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苛酷な現実

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ジークヴァイン・アデルハイデンが愛娘、ユリアティエルからの手紙を王城で受け取ったのは、夜会が終わった後だった。

だが、その手紙に目を通さずとも、ジークヴァインは娘が夜会を欠席した理由に気づいていた。

何故ならこの夜会で王太子カルセイランとユリアティエルとの婚約解消の発表があったからだ。

だが、ジークヴァインが驚いたのはその発表そのものよりも、その発表を国王陛下夫妻が主導した事にあった。

・・・陛下ご夫妻までもが術に嵌まってしまったのか。

未知なる力が持つ強大な影響力にジークヴァインは戦慄を覚えた。

視線をやれば、カルセイランは婚約解消の発表に些かも動じた様子はない。
『傀儡』の支配下に置かれている事は明白だった。

ただ、ユリアティエルがどうやってこの状況を知り得たのか、それだけは分からなかったが、今夜、彼女が欠席したのは正解だった、と安堵した。

・・・今頃は領地の別邸へと向かっているのだろうか。

かつてカルセイランから話を聞いた後、万が一の際に身を隠す場所としてユリアティエルに伝えてあった屋敷を頭の中で思い描いた。

別邸と言っても規模は小さく、山の奥深くにあるこじんまりとした家屋で、本邸や他の別邸とは異なり王宮内の記録にアデルハイデンの資産として登録されていない。

もし誰かがユリアティエルに何か害をなそうとしても、容易には見つけられない筈。

そこにユリアティエルがいる事を知るのは、ここ王都では当主であるジークヴァインただ一人。
秘密が漏れる筈もない。

・・・当分の間はそこに身を隠させ、王宮内の動向を見極めねば。

慎重に。

ジークヴァインは、自身につけた守護用の魔道具を指でそろりと撫でた。
カルセイランに紹介するつもりで術師を探していた時、その仲立ちとなってくれた人物が、ジークヴァインの保護のためにと渡してくれたものだ。

頼りになるのは、これ一つ・・・か。

嫌な汗が背中を伝う。
この先のことを考えると、不安しかない。

得体の知れない力に、得体の知れない敵の存在。

もう既に何人がその力の配下に置かれてしまったのかすら分からない。

姿かたちが一切変わらずとも、その瞳の輝きだけが今は滅してしまった王太子へと視線を向ける。

あれ程までに人を変えてしまうのか。

自身の意思が乗っ取られる感覚と闘い、抗っていたかつての姿を思い見る。
娘ユリアティエルを一途に想い、気遣い、心配してくれていた愛情深い姿を。

急転直下の婚約解消の知らせに貴族の間に多少の動揺は走ったものの、今はもう先程までの喧騒が嘘のように、笑顔を浮かべた令嬢たちがカルセイランの周りに群がっている。

・・・敵は簡単に尻尾を見せてはくれない。

ジークヴァインは歯噛みした。

ここですぐに次の婚約者を紹介すれば、取り敢えずは敵方の手の者が誰なのか推察出来たものを。

王太子殿下に、あれほど周到に罠を仕掛けてきただけの事はある。

今はもう、私だけ。
私だけがユリアティエルの味方だ。

もう一度、カルセイラン殿下が自力で覚醒する事を期待してただ待つのは愚策だ。

だが、どうする。
どうすればいい?

ガゼルハイノン王国第一の高位公爵家とはいえ、アデルハイデンは一貴族に過ぎない。

下手に動けば、カルセイラン殿下のように『傀儡』の餌食とされるばかりか、存在そのものが抹殺される危険性だってあるのだ。

・・・ここまで追い詰められたのは生まれて初めてだ。

焦りにぐっと握りしめた拳を、背中に隠す。

その姿を冷たい眼差しで見つめる人物がいたが、その人物の影にアデルハイデン卿が気づくことはなかった。

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