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魔樹

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「・・・『魔樹』という言葉を耳にした事くらいあるのでは? 何故そんなに不思議そうな顔をなさるのです?」
「・・・いや」

確かに言葉自体は知っている。
『魔樹』というものが存在するもう一つの世界についても。

だが、それが特に好むものがあるなどという話は聞いたことがない。

ましてや、魔樹にとっては、濁った血にこそ価値があるなんて。

・・・待て。もしや。

サルトゥリアヌスが再び薄い笑みを浮かべた。

「お察しの通りです。人間の血が魔樹の養分なのですよ。瘴気を生み出す媒介ともなるものでしてね。我々が願いを叶える対価に人の命を含めることが多いのは、魔樹に吸わせる血を得る為なのです」

禍々しい話題を、この男はいとも簡単に口にする。

「仕方がありませんでしょう。なんの見返りもなしに願いが叶うなどと思う人間の方がおかしいのです」

いとも容易く他人の心を読んでおきながら、同意を求めるかのように首を傾げ、カルセイランの顔を覗き込む。

「勝手に呼び出して頼み事をしておいて、いざ願いが叶ったとなれば途端に対価の支払いを渋る。そんな輩のなんと多いことか」

だから、とサルトゥリアヌスは続けた。

「だから払えない人間の場合は勝手に頂いていくのですよ。契約が終了した時点でね。我が主はどんな弁解や言い訳にも耳を貸すことはありませぬ故」

サルトゥリアヌスが、ここまでこちらに情報を漏らす理由は何なのだろう。
そんな事を考え、更に知ろうと言葉を重ねた。

「勝手に取るとは・・・王国民全ての人間のことか?」

サルトゥリアヌスは、我意を得たり、とこれまでにない明るい笑みを浮かべた。

「成功の対価としてあの女が提示したものはそれでしたね」

やはり、ヴァルハリラはそう提案したか。

「ですが、そうなった時でも貴方と、あと数名の使用人は残しておくつもりのようでしたよ? いやはや、私が人外であるせいなのか、あの女の思考はさっぱり理解できませぬ。それから後はどうやって生きていくつもりなのでしょうな」
「・・・」

如何にも楽しそうな笑い声を溢す・・・が、眼は冷たくこちらを見据えていた。

「それだけの数の王国民を養分にすれば、暫くは補充の必要がなくなるかもしれませんね。その間はこちらも人間どもの下らない願いを叶えなくて済むので助かると言えば助かりますが」
「そんな・・・」
「欲を言えば、もっと長い間使える肥料が欲しいのです」

その言葉に、カルセイランは息を呑む。

「普通の血は大して価値のある養分とはなりませんのでね、大量に必要となります。何千何万と揃えたとして、意外とすぐになくなってしまうのですよ」
「・・・それは、つまり」

カルセイランは、拳をぎゅっと握りしめ、必死で己を抑えながら続きを促す。

「つまり、そうでない対価を本当は欲している、と?」

サルトゥリアヌスは頷いた。

「あの女が対価として王国民を差し出すことになれば、勿論喜んで受け取る心づもりでおりますよ? ・・・ですが、そうならなかった時の方が、我々にとってはより喜ばしいでしょうな」

カルセイランは刮目した。
これは最も知りたかったことの一つではないだろうか。

「そうならなかった時・・・とは、ヴァルハリラの契約が成功しなかった時のことか?」

あの女が目的を果たせず、その目論見が失敗に終わった時、それでももし同じ対価を取ると言われたら・・・この国は終わる。

だが、そうでないのならば。

緊張で背中に汗が伝う。
サルトゥリアヌスの眼が一層冷ややかになったような。
なのに、笑みは更に深くなったような。

「・・・あの女が失敗しても、貸し与えたもの全てに見合ったものは返して頂きますよ。勿論、その時はこちらが真に望むものを遠慮なく取らせてもらいます」

・・・真に望むもの。

「当然ではないですか。あの女に与えたものは完璧な力でした。失敗するとしたら、それを使いこなせなかった者の咎でしかない」

カルセイランは、ごくりと唾を飲んだ。

「王太子殿下はご存知ですかな。契約者が背負う対価とは、自分に属するものからでしか支払えないのですよ。もしあの女が名実共に王族の一員となれぬのであれば、王国民を支払いに充てるなど不可能なのです」
「・・・では」

では、失敗に終わった時には。
その時に王国民を対価として払わせないためには。

そう考えたカルセイランに、サルトゥリアヌスは頷いた。

「実のところ、今回はこれまでにない程の好条件が揃っておりまして。上手くいけば半永久的に上質の養分が手に入ることになる・・・どちらに転ぶかはまだ分かりませんが、我が主は、出来ることならば真に望むものの方を得たいと願っておられます。ええ、今、貴方の頭に浮かんだ対価の方を」
「上手く・・・いけば」
「ええ。私がこうして貴方の前に現れたのもその為に他なりません」

眼が、すっと細められる。

「ですからどうか王太子殿下。頑張って闘いなされませ。主だけではありません。私も本当に楽しみにしているのですよ、その日が来るのを」

・・・私もあの女が大嫌いですので。

カルセイランの耳元に、そんな言葉がそっと囁かれた。
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