【完結】 三日後、世界は滅びます

冬馬亮

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そして、星は落ちる

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「思っていたより怖くないものね。トーマ、貴方と一緒だからかしら」


ストナが呟いた。


「俺もだよ、ストナ。お前と一緒だから、何も怖くない」


新妻の手を握りしめながら、トーマは柔らかく微笑んだ。






「ねえ、ママ。パパも見て。お星さまがあんなに近くに見えるなんてふしぎだねえ。このままじゃぶつかっちゃうよ」


床に伏すアリーの横で寝転がっていたユリエンが、窓から外を見上げて目を丸くする。


最後の痛み止めを妻に手渡しながら、トルミはそうだなと呟き、そっと涙を拭った。






「わたくしたちは、望んで遅く生まれた訳ではないのです。ですからシャールさま。どうかそれ以上、お心を痛めませぬよう」


アレクサンドラは、膝の上に広がる金色の髪を優しく指ですき、慰めの言葉をかける。


「・・・ありがとう。全ては私たちの預かり知らぬところで起きた事だが・・・せめて、せめて民にこれ以上の苦しみが臨まない事を願うよ」


今にも地上にぶつかりそうな巨大な星を前にして、シャールは己の無力を嘆いていた。







「・・・出来た。曲が・・・やっと。ああ、バーバラ、君の曲が出来たよ・・・」


最後に君に聞いてもらいたかった、そんな呟きと共に、ランセルは意識を失った。


「・・・馬鹿な人。私は聞いていたのよ。ここで、ずっと」


壇上に近づく足音と共に赤毛の女性が現れ、ランセルを抱きかかえる。


「素敵な曲だったわ。ありがとう・・・ランセル」


バーバラはランセルの額に口づけを落とした。








「絵の具もぜんぶ使い切った。もう思い残すことはないよ」


広場の壁という壁。

そして、石造りの道の至るところを絵で埋め尽くしたジャスティンは、筆を置くと満足そうに頷いた。


「どれも素晴らしい絵なのに、もうすぐ全部壊されてしまうのね。残念だわ」


名残惜しそうにあたりを見回すレイラに、ジャスティンは仕方がないさと肩をすくめた。







「ねえ、あなた。名前を付けましょう。星が落ちて来る前に、ちゃんと間に合って生まれて来てくれたこの子に名前をあげたいの」


リタは隣で眠る生まれたばりの我が子を見つめ、夫にそう頼む。


「もちろんだとも。男の子だった時と女の子だった時と、ちゃんと考えてあったんだ。この子の名前はアーシャ。アーシャだよ」


リクソンが誇らしげに名前を言う。

するとリタも、そしてベッドの側に集まっていた子どもたちも皆、嬉しそうに、だけど少しの悲しみもたたえて、口々にアーシャと赤子の名を呼んだ。


最後の日に生まれてきた赤子は、家族に囲まれ、すやすやと眠っていた。





星は迫る。

いよいよ勢いを増し、その地へと向かう。


そして、あらかじめ告げられていた通り、夜の十二時に星がこの地にぶつかった。


巨大な水色の星は、この世界の何もかもを呑み尽くしていく。



ようやく想いを遂げた恋人たちを。

やっと故郷に帰り、家族と再会出来た奴隷の少女を。

ずっと良心の呵責に悩まされていた青年を。

これまで、民に平和な暮らしをもたらす事のみを目標に生きてきた王を。

最後まで己の職務を全うした医者を。

愛する家族を亡くした悲しみに打ちひしがれる者たちを。


ぜんぶ、ぜんぶ呑み込んで。


そうして、この世界には何もなくなった。



やがて。


これらの国々の記録を収めた文書の入った箱が海の底から引き上げられ、かつて存在した王国に、それぞれが如何にして最後の時を懸命に生きたかを後の人々は知ることになる。


だがそれは、まだ遥か先の、遠い未来のこと。




【完】
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感想 7

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みんなの感想(7件)

Koro
2024.05.28 Koro

頭に描かれた景色は何色ですか?

「精霊の泉」が好きで
セリフの一部は覚えるほど何度も読み込みました
脳内で映像化される作品は記憶に残り
頭に描かれた風景
靄がかかった藍鼠色の残像が
日常のふとした拍子に現れ
心を乱します

こちらの作品は幸せな結末ではないかもしれませんが
登場人物や情景が
脳内でモノクロではなくカラーで描かれました
とてもあたたかな物語に
出会えたのかもしれません
美しい絵画が街を彩り
風に乗ってピアノの音色が届き
時々立ち止まりながら散歩をして、、
残された3日間の世界
実はこの世は捨てたものじゃないと気付かせてくれた
美しい作品です

冬馬亮
2024.05.28 冬馬亮

とても嬉しい感想をありがとうございます。

『精霊の泉』の方も読んでくださったんですね。なんと台詞の一部を覚えてしまうほどとは! ありがたいお言葉です。

こちらの作品は、勢いだけで書ききったお話でした。
「まだ時間がある」と思うと、やるべき事を先送りしたり、世間体やら見栄やらで動かずにいたりする事がありますが、三日とリミットが出来てしまえば、優先順位がおのずと決まるもの。その時、人は何を選ぶのか。
ちょっと自分に言い聞かせたいところもあって書いたお話でした。

話を書きたいと思う時、いつも私の頭の中には音とか色とか言葉とか場面とかのイメージがふんわりとあって、それを文字化していく感じになるのですが、この話はフルカラーでした。

世界の終わりを題材にしましたが、読んでくださった方々が温かいお話と評してくださって本当に嬉しかったです。

解除
たまりん
2023.03.09 たまりん

数々のランキング上位のお話、ちょっと気になった作者さんがいれば、読み漁り。タグが気になれば適当に読み。今まで何十何百と作品を読んできましたが、ただの一度もレビューした事がありませんでした。
ブクマをしても、お気に入りにしようとも、一度もレビューまでしたい気持ちになりませんでした。
この作品をラストまで読み終わった瞬間、レビューを書かずにいられませんでした。こんな衝動は初めてです。
読み進みながらずっと悲しくて美しくて
優しいレクイエムが流れてくる感覚と共にありました。作者さま、この美しく悲しく暖かいお話を書いてくださりまして、本当にありがとうございました。

冬馬亮
2023.03.09 冬馬亮

なんとも嬉しくなるレビューをありがとうございました。そんな風に言って頂けて本当に感謝です。

時間が残されていない時って、選択肢は限られてくるな、きっとその人の本質が出るんだろうな、と思いながら書きました。

自己満足に近い感覚で、ただ書きたいように書いた話でした。
でもこうして読んで下さる方がおられ、感想まで送ってもらえて、とてもありがたいと思っています。

解除
そら豆 の 天ぷら

返信ありがとうございます。

あと三日間しかなかったら、、
自分で考えて一番近い気持ちに感じたのが印象に残った、老夫婦の話と孤児の話なのかな…と思います。

思い残したことにガムシャラになるよりちょっとした冒険やいつもの生活のちょっとした延長線上を過ごす彼らに共感を覚えたのかも知れません笑

もしとてつもない恋をしていたりどうしても諦めきれなかった夢があったり絶対に会いたい人がいたらその時々によって違う感情でしょうね( ´͈ ᵕ `͈ )

でも最後の晩餐は一番食べたいものを食べたいと思います(p*`・ω・´*)q

冬馬亮
2022.05.05 冬馬亮

私もそうだと思います。

きっと、大好物ばかりをテーブルの上に並べます(๑・̑◡・̑๑)

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