上 下
57 / 183

荒ぶる者

しおりを挟む
ドガンッ

ものが打ち付けられたような大きな音が、室内に響き渡る。

囁かな呻き声をかき消すかのように、再び何かをぶつけるような音が響く。

「も・・・おやめ、く・・・だ、さい・・・シャイ・・・ク、さま・・・っ」
「聞こえねぇなぁ」

微かな嘆願が聞こえたか聞こえないか、そんな僅かな時間の後に大きな音が鳴る。

床にうずくまる男を前に、息を切らし、肩を大きく怒らせながら怒り狂う姿に、テーブルの隅で様子を見ていたもう一人の男が呆れたような声を上げる。

「シャイラック、そんなに痛めつけちまうと、また何も聞けなくなるぞ? そのせいでこれまで会った奴らからは話を聞きそびれたってのに」
「煩ぇ、雇われの分際で俺に指図するな」

後ろの男を振り返る事なく、シャイラックは苛立たしげに言葉を返した。

「・・・余計に時間がかかるだけだぞ?」
「・・・」
「身体にも負担がかかる」
「・・・分かったよ」

男を踏みつけていた足をどけ、一歩、後ろに下がる。

「もう一度聞く」

半端な箇所で不自然に途切れたシャイラックの腕の先には、ぐるぐると包帯が巻かれており、興奮したせいか、所々、血が滲んでいる。

「親父とおふくろを何故、殺した?」
「ヒッ・・・! で、ですから、私たちではありませ・・・ぐぁっ!」

否認を口にしかけた元使用人の腹を、シャイラックが容赦なく蹴りつける。

「嘘、吐くなよ。まあ、奴隷たちを解放しちまったのは確かにあの男だろうがよ? 親父たちを殺したのはお前らだろ? あ?」
「い、いえ、そんな・・・事は」

またしても言葉を言い終える前に、シャイラックの足が男に向かって蹴りつけられる。

「うっ・・・ぐ・・・」
「あの男、青い髪のヤツな。俺の両腕を切り落としやがったけどよ。たんまり持ってた懐の金には一切、手をつけなかったんだよ」
「う・・・お、お助けを・・・」
「なのによぉ、何でだろうなぁ? 親父たちの金は、きれいさっぱり取られちまってんだぜ?」

歪んだ笑みを浮かべ、元使用人に、ずいっと顔を近づける。

「店の奥にある筈の売上金も、番号式の金庫の中身もぜーんぶ空っぽ。おまけに使用人たちもみーんな居なくなっちまっててさ」
「あ、あ,わ、私は、何も、知りません。知りま・・・」

シャイラックは、今度はゆっくりと足を上げた。
思わず口をつぐんだ男の顔に向かって、それをゆっくりと近づけていく。

「ひっ・・・っ!」

そして静かにその顔に靴底を当てた。
それから、ゆっくりと、ゆっくりと、力を込めていく。

「確かに、親父たちの身体にも剣の刺し傷はあったよ? ・・・肩に一つだけな」
「うっ・・・あ、わ、私ではありませんっ・・・」
「へぇ・・・じゃあ、だれ?」

男の顔に靴底が少しずつめり込んでいく。

「うぁっ、やめっ・・・やめてっ・・・話すっ! ・・・ぜんぶ話しますからっ!」

足に込められていた力が、ふっと抜ける。

「最初から素直に吐きゃいいんだよ」

ギラついた眼でそう言い放つと、後ろにあった椅子にどかっと腰を下ろした。

「・・・で?」
「は、はい。・・・青の髪の男は、奴隷たちを解放してからエイダだけを連れて立ち去りましたが・・あの、その後、手当を求めた旦那さまたちにバルとニクラスが襲いかかったんです。今なら売上金を奪える、と言って・・・」
「・・・」
「そ、そしたら、他の使用人たちも、金を寄越せと言い出して・・・お、奥さまたちを殴り始めて・・・」
「・・・ふうん」
「わ、私と・・・あとチルトは、怖くて動けず・・・」

