【完結】君は私を許してはいけない ーーー 永遠の贖罪

冬馬亮

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風に靡くは群青の

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伝書鳥をやり取りしながら行き先をケイナンに変更したカサンドロスたち一行は、途中、やはり伝書鳥を通してカサンドロスの指示を受けこちらに向かっていた私兵団と合流し、ケイナン入りを果たしていた。

ほぼ休みなしの行軍だった。

シャイラックを追わせていた者から飛ばされる伝書鳥は、先程カサンドロスの元に飛んできたばかり。

行軍の足を緩めず、馬で走り続けるカサンドロスの肩に降りてきた鳥は、危急の知らせを運んできた。

「既にあいつらは家に押し入ったらしい・・・っ」

片手で手綱を操りながら、器用に言伝の紙片を取り出したカサンドロスは、舌打ちしながらそう告げた。

「・・・あとどれ程で到着しますか」

感情を押し殺した低い声がカサンドロスのすぐ後ろから発せられた。

「大してかからぬ。直に到着はするだろう。ユリアティエルを攫った男が向かったという家はケイナンの外れにあるからな。しかも、こちら側だ」
「先に向かわせて頂いても?」

概ね予想していた通りの言葉が聞こえてきて、カサンドロスは苦笑する。

いや、これでもこの男にしては、かなり辛抱したのだろう。

そう思ったカサンドロスは、すぐに頷いた。

「いいだろう。どうせ大した違いは出ない程までには近づいている。・・・行け」
「・・・ありがとうございます」

馬の脇腹を蹴り、速度を上げてカサンドロスを追い越しながら、ノヴァイアスは軽く頭を下げた。
その彼に向かって、カサンドロスも声を張る。

「ノヴァイアス、私が付けた見張りの者の名はスラヴァと言う。灰色の短髪の男だ。そいつだけは間違っても殺すなよ」
「承知しました」

返事が聞こえたと思えば、その姿は既に遠くなっていた。





上手くシャイラックからの攻撃を躱したユリアティエルは、咄嗟に室内を見回した。

後ろには扉。
前には窓。

シャイラックは、何事かを大声で喚きながらも、なかなか起き上がれないでいる。

ユリアティエルは迷うことなく、まず扉に向かい、内側から鍵をかけた。
そして踵を返して窓に向かい、開いて外を覗き見る。

どうやら皆、屋内で飲み食いを楽しんでいるようだ。
外には見張りが立っている気配はなかった。

窓から足を出し、そろりと外へ降りる。

多少危うげではあったものの、なんとか無事に窓の外側に着地した。

だが、そのまま駆け出そうとしたところを、ぐん、と強い力で首元を引っ張られ、ユリアティエルの上半身か大きくのけぞった。

起き上がったシャイラックが、ユリアティエルの服の襟を噛んで引っ張ったのだ。

自然と襟元がきつく絞められる形になるが、ユリアティエルは何とか逃れようと身をよじる。
だが、シャイラックも簡単には放しはしない。

怒りに燃えた眼で歯に力を込め続け、噛んだ襟元を決して放そうとはしなかった。

ユリアティエルは辛うじて息は吸えるものの、そこから一歩も動く事は出来ず、しかも首元への圧迫はますます強くなっていく。

・・・このままでは、気を失ってしまう。

焦るユリアティエルをよそに、シャイラックの締め付けは更にきつくなる。

襟元を噛んだ口はそのままに、身体を回転させるようにして更に首を絞めてきたのだ。

辛うじて出来ていた呼吸が、更に僅かなものへと変化する。
口をぱくぱくと開いても、肺に取り込める空気はほんの少しだった。

・・・もう、駄目なの・・・?

そう思った時。
少し離れたところからこちらに向かって走る人影に気づいた。

一瞬、ノヴァイアスかと思ったが、それはユリアティエルの知らない男性で。

・・・やっぱり見張りがいたのね。
こんなに早く、見つかってしまうなんて。

男はユリアティエルの方へと走り寄りながら、腰に差していた剣をすらりと引き抜く。
そしてユリアティエルの目の前で振りかぶった。

ユリアティエルは衝撃を予想して咄嗟に目を瞑る。
だが意外なことに、体に衝撃を感じることはなく、代わりに背後のシャイラックが呻き声を上げたと同時に、急に体が解放された。

襟元からシャイラックの口が放れた反動で、ユリアティエルは勢いよく地面に倒れ込む。

何が起きたのかと慌てて背後を振り向けば、先ほど剣を抜いて向かってきた男が、ユリアティエルに背を向けて血の付いた剣を手に立っていた。
その男は、一旦、室内奥に下がったシャイラックに油断なく目を向けたまま、低い声でユリアティエルに語りかけた。


「カサンドロスさまの命でこの男を追っておりました、スラヴァと申します」

ユリアティエルは息を呑んだ。

「ご主人さまとは連絡がついておりますゆえ直に到着なさる筈。ですが今しがたの物音で、中にいる者たちに気づかれたようです。ユリアティエルさまは、今のうちに出来るだけ遠くに逃げてください」
「ですが・・・」
「俺もすぐに後を追います。今はひとまず、どうか」

その言葉に頷いて、走りだそうとした時、家の中から、わらわらと兵士たちが出て来た。

酒でも飲んで騒いでいたのだろうか、足取りの怪しい者たちが若干いるものの、現れた数はざっと見ても三十人近く。

スラヴァの顔に緊張が走る。
だが、すぐにユリアティエルを背に庇い、逃げるようにと促した。

「俺がなるべく時間を稼ぎますので・・・」

その声は緊張のせいか、少し掠れていて。

だが、それでも目の前の敵たちに向けた剣は、しっかりと構えたままだった。

スラヴァに再度促され、ユリアティエルが一歩、震える足で下がったその時、横を一陣の風が駆け抜けた。

馬に乗った後ろ姿。
群青色の髪を靡かせて。

酔いで顔を赤らめ、すっかり油断しきっていた兵士たちのただ中に、憤怒の塊と化した男が突っ込んで行った。
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