9 / 183
逃亡と追跡
しおりを挟む
別邸へと向かったユリアティエルは、足取りを辿られないように馬車をいくつも乗り換え、五日ほどかけて到着した。
隔離された場所であるこの別邸には、王都での出来事などは一切、伝わってこない。
居場所を悟られないようにするため、ジークヴァインとの接触も極力控えている。
元々この別邸を管理していた老夫婦が、今はユリアティエルの身の回りの世話や雑用をしてくれることになった。
「お嬢さま、そのような事は私がやりますから・・・」
野菜の皮むきを手伝おうとナイフを手にしたユリアティエルを慌てて止めようとしたのは妻の方のエイドリアンだ。
「やらせてちょうだい。もしもの事を考えてなるべく自分で出来るようにしておきたいの」
何度もお願いした結果、エイドリアンはユリアティエルの希望を尊重し、そのおぼつかない手つきにハラハラしつつも一つずつ丁寧に家事を教えてくれる。
元来、ユリアティエルはかなりの努力家だった事もあり、少しずつ一通りの家事をこなせるようになっていった。
夫のハンクスは野草や木の実には詳しく、よくユリアティエルを山や森に連れて行っては、見分け方や食べ方などを教えてくれた。
カルセイランを思い出さない日はなかったが、優しく親切な管理人夫婦のお陰で、王都で受けたショックから少しずつ回復しつつあった。
そんな穏やかな日々も、続いたのはたったの半年だった。
それまで何か所かを経由して届いていた父からの手紙が、三か月を過ぎたあたりからぱったりと来なくなったのは、その兆しだったのだろうか。
不安を覚えながらも、こちらから連絡を取ることは出来ない。
それは他ならぬ父から、厳しく止められていたから。
最近の情勢が全くわからないこともあって、不安ばかりが募る毎日が続いた。
そんなある日のこと。
部屋をノックする音がした。
扉を開ければ、エイドリアンが緊張した面持ちで立っている。
「お客さまがいらしています。・・・お嬢さまに会いたいと」
思わず息を呑み、自分の喉からひゅっと音が聞こえた。
知らず、身体が震える。
客ですって? 一体、誰が?
この場所は、王宮も把握していない場所。
しかも、私がここにいることはお父さましか知らない筈なのに。
そのまま黙りこくったユリアティエルを、エイドリアンは心配そうに見つめる。
深い事情は知らせていないが、エイドリアンも突然の来客に戸惑っている様だ。
「・・・その客人は、今どちらに?」
やっとの思いで振り絞った声は震えている。
「中に入れていいものかどうか迷いましたので、玄関先にてお待ち頂いています」
「そう・・・ありがとう。今行くわ」
生憎、ハンクスは買い出しで麓の町に降りている。
この屋敷には今、ユリアティエルとエイドリアンしかいないのだ。
来客とは、一体誰なのか。
ユリアティエルは、震える足取りで玄関へと進んだ。
果たして、玄関先で佇んでいたのは、ユリアティエルにとって意外な人物で。
或いは、このような状況でなければ、意外でもなんでもなかった人物で。
彼はユリアティエルの姿を認めると、ぱあっと光が射したかのように優しげに笑う。
その爽やかな笑顔を縁取るように、艶やかな群青の長い髪が風でさらりと揺れる。
カルセイランの親友で、幼い時から彼に仕えていた腹心の部下で。
カルセイランが信を置き、気兼ねなく話すことが出来る大切な幼なじみ。
「・・・ノヴァイアスさま」
ユリアティエルの口が彼の名を呼ぶと、ノヴァイアスの口元は嬉しそうに綻んだ。
「ユリアティエルさま。お久しぶりでございます」
そうして彼はゆっくりとユリアティエルに近づいた。
「王太子殿下からの大事な言伝を預かっておりまして。こうして急ぎやって来た次第にございます」
隔離された場所であるこの別邸には、王都での出来事などは一切、伝わってこない。
居場所を悟られないようにするため、ジークヴァインとの接触も極力控えている。
元々この別邸を管理していた老夫婦が、今はユリアティエルの身の回りの世話や雑用をしてくれることになった。
「お嬢さま、そのような事は私がやりますから・・・」
野菜の皮むきを手伝おうとナイフを手にしたユリアティエルを慌てて止めようとしたのは妻の方のエイドリアンだ。
「やらせてちょうだい。もしもの事を考えてなるべく自分で出来るようにしておきたいの」
何度もお願いした結果、エイドリアンはユリアティエルの希望を尊重し、そのおぼつかない手つきにハラハラしつつも一つずつ丁寧に家事を教えてくれる。
元来、ユリアティエルはかなりの努力家だった事もあり、少しずつ一通りの家事をこなせるようになっていった。
夫のハンクスは野草や木の実には詳しく、よくユリアティエルを山や森に連れて行っては、見分け方や食べ方などを教えてくれた。
カルセイランを思い出さない日はなかったが、優しく親切な管理人夫婦のお陰で、王都で受けたショックから少しずつ回復しつつあった。
そんな穏やかな日々も、続いたのはたったの半年だった。
それまで何か所かを経由して届いていた父からの手紙が、三か月を過ぎたあたりからぱったりと来なくなったのは、その兆しだったのだろうか。
不安を覚えながらも、こちらから連絡を取ることは出来ない。
それは他ならぬ父から、厳しく止められていたから。
最近の情勢が全くわからないこともあって、不安ばかりが募る毎日が続いた。
そんなある日のこと。
部屋をノックする音がした。
扉を開ければ、エイドリアンが緊張した面持ちで立っている。
「お客さまがいらしています。・・・お嬢さまに会いたいと」
思わず息を呑み、自分の喉からひゅっと音が聞こえた。
知らず、身体が震える。
客ですって? 一体、誰が?
この場所は、王宮も把握していない場所。
しかも、私がここにいることはお父さましか知らない筈なのに。
そのまま黙りこくったユリアティエルを、エイドリアンは心配そうに見つめる。
深い事情は知らせていないが、エイドリアンも突然の来客に戸惑っている様だ。
「・・・その客人は、今どちらに?」
やっとの思いで振り絞った声は震えている。
「中に入れていいものかどうか迷いましたので、玄関先にてお待ち頂いています」
「そう・・・ありがとう。今行くわ」
生憎、ハンクスは買い出しで麓の町に降りている。
この屋敷には今、ユリアティエルとエイドリアンしかいないのだ。
来客とは、一体誰なのか。
ユリアティエルは、震える足取りで玄関へと進んだ。
果たして、玄関先で佇んでいたのは、ユリアティエルにとって意外な人物で。
或いは、このような状況でなければ、意外でもなんでもなかった人物で。
彼はユリアティエルの姿を認めると、ぱあっと光が射したかのように優しげに笑う。
その爽やかな笑顔を縁取るように、艶やかな群青の長い髪が風でさらりと揺れる。
カルセイランの親友で、幼い時から彼に仕えていた腹心の部下で。
カルセイランが信を置き、気兼ねなく話すことが出来る大切な幼なじみ。
「・・・ノヴァイアスさま」
ユリアティエルの口が彼の名を呼ぶと、ノヴァイアスの口元は嬉しそうに綻んだ。
「ユリアティエルさま。お久しぶりでございます」
そうして彼はゆっくりとユリアティエルに近づいた。
「王太子殿下からの大事な言伝を預かっておりまして。こうして急ぎやって来た次第にございます」
20
お気に入りに追加
1,140
あなたにおすすめの小説