頭を床に擦り付けるようにして、震える声でそう話す男を、シャイラックは冷ややかな眼で見下ろした。

「お前は手は出さなかった・・・ね。でも金は貰ったんだろ? 口止め料として」

男の体がビクッと震える。

それを見たシャイラックは口元を綻ばせた。

「まあ、頷くしかないよな。そこで断ったら、お前も殺されちまうもんな。うん、仕方ない、仕方ない。そうするしかないよな」

その言葉にほっと安堵の息を吐き、男は顔を上げた・・・が、自分の目に映り込んだ狂気の男の表情に、一瞬で青ざめる。
狂気と凶悪に彩られたその男は、笑いながら言葉を継いだ。

「・・・でも結果は変わんなかったな」

頭上に振り上げられた足。
それが元使用人が最後に見た景色だった。

しおりを挟む
感想 29

あなたにおすすめの小説

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

【完結】裏切られたあなたにもう二度と恋はしない

たろ
恋愛
優しい王子様。あなたに恋をした。 あなたに相応しくあろうと努力をした。 あなたの婚約者に選ばれてわたしは幸せでした。 なのにあなたは美しい聖女様に恋をした。 そして聖女様はわたしを嵌めた。 わたしは地下牢に入れられて殿下の命令で騎士達に犯されて死んでしまう。 大好きだったお父様にも見捨てられ、愛する殿下にも嫌われ酷い仕打ちを受けて身と心もボロボロになり死んでいった。 その時の記憶を忘れてわたしは生まれ変わった。 知らずにわたしはまた王子様に恋をする。

報われない恋の行方〜いつかあなたは私だけを見てくれますか〜

矢野りと
恋愛
『少しだけ私に時間をくれないだろうか……』 彼はいつだって誠実な婚約者だった。 嘘はつかず私に自分の気持ちを打ち明け、学園にいる間だけ想い人のこともその目に映したいと告げた。 『想いを告げることはしない。ただ見ていたいんだ。どうか、許して欲しい』 『……分かりました、ロイド様』 私は彼に恋をしていた。だから、嫌われたくなくて……それを許した。 結婚後、彼は約束通りその瞳に私だけを映してくれ嬉しかった。彼は誠実な夫となり、私は幸せな妻になれた。 なのに、ある日――彼の瞳に映るのはまた二人になっていた……。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※お話の内容があわないは時はそっと閉じてくださいませ。

ねえ、テレジア。君も愛人を囲って構わない。

夏目
恋愛
愛している王子が愛人を連れてきた。私も愛人をつくっていいと言われた。私は、あなたが好きなのに。 (小説家になろう様にも投稿しています)

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

【完結】それぞれの贖罪

夢見 歩
恋愛
タグにネタバレがありますが、 作品への先入観を無くすために あらすじは書きません。 頭を空っぽにしてから 読んで頂けると嬉しいです。

永遠の誓いを立てましょう、あなたへの想いを思い出すことは決してないと……

矢野りと
恋愛
ある日突然、私はすべてを失った。 『もう君はいりません、アリスミ・カロック』 恋人は表情を変えることなく、別れの言葉を告げてきた。彼の隣にいた私の親友は、申し訳なさそうな顔を作ることすらせず笑っていた。 恋人も親友も一度に失った私に待っていたのは、さらなる残酷な仕打ちだった。 『八等級魔術師アリスミ・カロック。異動を命じる』 『えっ……』 任期途中での異動辞令は前例がない。最上位の魔術師である元恋人が裏で動いた結果なのは容易に察せられた。 私にそれを拒絶する力は勿論なく、一生懸命に築いてきた居場所さえも呆気なく奪われた。 それから二年が経った頃、立ち直った私の前に再び彼が現れる。 ――二度と交わらないはずだった運命の歯車が、また動き出した……。 ※このお話の設定は架空のものです。 ※お話があわない時はブラウザバックでお願いします(_ _)

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈 
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

処理中です...