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テマン王の願いの話 その2

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カキンッ


カツ、ガン、カキン


薄暗い城内に、金属のぶつかる音が響く。


剣を構える一人はイスル国王テマン。


そして、もう一人は。


「亡国の恨みを思い知れっ!」


十六年前に自国をイスルに併合された旧ナイサス国の元王子、ジェラマイアだった。


平和裏に行われた無血での併合だった。

しかも、そもそも申し出をしてきたのは、他ならぬナイサス国の方である。


つまり、これはいわれなき非難であった。


身もふたもない言い方をするならば、八つ当たりだ。


だが、そんなことは、テマンは百も承知だった。
そして恐らくは、襲ってきた元王子も。


それでも、二人はその事を敢えて口にせず、ひたすらに剣を切り結んだ。

ジェラマイアだけではない。テマンもまた、無心に剣を振りたかったのだ。


悲願だった王国統一を果たせる筈だった。

あとたった半年、たった半年で成し遂げられる筈だったのだ。


時には強大な軍事力をもって、時には計略で、時には話し合いのもとに。

決して楽な道のりではなかった。

終わらぬ乱世、苦しむ民。
こちらが平和を望んでも、あちらがそうでなければ結局は戦乱に巻き込まれる。

そんな戦の絶えなかった二十八の国々が、やっと一つになると、そう確信していたのに。


それらすべてをあの星が壊したのだ。

今も猛烈な勢いでこの地に向かっている、あの凶星が。


どこにもぶつけようがないこの落胆を、怒りを、悲しみを、焦燥を感じていたのはテマンだけではなかったのだ。


平和を求めて、より大国であったイスルに進んで吸収されることを選んだジェラマイアの父も、ジェラマイア自身も、きっと。


こうして、理不尽な理由を口にして剣を振るわずにはいられない程には怒り狂っているのだ。

自分たちの剣など届きようがない、あの星に。


「・・・はっ!」


振り下ろされた剣を、下から受け止める。


ジェラマイアの瞳からは、涙が零れ落ちていた。


「・・・畜生っ・・・! 畜生、畜生、畜生・・・っ!」


ひたすらに罵りの言葉を吐き続けるジェラマイアの心の内すら、テマンには手に取るように分かる。分かってしまう。


何のために。

自分は何のために、祖国を滅したのか。

こんな終わりになるのなら、なると分かっていたなら、決して。

決して、祖国の名を地図上から消すことなどしなかったものを。


併合時に王子だったジェラマイアは、調印式の際に父王の隣に立っていた。

祖国の名は消えようとも、民はその名を忘れることはないだろう。そう語りながら。


民の血を一滴も流さずに平和の道を選んだことを誇りに思い、真っ直ぐに前を見つめていた。

ナイサス王国はそのままナイサス特別領となり、王族も貴族も、ひとりも殺されることなく残された。

王族だけは、その地位を貴族に落とされはしたけれど、その地区を治める立場は変わらなかった。


本当に、心から誇りに思っていたのだ。

あの時の自分たちの決定を、民を生かす英断だったと。


なのに。
それなのに。

あの星が、それらすべてを打ち砕いた。

お前たちのちっぽけな誇りなど、何ほどの価値もないとでも言いたげに。


平和を願う祈りなど、何の力もないと。



「義父上どのっ! 大丈夫ですか・・・っ!」


激しく打ち合う二人の耳に、ドリス王国の王太子シャールの声が響いた。

見れば、柱の向こうに、剣を手に走る姿がある。


恐らくは騒ぎを聞きつけて駆けつけたのだろう。


妻となった愛するアレクサンドラの父親の安否を心配して来てくれたのだろう。


だが。だが今は。


シャール。そなたは、今ここに一番いてはいけない人物だ。


悲願を達成できなかったことへの失望で、我を忘れているこの男の前では。


理不尽な八つ当たりでしか、悲しみを発散できないこの男の前に現れては。


現れては、いけない。


私の祈りは、そんなことのためにあったのではない。



「お前・・・ドリス国の王太子だな・・・っ」


ジェラマイアの眼がぎらりと光る。

その身体が踵を返した。


「畜生っ、お前が・・・お前たちが赤子でなかったら・・・っ!」

「・・・っ⁉」


意味の分からない言葉をぶつけられ、シャールは一瞬、虚を突かれる。


テマンがジェラマイアの後を追う。


「お前たちが・・・もっと早くに生まれていればっ、そうすれば・・・っ」


ジェラマイアが剣を大きく振り上げた。


「王国の統一は・・・願い通りに成し遂げられたものを・・・っ」

「・・・っ!」


シャールは息を呑み、足を止めた。そして、剣を持つ手もまた動きが止まる。


「お前たちのせいだ・・・お前たちのせいだぁっ!」


それは勢いよく振り下ろされる。


「ジェラマイアッ!」


テマンの突き出した剣が、ジェラマイアのそれより一瞬早く亡国の王子の胸を刺し通す。


「・・・あ・・・」



ゆっくりと。

ゆっくりと、ジェラマイアの身体が床へと倒れていく。


その顔は涙で濡れていた。


「ジェラマイア・・・」


テマンの悲し気な呟きは、もう彼には聞こえない。


シャールのせいである筈がない。
アレクサンドラのせいでもない。


生まれる時など、誰が操作できようか。
今夜、この大陸に星が落ちてくるなど、一体誰が予想できようか。


未来を塗りつぶされて絶望しているのは、ジェラマイア、お前ひとりではないのに。


・・・こんな事のために、王国統一を願ったのではなかった。


決してこんな事のためでは。



--- 世界初の王国統一と安寧が実現するのならば、我らが王族でなくなることなど安い犠牲さ ---


十六年前、そう言って笑った気高き男は、今、物言わぬ死体となって床に横たわっていた。


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