どうかこの偽りがいつまでも続きますように…
矢野りと
恋愛
ある日突然『魅了』の罪で捕らえられてしまった。でも誤解はすぐに解けるはずと思っていた、だって私は魅了なんて使っていないのだから…。
それなのに真実は闇に葬り去られ、残ったのは周囲からの冷たい眼差しだけ。
もう誰も私を信じてはくれない。
昨日までは『絶対に君を信じている』と言っていた婚約者さえも憎悪を向けてくる。
まるで人が変わったかのように…。
*設定はゆるいです。

7歳の侯爵夫人
凛江
恋愛
ある日7歳の公爵令嬢コンスタンスが目覚めると、世界は全く変わっていたー。
自分は現在19歳の侯爵夫人で、23歳の夫がいるというのだ。
どうやら彼女は事故に遭って12年分の記憶を失っているらしい。
目覚める前日、たしかに自分は王太子と婚約したはずだった。
王太子妃になるはずだった自分が何故侯爵夫人になっているのかー?
見知らぬ夫に戸惑う妻(中身は幼女)と、突然幼女になってしまった妻に戸惑う夫。
23歳の夫と7歳の妻の奇妙な関係が始まるー。
さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】
私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。
もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。
※マークは残酷シーン有り
※(他サイトでも投稿中)

婚約解消の理由はあなた
彩柚月
恋愛
王女のレセプタントのオリヴィア。結婚の約束をしていた相手から解消の申し出を受けた理由は、王弟の息子に気に入られているから。
私の人生を壊したのはあなた。
許されると思わないでください。
全18話です。
最後まで書き終わって投稿予約済みです。

【完結】「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と言っていた婚約者と婚約破棄したいだけだったのに、なぜか聖女になってしまいました
As-me.com
恋愛
完結しました。
とある日、偶然にも婚約者が「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」とお友達に楽しそうに宣言するのを聞いてしまいました。
例え2番目でもちゃんと愛しているから結婚にはなんの問題も無いとおっしゃっていますが……そんな婚約者様がとんでもない問題児だと発覚します。
なんてことでしょう。愛も無い、信頼も無い、領地にメリットも無い。そんな無い無い尽くしの婚約者様と結婚しても幸せになれる気がしません。
ねぇ、婚約者様。私はあなたと結婚なんてしたくありませんわ。絶対婚約破棄しますから!
あなたはあなたで、1番好きな人と結婚してくださいな。
※この作品は『「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。 』を書き直しています。内容はほぼ一緒ですが、細かい設定や登場人物の性格などを書き直す予定です。

【完結】幼い頃から婚約を誓っていた伯爵に婚約破棄されましたが、数年後に驚くべき事実が発覚したので会いに行こうと思います
菊池 快晴
恋愛
令嬢メアリーは、幼い頃から将来を誓い合ったゼイン伯爵に婚約破棄される。
その隣には見知らぬ女性が立っていた。
二人は傍から見ても仲睦まじいカップルだった。
両家の挨拶を終えて、幸せな結婚前パーティで、その出来事は起こった。
メアリーは彼との出会いを思い返しながら打ちひしがれる。
数年後、心の傷がようやく癒えた頃、メアリーの前に、謎の女性が現れる。
彼女の口から発せられた言葉は、ゼインのとんでもない事実だった――。
※ハッピーエンド&純愛
他サイトでも掲載しております。
【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。
るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」
色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。
……ほんとに屑だわ。
結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。
彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。
彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。
【完結】365日後の花言葉
Ringo
恋愛
許せなかった。
幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。
あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。
“ごめんなさい”
言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの?
※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる