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身売りの記念
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サルトゥリアヌスが部屋に入るのと、室内から不機嫌な声が聞こえてきたのは、ほぼ同時だった。
「随分と時間がかかったじゃない。ノヴァイアスはそんなに遠くに行ってたの?」
「・・・申し訳ございません。寝る間も惜しんであちこち探し回っているようでして。居場所を把握するのに少々手こずりました」
そう答えながら、サルトゥリアヌスは流麗な動きで礼をした。
「ふうん。・・・それで? まさかノヴァイアスはあの女を見つけ出したりしてないでしょうね?」
「ご安心を」
サルトゥリアヌスは、美しく、無機質な笑みを浮かべた。
「あの男は、全く見当違いの場所を探しております。ユリアティエルに辿り着くことはまずあり得ないかと」
「ならいいけど」
まだ不機嫌が収まらない様子のヴァルハリラは、乱暴に音を立てながらカップを置いた。
皿の上に美しく並べられた菓子をひとつ摘み、口へと運ぶ。
「まぁ、流石にノヴァイアスもどうにも出来ないでしょうけどね。この広い国土の中、売られた女ひとりを探し出すなんて」
菓子は、さく、と軽やかな音を立ててヴァルハリラの口の中へ消えていく。
「全く、相手に嫌われてるのにしつこく追いかけ回すなんて、みっともないわね。相手の気持ちを考えない行為は、周りで見てる者たちまで不愉快にするって事も気づかないのね」
「・・・仰る通りです」
「あ、そうそう。頼んでおいたもの、持って来てくれた?」
「こちらに」
サルトゥリアヌスは、懐から小袋を取り出すと、ヴァルハリラのテーブルの上にどさりと置いた。
その拍子に、袋の口から金貨が数枚、零れ落ちる。
「このお金の使い道をずっと考えてたのよ。あの女、顔だけは良かったせいか、なかなかの金額で売れたじゃない?」
テーブルに零れ出た金貨をひとつ手に取り、笑みを浮かべる。
「あの女が奴隷として身を売ることまでして作ってくれたお金ですもの。せっかくだから、これでカルセイランさまへの贈り物を買って差し上げようと思うの。きっとお喜びになるわ」
つまんだ金貨を口に当て、楽しくて仕方がないという様子で、そう口にした、
「贈り物はヴァルハリラさまがお選びに?」
サルトゥリアヌスは無表情で問い返す。
「お前に任せるわ。殿方の品なんて私が見ても良く分からないし」
「畏まりました」
「ふふ、あの女もきっと私に感謝するわよ。やっとあの方のお役に立つような事が出来たんですものね」
うっとりとした表情で呟くと、はっと思い出したように付け加えた。
「そうそう、うんと素敵なものを選んできて頂戴ね。あの女の身売り記念として、カルセイランさまにずっと持っていていただくから」
「お任せください」
そう言ってサルトゥリアヌスは下がり、それから暫くの間、ヴァルハリラは満足そうな顔で茶を飲んでいた。・・・が、ふと思いついたように侍女を呼び出すと、大急ぎで自身の身支度を整えさせた。
式用のドレスデザインを新しく思いついたのだ。
色々とこだわって何度も作り直しをさせているため、かなり満足のいくものが仕上がっている。
でも今思いついたデザインもなかなか捨てがたい。
すぐにデザイナーに会って、試しに一着仕立てて貰わないと。
もう美しいドレスが何着も仕上がっているから、十分ではないかとカルセイランさまはよく仰るけれど。
カルセイランさまは分かってらっしゃらない。これは決して無駄使いではないの。
式の最中に何回か着替えれば済むことだもの。
カルセイランさまだって、美しく着飾った私を見たら、嬉しくて堪らない筈よ。
それに、私だってユリアティエルを売ったお金でカルセイランさまに贈り物を買って差し上げるのよ?
お返しにドレスをもう一着作るくらい、当然の事ではないかしら?
