【完結】君は私を許してはいけない ーーー 永遠の贖罪

冬馬亮

文字の大きさ
上 下
66 / 183

解呪の方法

しおりを挟む
カサンドロスは予定していた三つの市や町での商談を終え、最後に王都へと向かっていた。

ノヴァイアスにも既に連絡が行っている。

到着は夕刻ごろ。
食事の後、ノヴァイアスと落ち合って直接報告を聞く予定だ。

群青色の真っ直ぐな長い髪。
その内に凶暴な熱情を秘めながら、表向きはどこまでも理性的に振る舞う二面性にも似たその性格。
頭は切れるし、融通も効く。
元王太子の最側近だっただけあって、王国の内部情報にも通じている。
しかも、フットワークが軽いため、命令を下せば即座に動いてくれる。

予想以上の働きだった。

ここ一か月でノヴァイアスが収集してきた価値ある情報の量は計りしれない。

ノヴァイアスとは多少の時間差はあるものの、情報の共有は出来ている。
だからあちらでも、恐らく自分と同じ結論に達していることだろう。

契約の期限は、予想していたよりも早く到来する、と。

だが、理想としては、自分のこの目で聞き、判断し、確認したい。
その方が確実だ。

そして、難しいことではあろうが、出来ることならば直接会って、どんな人物なのかをこの目で確かめたいものだ。

サルトゥリアヌスと、地下牢に囚われているというジークヴァイン・アデルハイデン公爵、そして・・・可能であればカルセイラン・ガゼルハイノン王太子殿下と。

「はてさて・・・どんな結果が出るか・・・」

馬の背に揺られながら、カサンドロスはこの先の計画を考えた。






王都をぐるりと囲む城壁の一画、四方にある門の一つに到着し、中へと入ったカサンドロスの目は、中央通り奥にある一つの看板へと向けられた。

『カイコウ』---ノヴァイアスが指定した宿の名だ。

カサンドロスは、ゆっくりと馬をそちらへ向けた。



食事を取り、湯を浴びた後、ノヴァイアスが現れ、これまで調査したことの詳細について報告を受ける。

やはり限られた紙面上では書ききれない細かな情報が多くあり、それらを聞くことが出来ただけでも、王都まで足を伸ばした甲斐があったとカサンドロスは感じていた。

「王太子は、今もヴァルハリラとか言う女の術からは無事に逃れる事が出来ているのか?」
「そのようです」

だがカサンドロスは、ノヴァイアスの答えを直ぐには鵜呑みには出来ないようだった。

「ノヴァイアス、お前は解呪の紋様を描いた紙を一枚、渡しただけなのだろう? それだけで、こうも長く防御が出来るものか?」
「いいえ」
「ならば何故」

ノヴァイアスは目を逸らすことなく、静かに言葉を継いだ。

「殿下は毎日、あの女に術をかけられています。ですがその後、術を自ら解かれるのです」
「・・・は?」

カサンドロスの眉が、眉間に寄せられる。

「解呪した状態を保ち続けるのではなく、術をかけられる度に解いておられます」
「・・・いや、そういう意味なのは分かっている。だが、そうであれば尚更、たった一枚の紙に頼るのは危険だろう」
「殿下もそう思われたようです。恐らくは、私が紙を渡したその夜に」
「・・・では?」

ノヴァイアスは軽く視線を落とした。
カップを持つ手元を見つめ、少しだけ悲しそうに口元を歪めた。

「・・・お身体に、その紋様を刻みこまれたようです」
「なに?」
「自ら、ナイフか何かでその紋様をそっくりそのまま刻まれた、と」
「・・・それで効果があった、と?」

ノヴァイアスは頷いた。

「まずは試験的に、と左腕にその紋様を刻み、翌日にヴァルハリラと会ったそうです。そして予想通り術に嵌ったものの、その後、着替えるなどの際に腕の紋様を目にして・・・術が解けた、と・・・そう伺っております」

カサンドロスは顎に手を当て、低い声で呟いた。

「確か・・・あの紋様はそれなりに複雑だったと記憶しているが・・・」
「そうですね。かなり痛みが伴う方法だと思います」
「だが、誰かに奪われる恐れはない。・・・まあ、傷痕なのだから直に消えてしまうのが難点か」

その言葉に、ノヴァイアスは静かに頷いた。

「それで殿下は、複数箇所に、しかも時期をずらして紋様を刻むことでそれを解決なさろうとされています」

その言葉に、カサンドロスが驚愕で目を瞠る。

「そうすることで、紋様を失うこと、そして解呪効果を他の誰かに消されてしまう恐れを失くそうと・・・。紋様を刻んだ傷痕が一つであれば、そこを覆われるか、更に別の傷で重ねられれば終いだと仰って」
「だが、それは流石に・・・かなりの苦痛を伴うだろう?」

褐色色の端正な顔が僅かに歪む。
だがノヴァイアスは、その通りです、と静かに頷いた。

「ですが、それが一番確実だ、と、そう仰っておられます」
「・・・そうか」
「既に三か所、時期をずらして紋様を刻まれたようです。彫物師に頼めば一度の痛みで済みますが、情報が漏れる恐れもありますし、誰かの差し金で違う紋様を彫られては命取りだと」
「・・・それをこの先ずっと続けるおつもりか? 王太子殿下は」
「閨では裸になる故、ヴァルハリラの術に対抗するには丁度よかろうと笑っておられました」
「なんと・・・」

カサンドロスは背もたれに身体を預け、大きく息を吐いた。

「次期国王となられるカルセイラン王太子殿下は知恵と洞察に優れた賢い方、という評判は耳にしていたが、肝が据わった豪胆なお方でもあるのだな」
「そうですね。幼少の頃より穏やかな方ではあられましたが、武にも優れ、勇敢さもお持ちですので」

ノヴァイアスが微かな笑みを浮かべた。

「本当にお似合いでございました、カルセイラン殿下とユリアティエルさまが並び立つお姿は。・・・まるで、この国の平和な未来を約束するかのようで」

その眼は、どこか懐かしそうで、遠くを見つめていて、そして少し切なげで。

「私は・・・私はユリアティエルさまに焦がれながらも、将来、国王そして王妃となられるお二人を支え、この国のためにこの身を捧げようと・・・そう心に誓って・・・」

そうして一度、沈黙が降りて。

「・・・なればこそ残念に思います。あの女の策謀さえなければ、と」

そんな声が、小さく零れ落ちた。
しおりを挟む
感想 29

あなたにおすすめの小説

妻を蔑ろにしていた結果。

下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。 主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。 小説家になろう様でも投稿しています。

さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】 私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。 もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。 ※マークは残酷シーン有り ※(他サイトでも投稿中)

【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて

ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」 お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。 綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。 今はもう、私に微笑みかける事はありません。 貴方の笑顔は別の方のもの。 私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。 私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。 ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか? ―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。 ※ゆるゆる設定です。 ※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」 ※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド

【完結】亡くなった人を愛する貴方を、愛し続ける事はできませんでした

凛蓮月
恋愛
【おかげさまで完全完結致しました。閲覧頂きありがとうございます】 いつか見た、貴方と婚約者の仲睦まじい姿。 婚約者を失い悲しみにくれている貴方と新たに婚約をした私。 貴方は私を愛する事は無いと言ったけれど、私は貴方をお慕いしておりました。 例え貴方が今でも、亡くなった婚約者の女性を愛していても。 私は貴方が生きてさえいれば それで良いと思っていたのです──。 【早速のホトラン入りありがとうございます!】 ※作者の脳内異世界のお話です。 ※小説家になろうにも同時掲載しています。 ※諸事情により感想欄は閉じています。詳しくは近況ボードをご覧下さい。(追記12/31〜1/2迄受付る事に致しました)

【完結】「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と言っていた婚約者と婚約破棄したいだけだったのに、なぜか聖女になってしまいました

As-me.com
恋愛
完結しました。  とある日、偶然にも婚約者が「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」とお友達に楽しそうに宣言するのを聞いてしまいました。  例え2番目でもちゃんと愛しているから結婚にはなんの問題も無いとおっしゃっていますが……そんな婚約者様がとんでもない問題児だと発覚します。  なんてことでしょう。愛も無い、信頼も無い、領地にメリットも無い。そんな無い無い尽くしの婚約者様と結婚しても幸せになれる気がしません。  ねぇ、婚約者様。私はあなたと結婚なんてしたくありませんわ。絶対婚約破棄しますから!  あなたはあなたで、1番好きな人と結婚してくださいな。 ※この作品は『「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。 』を書き直しています。内容はほぼ一緒ですが、細かい設定や登場人物の性格などを書き直す予定です。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

【完結】365日後の花言葉

Ringo
恋愛
許せなかった。 幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。 あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。 “ごめんなさい” 言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの? ※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

処理中です...