【完結】君は私を許してはいけない ーーー 永遠の贖罪

冬馬亮

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揺れる影

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「思った通りだ。お前の血は甘い」

唇の端から零れ落ちそうになった一滴を、自らの舌で舐め取りながら、サルトゥリアヌスは囁いた。

「・・・血に甘いも苦いもあるのですか?」

手首に感じる小さな痛みに微かに眉を寄せ、ユリアティエルは問う。

「ああ、至高のワインにも勝る豊潤な香りと味のものもあれば、思わず吐き捨てたくなるほど臭いものもある。同じ人間でも偉い差があるものさ」

恍惚とした表情でユリアティエルの血を堪能するその姿は、一種背徳的ですらある。

少しの目眩を感じて身体がふらつけば、ここで漸くサルトゥリアヌスが突き立てていた牙を離した。

「少し食らいすぎたか」

血の気が失せた青白い顔を見て、サルトゥリアヌスがくつりと笑う。

「あの女からの指示がなければ、このまま永久にお前をここに閉じ込め、日々お前を食らってもいいと思うくらいには美味いな」

それはそれで恐ろしいとユリアティエルは思ったけれど。
起きることのない未来に怯える暇など、今のユリアティエルにはなかった。

彼女には刻一刻と差し迫る確実で残酷な未来があるのだから。

「お前の行き先は早目に決めておけ。そしてゴミのように扱われる未来への覚悟を決めておくことだ」
「・・・わかりました」

ただ猶予されただけの未来ではあるけれど、取り敢えずその中から自分で決められるというのならば。

私はどれを選ぶのだろう。

その後、部屋にひとり残されたユリアティエルはベッドの上に横たわり、目を瞑る。

考えておけ、と言われた。

でも。
でも、もう。

・・・カルセイランさま。

何もかもがどうでもいい。そんな気がしていた。

愛され、慈しまれた日の記憶は、もう遥か遠い昔のようで。
手首から感じる微かな痛みだけが、今のユリアティエルの意識を繋ぎ止めている。

ノヴァイアス。
貴方が私を探しているというのは本当なの?
私がどこにいるかも分からないというのに?

身じろげば、手首がちくりと痛む。

それでも、やがて手首の痛みも治まるにつれ、ユリアティエルは我知らず、深い闇へと落ちていった。






サルトゥリアヌスは鏡を見ていた。

その向こうに映るのは、自身の影とは異なる全く異質の姿。

「・・・馬鹿の戯言に付き合わされているのです。少しくらい遊んでもいいでしょう?」

そんな呟きが彼の口から漏れると、鏡に映る別の影が何かを囁いた。

それに対し、サルトゥリアヌスが、くく、と笑う。

「まあ、あの女はともかく、他は思っていたより面白い動きをしているのは確かですがね」

影がゆらゆらと揺れる。
それはまるで笑っているかのようだ。

「人間など、愚かで弱いばかりの脆い存在だと思っておりましたが、なかなかどうして」

サルトゥリアヌスが目を細める。

「ええ、楽しゅうごさいますよ。捻じ曲げられた運命に抗おうと必死に闘う様は、滑稽ながらも美しいものですからね」

影の囁きに応えて「ああ」と手を上げる。

「ご安心ください。全ては順調です。あの女は何の疑問も抱かずに用意された道を進んでいますよ。ええ、主の掌の上で転がされているとも知らず」

感情の籠もらない綺麗な笑みを浮かべ、サルトゥリアヌスは言葉を継ぐ。

「全ては主のお望みのままに」
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