間も無く、一人で飛び込んで行った。
それがどれほど危険な行為だったかは、敢えて言うべくもない。
だがそのお陰で、今もまだ私はこうして生きているのだ。
ふ、と笑みが浮かぶ。
それは呆れにも似た、乾いた笑いだ。
・・・そうやって、いつも私を守ろうとするくせに、貴方自身はいつも生き急いでいるのね。
気がつけば、ユリアティエルの手は、そっとノヴァイアスの腕の傷に触れていた。
ノヴァイアスの身体がびくっと震える。
「・・・っ、ユリアティエル、さま?」
ユリアティエルは腕の傷に目を落としたまま、血が固まったばかりの新しい傷跡の一つを指の腹でなぞった。
「・・・傷だらけ、ですね」
「いえ、この程度の傷・・・」
ユリアティエルは首を左右に振り、その言葉を遮った。
「いいえ、ノヴァイアスさま。わたくしが同じ傷を負ったら、その様に仰る事はないでしょう?」
背後で一瞬、ノヴァイアスの身体が硬直した。
・・・やっぱり。
貴方はまだ、さっきの私の言葉の意味を理解していない。
「ノヴァイアスさま」
どこまでも自分を後回しにし続ける貴方に、どうかこの言葉が届きますように。
「憎んでも恨んでもいいから覚えていて欲しい、と先ほど貴方は仰いました」
「・・・はい」
「でもわたくしは、死んでしまった方を延々と恨み続ける事が出来るほど執念深くはないのです」
「・・・は?」
少し間の抜けた声が背後から聞こえて、思わずくすり、と笑ってしまう。
「もしノヴァイアスさまがお亡くなりになるような事があれば、きっとわたくしは貴方を恨むことをやめてしまいますわ」
「・・・ユリアティエル、さま・・・?」
「これまでの事を全て水に流し、全てを許し、全てを忘れようとするでしょう・・・貴方のした事も、言った事も全て記憶の底に沈めて」
後ろを振り返り、茜色に染まったノヴァイアスの顔を見上げた。
「・・・だからもう、敢えて死への道を選ばないで。生き急がないで。まず自分を傷つけようとしないで」
ノヴァイアスの眼が、大きく見開いた。
「わたくしに貴方を恨んで欲しいと、覚えていて欲しいと、本当に思っているのならば」
ユリアティエルは穏やかに微笑んだ。
私の姿も、今は貴方と同じ茜色に染まっているのかしら。
「そう願っているのならば・・・ノヴァイアスさま、どうか約束してください。わたくしと、そしてカルセイランさまと共に闘い、共に生きると」
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