【完結】君は私を許してはいけない ーーー 永遠の贖罪

冬馬亮

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対峙と提案

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カサンドロスの言葉に反応したノヴァイアスが、柄に手をかける。

だが、先程のシャイラックの時のように即座に動くことはなかった。
ただ柄に手をかけたまま、黙って次の言葉をカサンドロスが発するのを待っている。

「・・・どうした。私を切らないのか? そこで喚きながら転げ回っている男のように」

カサンドロスは挑戦的にそう告げる。

「切ってそれで終わるのならばそうしたいところだが」

ノヴァイアスは冷静に言葉を返した。
カサンドロスの背後、シャイラックが雇った傭兵たちと戦っている彼の私兵の事を言っているのだろう。

カサンドロスは、ふ、と笑む。

「ユリアティエルに会いたいか? 王国に忘れ去られた悲劇の姫君、ユリアティエル・アデルハイデンに」

その言葉に、ノヴァイアスの瞳が一瞬、揺れた。

「・・・ご無事、なのだろうな?」

絞り出すような声に、カサンドロスの目が更に細められた。

「怪我の有無について聞いているのならば全くの無傷だ。・・・閨事の云々に関してならば、言わずもがなだが」
「・・・っ」
「はっ、なんだ、その顔は。お前が怒るのか? 最初にあの娘に絶望を与えたのはお前だろうに。私もお前も同じ穴のムジナだろう?」

にやりと挑戦的な笑みをたたえながら放たれた言葉に、ノヴァイアスの瞳が怒りで燃え上がった・・・が、すぐに深く息を吐くと瞳から感情を消した。

「かかっては来ないか。存外冷静だな」
「・・・ユリアティエルさまを解放するに当たっての条件が有れば提示してもらおう」

挑発に乗ることなく返した静かな言葉に、カサンドロスは「ほう」と声を漏らした。

「成程、成程。確かにお前ならば私の欲しいものを出せるかもしれんな。主君を裏切って敵方についておきながら、自ら陥れた娘のために必死になって走り回る程の愚か者であれば」

何もかもを見透かしたような口ぶりに、ノヴァイアスはぐっと拳を握りしめる。
だが、ここでもやはり、口を開こうとはしなかった。

「いいだろう、交渉に乗ってやる。もとより私はあの娘が欲しかった訳ではないしな」

その言葉に、ノヴァイアスが視線を上げる。

「私が欲しいのは情報だ。ノヴァイアス」

予想外の返答だったのか、ノヴァイアスは軽く目を瞠った。

「私にとって何より大事なのは金、私の築き上げた資産だ。何処に何を配置し、入手し、売りさばくか。いつ、どんな品が必要か。高値で売れる時期、暴落する時期。金を増やし、守り、管理するために必要なもの、それは即ち情報だ。そして、中でも私が今一番欲しいのは、この国で密かに起きている事が何かという情報、それに尽きる」
「・・・」
「今この国の動きは常人の理解を超えている。私はこの国そのものが消えてしまう可能性すら考えているのだ」

カサンドロスは、ノヴァイアスの反応を楽しんでいるかのように目を細めた。

「もしそうであれば共倒れは御免だ。金を引っ張れるだけ引っ張った後はさっさとこの国から離れる」
「・・・」
「わかるか、ノヴァイアス。私は今、この国から手を引くべきかどうかを判断する材料が欲しいのだよ」

そうしてカサンドロスは、まるで値踏みするかのような視線をノヴァイアスに送った。

「ユリアティエルは起きた事象そのものについては知っていても、背後に働く力については何も知らなかった。故に解放されるには対価が足りない。身体で支払うとしても、だ。・・・だが」

にやりと笑い、ノヴァイアスを見遣る。

「お前はどうかな? 果たして、あの娘を買い戻せるだけの価値ある情報を私にもたらせるだろうか。まだ相当な額が残っているぞ?」

それまでずっと黙って聞いていたノヴァイアスは、大きく息を吐くと柄から手を離した。

「・・・その前に一つ聞く。カサンドロス、お前はどうやって術から逃れたのだ?」

その問いに、カサンドロスは直接答えず、ただ右腕を高く掲げて三重の魔道具を見せた。

「・・・話す気になったか?」

その問いにノヴァイアスは頷いた。
カサンドロスは満足そうに頷くと、ノヴァイアスに手を差し伸べた。

「では当夜の宿に招待しよう。勿論、お前の背中に張り付いて様子を伺っている無口な小娘も共に来て構わない。・・・どれだけ価値のある情報を持っているか、聞かせて貰おうではないか」
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