【完結】君は私を許してはいけない ーーー 永遠の贖罪

冬馬亮

文字の大きさ
上 下
53 / 183

どうか憎んでいただきたい

しおりを挟む
依然として気概は失われておられない・・・。

そうノヴァイアスは思った。

地下牢に繋がれたアデルハイデン卿の姿は痛々しいものだったが、内なる人は衰えてはいなかった。
警備の者さえ置いていないことを鑑みると、恐らくヴァルハリラは獄中でのたれ死ぬことを願って放置しているのだろう。
食事を与える指示すら出されているのか疑わしい。

にもかかわらず、目の前のアデルハイデン卿の体躯に痩せ衰えたところはない。
流石に身体は薄汚れ、髪や髭は伸び放題になってはいるがそれだけだ。

老若男女を問わず会う人全てを虜にした美貌はそのまま、だが長い獄中生活で顔色は酷く青白い。

そんな状態でも、哀愁を帯びた色気のようなものが漂っているのだから驚きである。

「お前は・・・ノヴァイアス、か」

低く、小さな声が、アデルハイデン卿の口から溢れる。

「ある日突然、殿下のお側から消えたお前が、どうしてここにいる?」

やはり、この方は術中にない。

万が一嵌っていたとしても、今、手元にある解呪の紋様を描いた紙はあれ一枚きりだったので、想定通りで助かった。

「・・・貴方を、ここからお出ししたいと、そう思って参りました」
「私を? ・・・ここから?」

卿は、一瞬驚きの表情を浮かべたものの、それはすぐに疑念へと変わる。

「何を考えてそんな事を言い出したかは分からんが、私をここから出したとて行くところなどありはせん。・・・私の邸の者たちさえ、私を正しく認識出来ないのだからな」
「・・・偽物が貴方に代わってアデルハイデン卿として振る舞っていることは存じております。そしてそれに誰も気付かない事も」
「・・・」
「卿」

ノヴァイアスは、更に一歩前に踏み出した。
その手が牢の鉄柵を掴む。

「ユリアティエルさまは生きておられます」
「・・・っ!」
「今すぐに貴方をここから出して差し上げる事は出来ません。ユリアティエルさまを保護して下さっている方に言いつけられた任務があり、私はまずそれを果たさねばなりません。・・・ですが必ず」

鉄柵を握る手に力が篭る。

「それが終わった暁には必ず、いえ、目処がつき次第、必ず貴方をお迎えにあがります」

静かに語りかけるノヴァイアスに対して、ジークヴァインの表情は明らかに困惑していた。
行方をくらませたユリアティエルの居所を探ろうと、ヴァルハリラの命令でジークヴァインはこの地下牢に放り込まれた。
連日のように追及され続けていたが、それがある時ぱったりと止んだのだ。
ジークヴァインは、ユリアティエルは既に敵の手にかかったものだと、そう判断していた。
そう判断せざるを得なかった。

「・・・ユリアティエルが・・・生きている・・・それは本当か・・・?」

ノヴァイアスが首肯する。

「あの女に・・・あの悪魔のような女に・・・殺されて・・・いない・・・?」

再び、ノヴァイアスは頷いた。

「ノヴァイアス・・・お前があの子を助けてくれたのか? ああ、一体どうやって・・・いや、違う。まずは礼を言わねば・・・」
「その必要はありません」

突然の朗報に混乱しながらも謝意を述べようとするジークヴァインを抑揚のない声が遮った。

「礼を言われることなど私はしておりません。あの方から妃となる資格を永遠に奪い取ったのは他でもない私です。・・・貴方は私を恨みこそすれ、感謝する必要などないのです」

ノヴァイアスの言葉の意味するところを掴めず、一瞬、呆気に取られたジークヴァインだったが、やがてその発言の意図を理解し、顔を歪めた。

「それは・・・つまり、お前がユリアティエルを・・・」

ジークヴァインの瞳に現れた色は、嫌悪でも憎悪でもなく、敢えて言うのならば困惑と悲壮。
ノヴァイアスはその瞳を真っ直ぐに受け止めた。

「・・・貴方は私を憎むべきなのです。いえ、どうか憎んでいただきたい」

しおりを挟む
感想 29

あなたにおすすめの小説

【完結】365日後の花言葉

Ringo
恋愛
許せなかった。 幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。 あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。 “ごめんなさい” 言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの? ※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

妻が通う邸の中に

月山 歩
恋愛
最近妻の様子がおかしい。昼間一人で出掛けているようだ。二人に子供はできなかったけれども、妻と愛し合っていると思っている。僕は妻を誰にも奪われたくない。だから僕は、妻の向かう先を調べることににした。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

【完結】この胸が痛むのは

Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」 彼がそう言ったので。 私は縁組をお受けすることにしました。 そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。 亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。 殿下と出会ったのは私が先でしたのに。 幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです…… 姉が亡くなって7年。 政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが 『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。 亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……  ***** サイドストーリー 『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。 こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。 読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです * 他サイトで公開しています。 どうぞよろしくお願い致します。

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷 ※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

処理中です...