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密やかに
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カサンドロスのもとを出立してから六日目。
ノヴァイアスは王城をぐるりと囲む城壁の外にいた。
夜になるのを待ち、ノヴァイアスは以前にも使用した隠し通路に入る。
恐らく記憶操作はなされているだろう。
自分の顔を見ても気付かれない確率は高いが、城内を歩く時はなるべく顔を見られないようにしなければ。
そんな事を考えながら、暗がりの中、手元の明かりを頼りに隠し通路を進んで行く。
皮肉なものだ。
あれは二年近く前になるか。
以前この通路を使った時は、カルセイランさまをユリアティエルさまのもとに行かせない為だった。
なのに今は、あの方にカルセイランさまを会わせる為に自らこの道を進んでいる。
ふ、と苦笑しながら、この後の段取りを考える。
この時間ならば、カルセイランさまは私室におられる筈。
私がここを去る迄と状況が変わっていなければ、アデルハイデン卿は地下牢に繋がれているだろう。
サルトゥリアヌスは・・・あいつならば既に私がここにいる事にも気付いているに違いない。
だが会えるか会えないかは、あいつの気分次第、というところか。
出来れば先にあいつに会って情報を聞き出したいものだが。
こちらから捕まえる事は出来ないだろう、と、隠し通路の分岐点でどちらに向かうか進路に迷う。
やがて殿下の私室へと直接繋がる通路の方に、ノヴァイアスは歩を進めた。
さて、あの方はどこまで覚えておられるだろうか。
私を見て、どんな顔をされるのだろうか。
全てを思い出せば、きっと殺しても飽き足りないほどに私を憎まれるに違いない。
カルセイランは私室の机に着き、明日に予定している会議の書類に目を通していた。
窓も開いていない締め切った部屋の中で、明かりとりの蝋燭の炎が揺れる。
・・・侵入者か・・・?
カルセイランの頭にまず浮かんだのはその言葉。
護身用の剣を静かに手元に引き寄せる。
そして柄に手を置き、ゆっくりと視線を巡らせた。
どこだ?
窓に目を遣り、それから扉、隣室へと続くもう一つの扉を見る。
人影がない事を確認し、詰めていた息を吐いたところで、背後からことり、という音が聞こえた。
後ろは壁しかない。
いや、違う。あそこにも扉はあった。
だが、それを知る者は王家に属する者たちのみの筈。
「・・・カルセイラン王太子殿下・・・」
そしてやはり、声は背後から聞こえてきた。
聞き覚えのない男の声。
だが、どこか懐かしい声。
それと同時に、腹の底から湧き上がるのは何故か強く、沸るような感情で。
ああ、まただ。
自分の記憶に、感情に、度々降りかかる矛盾した感覚。
だが、今はどこか慣れてしまっていて。
不思議に思うよりも、いつもの事だ、と、そう折り合いをつけるだけになって。
いつか、この感情の迷路から解き放たれる日は来るのだろうか。
そう思いつつも、そんな日は決して来ないと思っていた。
ずっと霧に包まれたような、そんな曖昧で苦痛の日々が続くだけだと。
そう思っていたからこそ、心底、驚いたのだ。
王族しか知らされていない筈の隠し通路から現れた男が、私に示してみせた物に。
男が懐から取り出したのは、いつの間にか手元から消えた私の手帳。
何故か、消えたことすら疑問にも思わなかった遠い記憶の物で。
だが、そこに書いてあった文は、文字は、確かに自分のものだった。
男は手帳から一つの箇所を私に示す。
そこに書かれていたのは、自分の字で書かれた、なのに全く覚えのない名前と不穏な一文だった。
---ノヴァイアス、それが私を裏切った男の名前---
そこには、そう書かれていた。
ノヴァイアスは王城をぐるりと囲む城壁の外にいた。
夜になるのを待ち、ノヴァイアスは以前にも使用した隠し通路に入る。
恐らく記憶操作はなされているだろう。
自分の顔を見ても気付かれない確率は高いが、城内を歩く時はなるべく顔を見られないようにしなければ。
そんな事を考えながら、暗がりの中、手元の明かりを頼りに隠し通路を進んで行く。
皮肉なものだ。
あれは二年近く前になるか。
以前この通路を使った時は、カルセイランさまをユリアティエルさまのもとに行かせない為だった。
なのに今は、あの方にカルセイランさまを会わせる為に自らこの道を進んでいる。
ふ、と苦笑しながら、この後の段取りを考える。
この時間ならば、カルセイランさまは私室におられる筈。
私がここを去る迄と状況が変わっていなければ、アデルハイデン卿は地下牢に繋がれているだろう。
サルトゥリアヌスは・・・あいつならば既に私がここにいる事にも気付いているに違いない。
だが会えるか会えないかは、あいつの気分次第、というところか。
出来れば先にあいつに会って情報を聞き出したいものだが。
こちらから捕まえる事は出来ないだろう、と、隠し通路の分岐点でどちらに向かうか進路に迷う。
やがて殿下の私室へと直接繋がる通路の方に、ノヴァイアスは歩を進めた。
さて、あの方はどこまで覚えておられるだろうか。
私を見て、どんな顔をされるのだろうか。
全てを思い出せば、きっと殺しても飽き足りないほどに私を憎まれるに違いない。
カルセイランは私室の机に着き、明日に予定している会議の書類に目を通していた。
窓も開いていない締め切った部屋の中で、明かりとりの蝋燭の炎が揺れる。
・・・侵入者か・・・?
カルセイランの頭にまず浮かんだのはその言葉。
護身用の剣を静かに手元に引き寄せる。
そして柄に手を置き、ゆっくりと視線を巡らせた。
どこだ?
窓に目を遣り、それから扉、隣室へと続くもう一つの扉を見る。
人影がない事を確認し、詰めていた息を吐いたところで、背後からことり、という音が聞こえた。
後ろは壁しかない。
いや、違う。あそこにも扉はあった。
だが、それを知る者は王家に属する者たちのみの筈。
「・・・カルセイラン王太子殿下・・・」
そしてやはり、声は背後から聞こえてきた。
聞き覚えのない男の声。
だが、どこか懐かしい声。
それと同時に、腹の底から湧き上がるのは何故か強く、沸るような感情で。
ああ、まただ。
自分の記憶に、感情に、度々降りかかる矛盾した感覚。
だが、今はどこか慣れてしまっていて。
不思議に思うよりも、いつもの事だ、と、そう折り合いをつけるだけになって。
いつか、この感情の迷路から解き放たれる日は来るのだろうか。
そう思いつつも、そんな日は決して来ないと思っていた。
ずっと霧に包まれたような、そんな曖昧で苦痛の日々が続くだけだと。
そう思っていたからこそ、心底、驚いたのだ。
王族しか知らされていない筈の隠し通路から現れた男が、私に示してみせた物に。
男が懐から取り出したのは、いつの間にか手元から消えた私の手帳。
何故か、消えたことすら疑問にも思わなかった遠い記憶の物で。
だが、そこに書いてあった文は、文字は、確かに自分のものだった。
男は手帳から一つの箇所を私に示す。
そこに書かれていたのは、自分の字で書かれた、なのに全く覚えのない名前と不穏な一文だった。
---ノヴァイアス、それが私を裏切った男の名前---
そこには、そう書かれていた。
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