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それは誰
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燭台の蝋燭だけが室内を照らす中では、暗闇で覆われている場所の方が多い。
だから、手帳を見せる男の髪色が黒だと思っていた。
それでも、ゆらめく蝋燭の炎の加減で、その男の髪の色が黒ではなく、深い青である事に気付く。
その色に、何故か目を惹かれて。
魅入られたように目が離せなくて。
目の前に示された手帳よりもそちらの方に意識が向いていた。
男の唇がゆっくりと開く。
「カルセイラン王太子殿下。私の名はノヴァイアス。貴方がここにお書きになった裏切り者でございます」
「・・・なっ?」
この男は何を言っているのか。
目の前の男を、つい舐めるように凝視した。
・・・私は。
「私はお前を知らない。ノヴァイアスという名前など聞いたこともない」
「そうでございましょう。貴方には術がかけられております。いえ、殿下だけではございません。国王陛下ご夫妻にも、家臣一同にも、王国民全体にも、そうです、この王国全体が術中にあるのです」
「な・・・にを・・・」
カルセイランが目を瞠る。
「・・・何をくだらないことを」
口ではそう言いつつも、心中では妙に得心する自分がいた。
ずっと感じ続けていた違和感の正体はこれだったのか、と。
それでも、手帳一つで見知らぬ男の言うことを鵜呑みには出来ない。
王族の立場にある者の言動には、それ相応の重さがあるのだから。
「・・・術を行使できる人間など、世界中を捜しても数えられるほどしかいない。まして、そのような大掛かりな術など、いくら魔力の高い術師でも無理な話だ」
さあ、どう答える?
カルセイランは、ノヴァイアスと名乗る目の前の男を見つめ返した。
「術師による業ではありません。これは一侯爵令嬢により仕掛けられた大規模な罠にございます」
「・・・なに?」
一侯爵令嬢。
一侯爵令嬢、それは。
「その事は、カルセイランさまご自身も薄々気付いておられたようですよ。術に嵌る前のカルセイランさまは」
そう言って、手帳のページをめくり、ある箇所を指で示した。
カルセイランは黙って視線を走らせ、息を呑んだ。
---後に新たに自分の婚約者となる女性、もしくはその近親者が全ての黒幕である筈だ---
確かに自分の筆跡で、そう書かれていた。
新たに婚約者となる女性、もしくはその近親者・・・。
婚約者はヴァルハリラ嬢、近親者となれば現宰相である彼女の父親のダスダイダン卿となる、そのどちらかが。
いや、このノヴァイアスという男は一侯爵令嬢と言った。なれば黒幕はヴァルハリラ・ダスダイダン侯爵令嬢ということか?
そんな事が、と思うと同時に、何処かで納得している自分がいるのも事実で。
ヴァルハリラ嬢を前にして感じる息苦しさの正体は、もしやこれだったのか、と。
いや、だが、しかし。
これは大きすぎる問題だ。
鵜呑みにするべきではない。
自分が何も覚えていない以上、確証がなければ動けない。
混乱するカルセイランに、ノヴァイアスは言葉を重ねる。
「私は、一度その女の配下に下った者です。・・・主である貴方を裏切って」
「・・・な?」
驚愕するカルセイランに、ノヴァイアスは表情を崩す事なく懐から一枚の紙を取り出した。
そしてそれをカルセイランの前、机の上に置いた。
そして静かな声でこう続けた。
「敬愛する王太子殿下、カルセイランさま。ただ貴方だけが、あの女を破滅させる手立てを持っておられます」
その眼は酷く真っ直ぐで。
声は低く、少し掠れていた。
「まずは全てを思い出していただきましょう」
だから、手帳を見せる男の髪色が黒だと思っていた。
それでも、ゆらめく蝋燭の炎の加減で、その男の髪の色が黒ではなく、深い青である事に気付く。
その色に、何故か目を惹かれて。
魅入られたように目が離せなくて。
目の前に示された手帳よりもそちらの方に意識が向いていた。
男の唇がゆっくりと開く。
「カルセイラン王太子殿下。私の名はノヴァイアス。貴方がここにお書きになった裏切り者でございます」
「・・・なっ?」
この男は何を言っているのか。
目の前の男を、つい舐めるように凝視した。
・・・私は。
「私はお前を知らない。ノヴァイアスという名前など聞いたこともない」
「そうでございましょう。貴方には術がかけられております。いえ、殿下だけではございません。国王陛下ご夫妻にも、家臣一同にも、王国民全体にも、そうです、この王国全体が術中にあるのです」
「な・・・にを・・・」
カルセイランが目を瞠る。
「・・・何をくだらないことを」
口ではそう言いつつも、心中では妙に得心する自分がいた。
ずっと感じ続けていた違和感の正体はこれだったのか、と。
それでも、手帳一つで見知らぬ男の言うことを鵜呑みには出来ない。
王族の立場にある者の言動には、それ相応の重さがあるのだから。
「・・・術を行使できる人間など、世界中を捜しても数えられるほどしかいない。まして、そのような大掛かりな術など、いくら魔力の高い術師でも無理な話だ」
さあ、どう答える?
カルセイランは、ノヴァイアスと名乗る目の前の男を見つめ返した。
「術師による業ではありません。これは一侯爵令嬢により仕掛けられた大規模な罠にございます」
「・・・なに?」
一侯爵令嬢。
一侯爵令嬢、それは。
「その事は、カルセイランさまご自身も薄々気付いておられたようですよ。術に嵌る前のカルセイランさまは」
そう言って、手帳のページをめくり、ある箇所を指で示した。
カルセイランは黙って視線を走らせ、息を呑んだ。
---後に新たに自分の婚約者となる女性、もしくはその近親者が全ての黒幕である筈だ---
確かに自分の筆跡で、そう書かれていた。
新たに婚約者となる女性、もしくはその近親者・・・。
婚約者はヴァルハリラ嬢、近親者となれば現宰相である彼女の父親のダスダイダン卿となる、そのどちらかが。
いや、このノヴァイアスという男は一侯爵令嬢と言った。なれば黒幕はヴァルハリラ・ダスダイダン侯爵令嬢ということか?
そんな事が、と思うと同時に、何処かで納得している自分がいるのも事実で。
ヴァルハリラ嬢を前にして感じる息苦しさの正体は、もしやこれだったのか、と。
いや、だが、しかし。
これは大きすぎる問題だ。
鵜呑みにするべきではない。
自分が何も覚えていない以上、確証がなければ動けない。
混乱するカルセイランに、ノヴァイアスは言葉を重ねる。
「私は、一度その女の配下に下った者です。・・・主である貴方を裏切って」
「・・・な?」
驚愕するカルセイランに、ノヴァイアスは表情を崩す事なく懐から一枚の紙を取り出した。
そしてそれをカルセイランの前、机の上に置いた。
そして静かな声でこう続けた。
「敬愛する王太子殿下、カルセイランさま。ただ貴方だけが、あの女を破滅させる手立てを持っておられます」
その眼は酷く真っ直ぐで。
声は低く、少し掠れていた。
「まずは全てを思い出していただきましょう」
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