上 下
42 / 183

対峙と提案

しおりを挟む
カサンドロスの言葉に反応したノヴァイアスが、柄に手をかける。

だが、先程のシャイラックの時のように即座に動くことはなかった。
ただ柄に手をかけたまま、黙って次の言葉をカサンドロスが発するのを待っている。

「・・・どうした。私を切らないのか? そこで喚きながら転げ回っている男のように」

カサンドロスは挑戦的にそう告げる。

「切ってそれで終わるのならばそうしたいところだが」

ノヴァイアスは冷静に言葉を返した。
カサンドロスの背後、シャイラックが雇った傭兵たちと戦っている彼の私兵の事を言っているのだろう。

カサンドロスは、ふ、と笑む。

「ユリアティエルに会いたいか? 王国に忘れ去られた悲劇の姫君、ユリアティエル・アデルハイデンに」

その言葉に、ノヴァイアスの瞳が一瞬、揺れた。

「・・・ご無事、なのだろうな?」

絞り出すような声に、カサンドロスの目が更に細められた。

「怪我の有無について聞いているのならば全くの無傷だ。・・・閨事の云々に関してならば、言わずもがなだが」
「・・・っ」
「はっ、なんだ、その顔は。お前が怒るのか? 最初にあの娘に絶望を与えたのはお前だろうに。私もお前も同じ穴のムジナだろう?」

にやりと挑戦的な笑みをたたえながら放たれた言葉に、ノヴァイアスの瞳が怒りで燃え上がった・・・が、すぐに深く息を吐くと瞳から感情を消した。

「かかっては来ないか。存外冷静だな」
「・・・ユリアティエルさまを解放するに当たっての条件が有れば提示してもらおう」

挑発に乗ることなく返した静かな言葉に、カサンドロスは「ほう」と声を漏らした。

「成程、成程。確かにお前ならば私の欲しいものを出せるかもしれんな。主君を裏切って敵方についておきながら、自ら陥れた娘のために必死になって走り回る程の愚か者であれば」

何もかもを見透かしたような口ぶりに、ノヴァイアスはぐっと拳を握りしめる。
だが、ここでもやはり、口を開こうとはしなかった。

「いいだろう、交渉に乗ってやる。もとより私はあの娘が欲しかった訳ではないしな」

その言葉に、ノヴァイアスが視線を上げる。

「私が欲しいのは情報だ。ノヴァイアス」

予想外の返答だったのか、ノヴァイアスは軽く目を瞠った。

「私にとって何より大事なのは金、私の築き上げた資産だ。何処に何を配置し、入手し、売りさばくか。いつ、どんな品が必要か。高値で売れる時期、暴落する時期。金を増やし、守り、管理するために必要なもの、それは即ち情報だ。そして、中でも私が今一番欲しいのは、この国で密かに起きている事が何かという情報、それに尽きる」
「・・・」
「今この国の動きは常人の理解を超えている。私はこの国そのものが消えてしまう可能性すら考えているのだ」

カサンドロスは、ノヴァイアスの反応を楽しんでいるかのように目を細めた。

「もしそうであれば共倒れは御免だ。金を引っ張れるだけ引っ張った後はさっさとこの国から離れる」
「・・・」
「わかるか、ノヴァイアス。私は今、この国から手を引くべきかどうかを判断する材料が欲しいのだよ」

そうしてカサンドロスは、まるで値踏みするかのような視線をノヴァイアスに送った。

「ユリアティエルは起きた事象そのものについては知っていても、背後に働く力については何も知らなかった。故に解放されるには対価が足りない。身体で支払うとしても、だ。・・・だが」

にやりと笑い、ノヴァイアスを見遣る。

「お前はどうかな? 果たして、あの娘を買い戻せるだけの価値ある情報を私にもたらせるだろうか。まだ相当な額が残っているぞ?」

それまでずっと黙って聞いていたノヴァイアスは、大きく息を吐くと柄から手を離した。

「・・・その前に一つ聞く。カサンドロス、お前はどうやって術から逃れたのだ?」

その問いに、カサンドロスは直接答えず、ただ右腕を高く掲げて三重の魔道具を見せた。

「・・・話す気になったか?」

その問いにノヴァイアスは頷いた。
カサンドロスは満足そうに頷くと、ノヴァイアスに手を差し伸べた。

「では当夜の宿に招待しよう。勿論、お前の背中に張り付いて様子を伺っている無口な小娘も共に来て構わない。・・・どれだけ価値のある情報を持っているか、聞かせて貰おうではないか」
しおりを挟む
感想 29

あなたにおすすめの小説

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

【完結】裏切られたあなたにもう二度と恋はしない

たろ
恋愛
優しい王子様。あなたに恋をした。 あなたに相応しくあろうと努力をした。 あなたの婚約者に選ばれてわたしは幸せでした。 なのにあなたは美しい聖女様に恋をした。 そして聖女様はわたしを嵌めた。 わたしは地下牢に入れられて殿下の命令で騎士達に犯されて死んでしまう。 大好きだったお父様にも見捨てられ、愛する殿下にも嫌われ酷い仕打ちを受けて身と心もボロボロになり死んでいった。 その時の記憶を忘れてわたしは生まれ変わった。 知らずにわたしはまた王子様に恋をする。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈 
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈 
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

ねえ、テレジア。君も愛人を囲って構わない。

夏目
恋愛
愛している王子が愛人を連れてきた。私も愛人をつくっていいと言われた。私は、あなたが好きなのに。 (小説家になろう様にも投稿しています)

永遠の誓いを立てましょう、あなたへの想いを思い出すことは決してないと……

矢野りと
恋愛
ある日突然、私はすべてを失った。 『もう君はいりません、アリスミ・カロック』 恋人は表情を変えることなく、別れの言葉を告げてきた。彼の隣にいた私の親友は、申し訳なさそうな顔を作ることすらせず笑っていた。 恋人も親友も一度に失った私に待っていたのは、さらなる残酷な仕打ちだった。 『八等級魔術師アリスミ・カロック。異動を命じる』 『えっ……』 任期途中での異動辞令は前例がない。最上位の魔術師である元恋人が裏で動いた結果なのは容易に察せられた。 私にそれを拒絶する力は勿論なく、一生懸命に築いてきた居場所さえも呆気なく奪われた。 それから二年が経った頃、立ち直った私の前に再び彼が現れる。 ――二度と交わらないはずだった運命の歯車が、また動き出した……。 ※このお話の設定は架空のものです。 ※お話があわない時はブラウザバックでお願いします(_ _)

処理中です...