「・・・そういえば、うっかりしてたわ」
サルトゥリアヌスが帰った後で思い出した。
「ジークヴァイン・アデルハイデンが今どうしているか聞くのを忘れてたわ。あの男、地下牢でまだ生きているのかしら」
「随分と時間がかかったじゃない。ノヴァイアスはそんなに遠くに行ってたの?」
「・・・申し訳ございません。寝る間も惜しんであちこち探し回っているようでして。居場所を把握するのに少々手こずりました」
そう答えながら、サルトゥリアヌスは流麗な動きで礼をした。
「ふうん。・・・それで? まさかノヴァイアスはあの女を見つけ出したりしてないでしょうね?」
「ご安心を」
サルトゥリアヌスは、美しく、無機質な笑みを浮かべた。
「あの男は、全く見当違いの場所を探しております。ユリアティエルに辿り着くことはまずあり得ないかと」
「ならいいけど」
まだ不機嫌が収まらない様子のヴァルハリラは、乱暴に音を立てながらカップを置いた。
皿の上に美しく並べられた菓子をひとつ摘み、口へと運ぶ。
「まぁ、流石にノヴァイアスもどうにも出来ないでしょうけどね。この広い国土の中、売られた女ひとりを探し出すなんて」
菓子は、さく、と軽やかな音を立ててヴァルハリラの口の中へ消えていく。
「全く、相手に嫌われてるのにしつこく追いかけ回すなんて、みっともないわね。相手の気持ちを考えない行為は、周りで見てる者たちまで不愉快にするって事も気づかないのね」
「・・・仰る通りです」
「あ、そうそう。頼んでおいたもの、持って来てくれた?」
「こちらに」
サルトゥリアヌスは、懐から小袋を取り出すと、ヴァルハリラのテーブルの上にどさりと置いた。
その拍子に、袋の口から金貨が数枚、零れ落ちる。
「このお金の使い道をずっと考えてたのよ。あの女、顔だけは良かったせいか、なかなかの金額で売れたじゃない?」
テーブルに零れ出た金貨をひとつ手に取り、笑みを浮かべる。
「あの女が奴隷として身を売ることまでして作ってくれたお金ですもの。せっかくだから、これでカルセイランさまへの贈り物を買って差し上げようと思うの。きっとお喜びになるわ」
つまんだ金貨を口に当て、楽しくて仕方がないという様子で、そう口にした、
「贈り物はヴァルハリラさまがお選びに?」
サルトゥリアヌスは無表情で問い返す。
「お前に任せるわ。殿方の品なんて私が見ても良く分からないし」
「畏まりました」
「ふふ、あの女もきっと私に感謝するわよ。やっとあの方のお役に立つような事が出来たんですものね」
うっとりとした表情で呟くと、はっと思い出したように付け加えた。
「そうそう、うんと素敵なものを選んできて頂戴ね。あの女の身売り記念として、カルセイランさまにずっと持っていていただくから」
「お任せください」
そう言ってサルトゥリアヌスは下がり、それから暫くの間、ヴァルハリラは満足そうな顔で茶を飲んでいた。・・・が、ふと思いついたように侍女を呼び出すと、大急ぎで自身の身支度を整えさせた。
式用のドレスデザインを新しく思いついたのだ。
色々とこだわって何度も作り直しをさせているため、かなり満足のいくものが仕上がっている。
でも今思いついたデザインもなかなか捨てがたい。
すぐにデザイナーに会って、試しに一着仕立てて貰わないと。
もう美しいドレスが何着も仕上がっているから、十分ではないかとカルセイランさまはよく仰るけれど。
カルセイランさまは分かってらっしゃらない。これは決して無駄使いではないの。
式の最中に何回か着替えれば済むことだもの。
カルセイランさまだって、美しく着飾った私を見たら、嬉しくて堪らない筈よ。
それに、私だってユリアティエルを売ったお金でカルセイランさまに贈り物を買って差し上げるのよ?
お返しにドレスをもう一着作るくらい、当然の事ではないかしら?
「・・・そういえば、うっかりしてたわ」
サルトゥリアヌスが帰った後で思い出した。
「ジークヴァイン・アデルハイデンが今どうしているか聞くのを忘れてたわ。あの男、地下牢でまだ生きているのかしら」
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